うー、と小さく唸る声が、僅かに廊下に谺する。放課後、ボクシング部顧問の先生に私は荷物運びを任されていた。職員室から部室までだが、何しろ部室はグラウンドの端にあるのだから距離もそこそこ。加えて結構、重い。
「……っはあ」
ほんの少しの間荷物を下ろしたり持ち方を変えたりする為小休憩を挟む。道程は長いのだからと、再び気合いを入れ直した時だった。
「うわっ!」
「きゃ!?」
曲がり角が死角となって、人が走って来ているなんて気付きもしなかった私は見事、避ける間もなく人とぶつかってしまう。衝撃で身体が反対側へと傾いて、「やべ!」なんて男の子の声が聞こえたと同時に、私は派手に転けてしまった。
「……ったい」
怪我する程で無かったとしても、痛いものは痛い。ああ荷物を落としてしまったけど、ただ割れ物じゃない事を願う。
「悪い!大丈夫か?」
台詞からしてぶつかった相手であろう男の子の声と足音が急ぎ気味に近付いてきた。文句の一つでも言おうかと思っていたのに、本当に申し訳なさそうに何度も謝られたりされては意地悪心なんてすっかり消えてしまった。
「本当ごめんな……ってあれ?もしかしてアンタ、沢田網さん?」
「へ?」
立ち上がってスカートの汚れを払っていると突然、その人に名前を呼ばれた。何で知ってるの!?と多分変な顔でもしていたんだろうけど、人違いだったかと、いわゆるキョトン顔をされてしまう。恐る恐る肯定すれば、彼は「なんだ、やっぱりか!」と笑顔を作った。
改めてその顔を見て思った事は一つ、美形さんだなあ。
「ツナからよく話聞いてんだ!」
「……綱吉?」
ツナというのは綱吉がよく呼ばれている愛称のようなもので、親を含め大抵の人はそう呼んでいる。
考えてみれば私のように本名で呼ぶ人の方が珍しいくらいだ。この人は綱吉の友達だろうか?
「いやー。一度会ってみてぇと思ってたけど、こんな所で会うとはな!」
「はぁ……」
そっかそっかと一人で納得してはやけにテンションの高い男の子は、ぶつかった礼だと手伝いを申し出てくれた。こちらとしてはとても助かるので、お言葉に甘える事にした。
「あ、オレは山本武な。ツナの親友で、右腕なんだぜ!」
「え?山本君って、野球部の!?」
右腕発言が気になったものの、それ以上に興味が行ったのはその名前だった。容姿と腕利き、言わずと知れたその名前は私すらも知っている。
山本武と言えば野球部のホープにして、既にファンクラブまで存在するらしい。私の記憶違いでなければそれは、並中のイケメン部門代表の名前じゃないだろうか!因みに勿論の事、アイドル部門に上げられるのは笹川京子の名だ。
「ん?あぁ、オレは野球部だぜ?」
オレの事知ってんだなー。とどこか嬉しそうに、陽気に笑う山本君はどうやら、この学校において自分がどれほど有名かなんて知らないよう。ニカッと歯を覗かせた笑顔は一般人な私にはとても眩しい。
まさか、あの山本君が綱吉の親友だなんて……!
「ツナとは補習仲間でなー」
「へぇー」
道すがら綱吉と親友にまでなった経緯を話してくれる山本君は、とても意外な事に勉強が苦手らしい。確かに、人間どこか欠けている位が丁度良いのかもしれない。
「綱吉おバカだもんね。昔からお母さんによく、テストの後怒られて……」
「おいテメェ!」
和やかな会話を遮ったのは、まるでお花畑に現れた狼のようにこの空間にそぐわない鋭く大きな声だった。
びくりとしてそちらを見れば、恐い形相でずんずんとこちらに近付いてくる男の子とばっちり目が合ってしまう。寧ろ彼方は元々、私の方を見ていたのかもしれない。私に用かと小さく問えば「お前以外に誰がいるんだ!」と睨まれてしまった。ここには少なくとも山本君ならいるのに。
「……何の用ですか?」
「おお、獄寺!網の事知って……、」
「沢田さんの陰口叩いたからには、死ぬ覚悟はできてんだろうな!」
ギンッと再び強く睨み付けられた私は、その台詞も相まって硬直をしてしまう。「お前もだ!」と山本君にも睨みをきかせるその人。
銀髪にジャラジャラのアクセサリーを纏う姿は不良そのもので、どうしてそんな人に陰口がどうとか(多分綱吉の話の事だろう)で責められなきゃいけないのかなんて、幾ら困惑気味の頭で考えようと答えが出る訳がない。ついでに言えば、陰口を言った覚えもない。
「果てやが……!」
「あれ、網と山本?」
「!」
細い筒から伸びる怪しげな紐に(導火線じゃないと信じたい)、今に火を点けんとする少年の動きはピタリと止まった。
噂をすればなんとやら。掃除当番でも当たっていたのか、随分と遅めの帰り支度を済ませた綱吉のお出ましだ。
「網、山本と知り合いだったの?」
近寄ってきた綱吉のおかげか、修羅場だった空気が幾分か和らいだ気がする。「さっき知り合ってね」と適当な返事を返すも、私としては綱吉こそ山本君と友達だったなんて!と言ってやりたい所、だが。
「それより、まさかあの人も綱吉の友達だったり……?」
私と山本君でその姿が隠れてしまっていたのか、語尾を濁した質問に綱吉は首を傾げた。
身を引いて視線を向ければ、彼は手にあった筒をサッと背中に隠した。……やっぱり危険なにおいがする。
「あ、獄寺君」
「じゅ……10代目!」
10代目とは何だと私が考えていると、不良少年は「この女とはお知り合いで……?」とやけに恐る恐るといった風に聞いた。
「あぁ……うん、妹だよ」
「双子のね」
私が綱吉の言葉に補足をするとほぼ同時、不良少年は顔を真っ青に変えてみせた。10代目のご家族に俺はなんて事を!とかぶつぶつ一人で言っているかと思えば、次の瞬間こう叫ぶものだからびっくり仰天だ。
「獄寺隼人死んで詫びますッ!」
「わー待って!」
「わ、私気にしてないから!」
あの危険物(確定)を懐から素早く取り出した彼に、あらゆる言葉をかけ止めんとするのは綱吉と私だ。
今まで静かだった山本君が「花火は外でするもんだぜー」とか笑いだしたけれどそれどころじゃなかった。今度は何の比喩や例えでも無しに、頭を床に擦り付け叩き付け土下座をする彼を止める事に神経を集中させなければならなかったのだ。
「本っ当にスミマセンでした!」
「もう良いってば……」
ようやく一段落つき、落ち着きを取り戻した頃にはそれぞれ疲れきって、ただひとり山本君だけが涼しい顔をしていた。
そういえばさっき聞いた名では、彼は獄寺君と言うらしい。獄寺隼人と言えば噂じゃかなりの問題児と聞いた事がある。そんな人がどうして綱吉を慕うのかは全くもって謎だけれど、近頃綱吉の周りには、どうしてか有名な人が集まっているように思う。……なんで?
「あのさー、網」
よく悩む一日な気もするが一先ずそれを中断し、ふと声をかけた山本君の方へ視線をあわせる。すると彼は、手中のとても見覚えある箱を指差した。
「これ、早く運ばなくて良いのか?」
「……っあぁー!」
言わずもがな、この後網は顧問にこっぴどく叱られる事となる。
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網ちゃん芸能人に会った気分になるの巻その2。
しかし今後、彼らの出る予定は今のところ皆無です。←
2009.10.07.wed
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