「ぼぼ僕じゃないよ!」
「分かってるならなんとかしてよ……!」
「OZのセキュリティは世界一じゃなかったの!?」
「え?昨日?……変なメール?」

佐久間君と健兄の会話。電話越しで相手の声までは聞こえないので健兄の声だけで失礼します。やっぱり話が把握し辛いので、スピーカーに変えてもらう。
何か話がちょっと面倒な方向に行っちゃいそうな予感がするなあ。と健兄の青ざめた顔での必死の口論を聞いていると、不意に自分にも心当たりのあるフレーズが出てきた。隣に座る佳主馬君もどうやら同じ事を考えていたらしく、ほとんど同時に各々の携帯を取り出す。
昨晩送られてきた意味不明な最新の受信メール。本文は言われた通り確かに2056文字だ。携帯電話から洩れて聞こえる佐久間君の声曰く、これはOZのセキュリティシステムの暗号らしい。つまりそれを健兄が解いた事になってる、と。
少しぞっとした。偶然なのか仕組まれでもしたのか、これは私、そして健兄の得意分野である数学で解ける問題だったのだ。そして昨日は眠気で分からなかったけれど、このレベルなら健兄は時間さえあれば解ける問題じゃないかと思う。

「最初の数字は……?」
『8』

がたがたといつの間にか全身が小刻みに震えだした。健兄は否定した。なのになんでこんなに怖い?なんで、最初の数字なんてどうだって良いじゃない?もう一度、健兄が「何のことだよ、それ」って言うのを聞かないと気が済まない。

「……ねぇ、健兄」
「螢?お兄さん否定したじゃん」
「うん。そうなの。私だって分かってるよ佳主馬君。でも、ねぇ!まさか、そんな事ないと思うんだけど、さ」
「それ…………ぼ、僕が解きました」

私が聞くより先に返ってきた、ぽつりと一等顔を青ざめさせた健兄の一言。今なんて?
「解きました」?

「……っうそ」
「ちょっ、」
「螢!?」
『螢ちゃん?』

へなへな、と今度は力が抜け床にぺたりと座り込む。頭はガンガンと痛いし、ぐるぐると混乱から来るのか気持ちの悪さに吐き気すら覚える。体中がゾッとして自分のものじゃないみたいで、上手く体重を支えられない。
後ろにぐらりと体重が傾くのが分かった。誰かの腕に支えられて……いや、2人共にだろうか、とにかく私は床に倒れこむ事を免れたらしい。なんだか、二人とも手がすごくあったかい。なんとなく、落ち着く。佳主馬君は分からないけど、健兄はこんなに体温が高かったかな?それとも私が冷たいのかな。……ダメだ。これ、私今二人に迷惑かけてる。佐久間君だってきっと心配してる。
――起きなきゃ。

「うわっ」
「螢!」

意識をしっかりさせよう、と強く決意して起き上がる。すると不思議な事に全身の痛みも、倦怠感すらなく体は正常に機能しているようだった。がばっと勢いをつけすぎたせいか一瞬頭に痛みが走ったけれど、それだけだ。
一体なんだったのか。どうせ考えても解決はしないのだし、今はそれより健兄の事だ。ちょっと衝撃的過ぎて一気に発症した眩暈とでも考えておく事にしよう。

「ごめん、二人とも。佐久間君も迷惑……あれ」

目の前に、心配そうな表情をしている健兄がいた。これはおかしい。この位置で私の体を支えるなんてできっこない、少なくとも健兄にそんな反射神経はない。という事は……

「助けてくれたの、佳主馬君?」

後ろを向くとそこには少し機嫌が悪そうな佳主馬君。おかしいな、さっきのって私の勘違い?あ、でもどうして二人だと思ったのかもよく覚えてないや。

「平気?螢、どこも痛くない?」
「大丈夫、もう何ともないよ。えっと……ありがとう佳主馬君」
「別に」
「迷惑かけてごめんね。迷惑ついでにもう一つ、改めて聞いても良いかな?健兄」
「……はい?」
「どうして、解いたの」

ピキリ、と空気が凍る音がした。返事を丁寧にしている辺り、健兄は私の空気が変わった事に薄々勘付いていたと思われる。けれど受話器から小さく聞こえた佐久間君の「あちゃー。螢ちゃんがお怒りだ」という台詞は不正解である。佳主馬君は無反応だけど、顔にはしっかり出ている。「この女こわい」って、目が口ほどにものを言っている。

「佐久間君、そういうのは口に出しちゃダメな事だよ。で、健兄?」
「何かのクイズだと思ってつい、寝る間も惜しんで解いて返信した……しました」

兄貴に敬語使わせてるよ。妹相手にわざわざ直すって……。
そんな台詞が今に出てきそうだけど、口には出していないので構わないでおく。兄も正直に白状したので私の怒りはここまでだ。怒ってたって仕方がない。ふう、と深く息を吐いて少し落ち着く事にしよう。

「佐久間君、どうにかして健兄の汚名返上する方法とか見つからないかな?」

あ、戻ったな。と3人が緊張を解いた。

『そうだな……どうもこうもやっぱりまずは犯人探してアカウントを取り返さないと。それまで健二の仮アカ取っといたから、しばらく使っとけ』

教えられたIDとパスワードを入力して、健兄がようやくログインを果たす。ポコン、と現れたアバターは黄色い体にどんぐりマークのTシャツを着た、何とも言えない表情のリスだった。

「……これが僕?」
『結構健二にあってね?』
「こ、これが巷で噂のブサカワっ?」
「必死に笑い堪えるとこじゃないよ、ここ」

確かに見た瞬間の健兄の表情と言ったら、仮のアバターにそっくりだ。一瞬空気が和むのを感じる。さて、私も行動開始だ。携帯でログインして二人の後を追う。

『犯人は中心部だ、急げ!』
「うん」
「中心部ね、分かった」
「ちょ、なんで螢着いて来てんの!」
「なによう。健兄に協力しようと……」
「危ないからログアウトしときなよ、後で泣きみるよ」
「大丈夫!仮アカの健兄よりはきっと役に立つ」
『それを言っちゃあ……』


眼鏡猿と仮アバターと姫様と


2010.09.12.sun

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