午後3時40分±5分程。
放課後となったこの時間。今日の私は部室にも自宅にも向かわず、兄綱吉に言われて体育館倉庫の端へと来ていた。理由はどうやら、念願の京子ちゃんとやらを紹介してくれるらしく。わがままも言ってみるもんだなぁなんて笑っていると、笹川先輩に連れられてきたその少女を見て、私は一瞬動く事すら忘れてしまった。
金縛りから解かれた身体の一先ずの動作は息を飲む事だけで、目の前に立つ人物は見事私の想像を根本から打ち砕いてしまっていたのだ。

この人が笹川京子さんなんだ。そう理解するには暫し時間が必要だった。
こてんと顔を傾ける動作すら愛らしい。このにこにこほわほわの、周りにお花の幻覚すら見えてきそうな人が笹川先輩の妹だと言う。

「うそ、似てない!あ、でもこんな可愛い人なら綱吉が惚れ……むぐ!」

一人悶々と感想を述べては顔をチラ見したりしていると、突然綱吉に口を押さえられてしまった。
結構力が強い。警察ごっこ……ではないか。

「余計な事言わなくて良いから!」
「……ふみまへん……っぷは」

なるほど、と自分に非がある事を知らされた私は素直に謝罪をした。そうすれば綱吉はすぐに手を離してくれる。私は大袈裟に酸素を取り入れた。そこで私は渦中にあってまだ一言も言葉を発していなかった、京子ちゃんのさも不思議そうな視線に気付く。
それにしても、どこかで聞いた名前だと思ったら。まさか。

「もしかして、入学後1週間で学校中に噂が広まった“あの”並中のアイドル京子ちゃん?」
「……え?」
「並中新聞の記事にもされた笹川京子ちゃんですか!?」
「ちょ、いきなり何言ってんの網?何で急にテンション上がってんの…!」

もしかしたらの可能性にかけて情報の限りを畳み掛けてみれば、綱吉がおどおどとした様子で待ったをかけた。まさか、私の知ってる京子ちゃんと別人だったりするんだろうか?だとしたら恥ずかしいんだけど。

「いや違わないけど!……ってそうじゃなくて、」
「なんだやっぱり!どうりで可愛い訳だね」
「駄目だ。いつにも増して網と会話が噛み合わない!」

やだなちゃんと噛み合ってるって大丈夫。綱吉うるさい。
非難の声をあげる兄をなだめつつ、ひっそりと文句を含ませる。私は今から、京子ちゃんと仲良くなるんだから邪魔しないでね、の意味を籠めて。何だか芸能人に会った感覚に似てる。……会った事ないけど。

「うむ。お前達兄妹は極限仲良しだな!」
「先輩こそ。こんな可愛い妹さんがいるなんて!」

珍しく傍観を貫いていた笹川先輩が突然、糸が切れたように私達の会話に割り込む。
言ってなかったかと首を傾げた先輩はやっぱり先輩である。

「知ってたらもっと早くに話したかったのに!」
「そうだよ。お兄ちゃんもツナ君も、こんな可愛い人が身近にいたなんて、言ってくれないなんて酷い!」
「そうそう。こんな可愛い人……へ?」

今度は今まで黙りを決め込んでいた京子ちゃんが、ごく自然な流れで会話に参加する。この兄妹はそういう傾向があるのだろうか。
初めまして、から始まり自己紹介。そして呼び名確認。あぁなんだか、仲良くなれそうな雰囲気だ。そんな事を頭の隅で考えていると、「よろしくね!」京子ちゃんが正しくエンジェルスマイルで握手を求める。そっと差し出された手を、誰が握らずにいれようか。

「こちらこそ!ついでに綱吉の事も宜しくしてやって下さい!」
「何言ってんの網ッ……恥ずかしいな!」

分かりやすく赤面した綱吉に気付く気配すらなく、京子ちゃんは私よりもずっと綺麗なソプラノを響かせた。その声は綱吉と私が楽しそうだなんて、やっぱり言動は先輩と似ているかも知れない。
ああでも綱吉、脈無しだな、なんて。

「そうだ網ちゃん。良かったら今度の日曜日、一緒にお買い物行かない?」
「っうん、行く!」

先輩の妹……いや、綱吉の片想いの相手……でもなく、友達として京子ちゃんとお買い物なんて、願ってもない。

「網ちゃんケーキ好きかな?私行き付けのお店があるんだけど……」
「わぁあ私甘いもの大好き!じゃあ私も京子ちゃんに美味しいお菓子の店教えてあげるね」
「約束だよ!」

こうして女子2人の話は盛り上がり、一方の忘れ去られた男子2人は少し惨めな思いをしたとかそうでないとか。


2009.09.22.tue

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