「ラブマシーンを止める?そりゃ無理だね」
「倒すなら最初がチャンスだったんだ。でも佳主馬、お前は負けちまったんだろ?だからもう無理さ」

健二がラブマシーンによって書き換えられたパスワードを解いた。それによってOZのシステムが復旧の方向に進みだした。健二の無罪も証明された。
陣内家の大広間では今日それぞれ仕事をしてきた者も集まり、誰の活躍だとかあれが頑張ったとかどれが大変だったとかで盛り上がり宴会騒ぎとなっていた。
珍しくそこに佳主馬も腰を下ろしていたが、ただ、まだ全てが解決した訳じゃないのだと状況説明が始まる。
自然とラブマシーンを倒す方向に話が持って行かれるが、だがしかし、縁側に腰掛けていた侘助がそこに水を注した。

「だってそれ開発したの、俺だもん」

極め付けの一言で、空気が凍った。

「おじさんが……ラブマシーンを作ったの!?」

閑散とした中、真っ先に侘助に近付き声を発したのは佳主馬だ。声が上擦っていて、よほど混乱しているのか先ほどまで片時も離さず手にしていたパソコンは席に置き去りだ。
やがて習うように縁側に数人が寄る。反応に満足したのか薄く笑った侘助が口を開く。答えはやはり肯定だった。

「俺がやった事はただひとつだ」

機械に人間のように「ものを知りたい」という本能を与える。そんな最先端も最先端な技術を開発し、彼はラブマシーンに与えたのだという。

「そしたらあちらの国の軍人がやってきて、実証実験次第では高く買うって言うじゃないか。まさかそれがOZを使った実験とは思わなかったけどな」

侘助のさらりと放った言葉にまた動揺が大きくなる。今OZで起きている世界中を巻き込むこの事件が、ただの実験だと言うのか。
その“実験”は良好、ラブマシーンは与えられた本能の赴くままにアカウントを奪い続ける。近い内に世界中の情報も、権利も、全てをあれは蓄え尽くす。今やその姿はたった一人で何百万もの軍隊の兵力と同じだ。

「止められないってのはそういう事さ。もう手遅れなんだよ」

手遅れという言葉に螢は胸の奥がぞっとするのを感じた。今が既に手遅れなら、これから起きる想像もつかないような未来はどんな規模の事なんだろう。

「今日どれだけの人が被害にあった?どれだけの人に迷惑をかけた?あれのせいで世の中めちゃくちゃになってんだぞ!」
「俺のせいじゃないだろ」

自分は開発者ではあるがそれまでの人間で、既にやつはこの手を離れている。OZにあいつを放り込んだのは政府であり、事件を起こしたのはAIだ。あくまで事件と自分は関係ないという姿勢をとりだす侘助に、男性陣の怒りがふつふつと沸き上がる。掴み掛かった克彦を振り払い、侘助の向き直った先にいたのは陣内栄だった。

「ばあちゃんなら、分かってくれるよな?」

その姿にぽかんと表情から力を抜かせたのは螢だけだ。
初対面から謎っぽくて何を考えてるのか分かったものじゃなかった笑みに、螢は苦手意識を持っていたはずなのだが、今はなんだか逆に、受け入れられそうな気がするのだ。それはどうしてか、大おばあちゃんへ向いた瞬間からのあの人が、子供が大人に縋っているかのように幼い姿に見えてしまったからである。

「今米軍から正式なオファーが入ったんだ」
「俺の作ったAIの技術情報を高値で買いたいってさ。すごいだろ!な?」
「これもばあちゃんのおかげさ。ばあちゃんに貰った金で独自開発できたんだから!」

自分の携帯画面を自慢気に栄に見せる侘助は気付いていないのだろうか。親族全員の、そして目の前の栄ですら顔色の悪くなっている事に。
これのおかげで莫大な金額が手に入る。それは全盛期を凌駕するもので、自分が出ていく時に持って行った家の金なら倍にして返す。売り払った山や土地なんかだって買い戻せる。そんな侘助の明るい声は栄には届かなかった。
長く家を留守にして、アメリカで何をしているかと思えば……

「お前のやりたかった事は金儲けかい?」

ようやく自分にとって良い方向へ話が向いていかない事に気付き、侘助の表情から笑顔が消える。そこに残ったのは隠しきれない動揺だ。

「俺は研究者だ。自分の研究が認められた……それだけだろ?」
「それが世間様の迷惑になっていてもかい?」
「だからそれは俺のせいじゃなくて……」

会話が途切れた。どこか遠い別世界の自分には無関係の話のような感覚がして、途中からぼんやりとしていた螢がそれに気付いたのは夏希の声と、大きな音によってだった。はっとして目の前で繰り広げられていた光景に今度は一瞬息を止めた。滅茶苦茶にひっくり返っている机と料理を背に、尻餅をついている侘助に栄が向けたのは薙刀の矛先だった。冗談でもなんでもない。

「侘助!今ここで死ね」

威勢の良い声が広い部屋と広い夜空によく響く。鈴虫の小さな鳴き声以外に栄の声を阻むものはなにひとつとしてなかった。

「あたしが許しても世間様は決して許しちゃくれないよ!」
「我が身の事だけ考えているから大事なことに気付けないんだ」
「陣内家はいつでも人様のために戦ってきた。そうやって築いたものこそ本当の財産になるんじゃないか」

反論する気もなくなったのか、目の前に突き出されたままだった矛先を素手で握り、ゆっくりと立ち上がりながら押し返す。その動作が栄に一瞬の動揺を見せたが、侘助はそのままその横を通り抜けた。

「帰ってくるんじゃなかった」

顔を俯けて言う侘助を見て、本当に彼が人を困らせたくて人工知能を開発した訳でもなく。螢はそれが大おばあちゃんに褒めて認めてもらいたくての一心なのだと悟った。
だからと言って許される問題じゃない事は、大おばあちゃんも言った通りだ。

「いいかい、お前達。身内がしでかした間違いは身内でカタをつけるよ!」


生じ始める亀裂


2010.09.26.sun

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