それにしても、酷い事になっている。
OZ内を健兄のアバターに着いて移動しながら周囲を見渡す。パッと見やってる事はなんだか子どもが校舎にラクガキしてるみたいだけど、実際の被害はそんなんじゃ済まない。指名手配の重さが少しだけ現実感を帯びて圧し掛かった気がする。少しすると目当てである、見覚えのあるアバターの後ろ姿を発見。まさかこんなすぐに見つかるとは。

「僕のアバターでイタズラするの止めてください……誰なんですか?僕のアカウント返してください!」

ぐりん、とこちらに顔を向けた健兄のアバターは見慣れた優しい顔でなく、どうすればそんな凶悪な表情を作れるのかと不思議に思うほど変貌していた。
アカウントを奪って無実の人を指名手配にまで追い込むような事をする相手だ。最初から話し合いで解決なんかできるはずはないと思っていたけど、これはどうすれば良いのか、具体的に何をすべきか最善策が出てきそうにない。
凶悪犯の面構えのまま気味悪く笑ってみせたそのアバターが、なんとリスの健兄に突然殴りかかった。いつの間にか画面の下部には互いのHPが表示されていて、これには全員唖然だ。何せ攻撃をするのもバトルモードの表示が出るのも、決められたエリア以外では有り得ないはずなのだから。言うなればこれは、OZ全体が格闘場なOMC化をしてしまったも同じだ。

「ネットの中だからって、何しても良いと思ったら大間違いだ」
「健兄?」

話が通じる相手じゃないのは分かっているはずなのに、尚も話し続ける。もしかしてこれは頭に血が昇ってしまったのかもしれない。

「こんなっ、こんな事して何が楽しいんだよ!」

ついにはぎゅっと目を瞑って叫ぶ健兄にバトルモードはどう見たって向いていない。それは私にも同じ事だけど、行くしかない。このままじゃ健兄のアバターは倒されてしまう。私の初戦には、少々荷が重すぎるけれど。
だって、ねえ?さっきも言ったけれど、いざ自分が敵に立ち向かおうとすると私には恐怖心と形だけの体しか残らないのに。

「何やってんの、かして!」

私のアバターであるかず姫が戦闘の間に割り込もうとするより一瞬早く聞こえた佳主馬君の声にハッとして動きが止まる。そうだ、ここには佳主馬君がいた。素早く健兄からノートパソコンを奪った彼は、健兄の仮アカをログアウトしてそのまま自分のIDとパスワードを打ち込む。目にも止まらぬ早さってこういう事だ。
ああ、私出番ナシだ。と頭の隅で考えながら安心している。自分の分身を戦わせなくて済んだ安心感。とても心強い仲間が助けに入ってくれる安心感。そしてそれが、佳主馬君である安心感。
彼はやっぱり私の、2番目のヒーローだ。

「ねえ、螢。佳主馬君って」
「うん。健兄、もう大丈夫だよ」
「佳主馬君……君があの、キング・カズマ!?」


「佳主馬君って本当に中学生?」
「勿論、私と同じ中1だよ。ねえ?」
「静かにして、集中できない」

はーい、と兄妹で声をあわせてイイコな返事。
ああもう私、うきうきしてる。さっきまであんなに不安だらけだったのに、今は全部一掃されてて。こんな非常事態なのに連続してこんなにも近くでこの人の勇姿が見られるって事を喜んでる。なんか、場違いだ。集中できないって言われたけど、応援くらいは許されるかな。

「がんばれ、佳主馬君!」
「っ!だから黙っててって、」
「えへへー。うん、もう言わないでおくね」

ああなんだろうこの躍動感、嬉しくて、楽しい。
ところで場違いついでにひとつ、私が今応援してるのは、キング・カズマじゃない事に気が付いた。多分、私が見ているのは画面越しのチャンピオンじゃなくて、目の前にいる佳主馬君なんだ。これってつまり――……

「螢!何やってんの!」
「早く逃げて!」
「――え?」

ガブッ

「え……なに」

気付いた時には遅かった。
私のアバターが。私のかず姫が。


<OZ FAMILYとして認証できません。ログインしなおしてください>


「強制ログアウト……?」
『くそっアバター食われるってやっぱそういう事かよ』

画面から目を離さない佳主馬君の舌打ちが聞こえた。
なに、これ。どういう事?どういう状況?認証画面を開き指が覚えている番号を入力してログイン、ログイン、ログイン。早く早く、何度だって打ち直すから早くログインさせて。私のかず姫が


<OZ FAMILYとして認証できません。認証試行制限を超えました>


かず姫が、食べられちゃった。

「螢……その、大丈夫?」
「……ぅ…………」
「螢……」
「……っ健兄どうしよ、とられちゃった。私のアバター」

どうしよう、どうしよう。私のかず姫が。
ぽろりぽろり溢れた涙が止まらない。2日連続で泣くなんて、今までこんな悲しい事あった?天辺から底辺まで一気に突き落とされたような、こんな感覚。たかがアバターだなんて、割り切れるわけない。
ねえ、佳主馬君、君が勝てば私のアバターは戻ってくるのかな?

「だから言ったのに」
「……え」
「戦えもしないのに着いてって、戦場で気逸らしたら終わりだよ」

一瞬驚きで止まった涙は5秒もせずにまた流れ出す。なにそれなにそれなにそれ。ひどい。そんな事言ってこれ以上、今度は私を地獄に突き落とすつもり?

「っ佳主馬君の馬鹿!そんな言い方しなくったって……!」
「何それ、八つ当たり?」
「っ!」

呆れたって顔。なに、それ。言われなくってももう分かった。佳主馬君はやっぱり私の事嫌いなんだ。私が勝手に自滅して、きっと、様見ろって思ってるんだ。

「……さいてい」
「は?」

私は携帯だけしっかり握りしめて、納戸を出る。焦る健兄の声も、状況を把握しきれてない佐久間君の声も、今の私には届かなかった。一番呼び止めて欲しい人の声は最後まで聞こえず。
ねぇ、佳主馬君。気持ちに気付いた途端、相手に嫌われてるって思い知らされるなんて酷い話じゃない?
ねえ、かず姫。いつもみたいに話を聞いてよ。下らない話も、私が迷子になった時も、貴女はずっと笑顔だったじゃない。泣いてる私を笑ってよ。

ぼんやりと見つめる画面にかず姫はいない。ただ<OZ FAMILYとして認証できません>という簡素なメッセージが表示されているだけで、なにも変わらない。


失ったものの壮大さ


2010.09.12.sun

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