侘助さんの去った後、大おばあちゃんの一言でその場は冷静さを取り戻し始めた。とりあえず今すべきは、荒れた部屋の片付けだ。
女性陣が皿を拾い始めたのを見て、数人の男性チームが大きな机を元に戻す。誰に言われた訳でもないけれど、私も健二もそれに習って手を動かし始める。

あぁ、せっかくの料理がこんな事になってしまって、まだ皆全然食べてないんじゃないか。これはあとで夜食が必須だろうなぁ。大好物が無惨に畳に転がっているのを見て、場違いながらなんだか悲しくなった。
夏希先輩、大丈夫かな。侘助さんに大分思い入れがある感じだったから、あんな風に出て行かれたら心配だよね。

「……あ」

夏希先輩の事を考えながらなんとなく顔を上げれば、そこにはちょうどよく先輩の姿があった。虚ろな目をして立っていたかと思えば、床に落ちていた携帯電話を拾い上げる。あれは夏希先輩のものじゃない。さっきの騒動で落としてしまったらしい、侘助さんのものだった。
健兄に声をかけようとしたけれど、既に先輩の様子に気付いていたらしくふらりと歩き出した夏希先輩を追いかけていた。

「がんばれ、健兄」

昨晩侘助さんが現れた時にも呟いた言葉を、今度は少し違う心境でもう一度声に出した。
夏希先輩の事は私よりは健兄に任せた方が良い気がする。だから私は健兄の分まで片付けをしなくちゃ。しなくちゃ、いけなかったんだけど。

「あれ」

片付けを再開しようとした途端、次に視界に入ってきたのは隅に置きっぱなしにされたままのパソコンだった。グレーのノートパソコンは佳主馬君が持っていたものだ。けれどこの場からとっくに彼の姿は消えている。
そう言えば佳主馬君は佳主馬君でラブマシーンの事でショックを受けているみたいだったから、そのまま忘れて戻っちゃったんだろう。

「……うーん」

周りの人には心の中でだけ謝罪をして、私はノートパソコンを抱えてこっそりと広間を抜けた。


向かう先は納戸。広間からの道順は既に覚えているので一直線に足を進めるが、着いた先に目当ての人物はいなかった。
そもそもパソコンがないのだから、ここに来る訳もなかったのかも?じゃあ自室に戻ったのかな。でも、佳主馬君の部屋がどこなのかまでは、さすがに私には分からない。
抜け出した手前広間で場所を聞くのもなんかやだなあ。でも、私が持ったままうろうろしてたら佳主馬君が困るよね。やっぱり、戻った方が良い?

「見つけた」

どうやら私の頭が結論を出すよりも先に問題が解決してしまった模様。何故か広間の方から早足でやって来たのは佳主馬君だ。あれ?探してたはずなのに、口振り的に私が探されてました?

「なんで、僕のパソコン持ってんの」
「えーと、届けようとしたんだけど」

納戸以外どこに行けば良いのか分からなくて困ってた、とここは言い訳するべきだろうか。

「ふーん。まぁ、見つかったから良いけど。方向音痴なんだから気をつけてよ」

パソコンを受け取りながら佳主馬君が息を吐く。多分、ニュアンス的にこの場合心配されてたのはパソコンだろうなあ。「気をつけなよ」って言われたらまだ望みはあった気がするけれど。

「気を付けまーす」





「それにしてもなんでこんな事になっちゃったんだろうね。侘助さんだって、ただ大おばあちゃんに認めてもらいたくてした事なんでしょ」
「……なに言ってんの」

佳主馬君が驚いた顔をしている。おかしな事に私にそんな変な発言をした覚えはないのだけど。

「呆れた。あんな奴の肩持つんだ?」
「だって、絶対悪い人じゃないよ」

佳主馬君、渾身の長大息。今にやれやれ、とか言い出しそうでなんだか私が悪いみたいだ。あ、でも、今の状況からして佳主馬君にこの話題は地雷だったりしたのかも?だったらちょっぴり、悪いかも。

「あのねえ、あんな事件起こすAI作った相手に悪くないっておかしいよ。お兄さんだっておじさんがあんなの作らなきゃそもそも指名手配犯になんかならなかったんだし。そこ、分かってる?」

自分の兄妹が犯罪者になる切っ掛け作った奴だよ?呆れ顔だけれど佳主馬君は大真面目だ。でもそれ言っちゃ、いくらでも身内贔屓な発言はできちゃうんだけど。根本的な話がしたいんだよ、私は。

「うん、でも、言ってたじゃない。それはあくまで結果なんだって」
「……予想しなかったからって許される事じゃない。軍に売ろうとした時点でアウトでしょ」
「そうなんだけど。うーん、だから、情状酌量の余地くらいはありそうというか?」
「情状酌量ね……」

控えめな言い方をしてみたものの、この件に関しては佳主馬君の方が譲歩する事はないだろう。私って今、無駄な事してる?
そんな事を考えた矢先に佳主馬君が反論をやめた。

「…………」
「……あの」
「契約全社、切られたんだ」

沈黙が辛い。でもこんな時に限ってどう会話を再開するべきなのか分からない。苦し紛れに発した声だったけれど、続きを言う前に佳主馬君からの話題振り。打ち明けられた内容は思ってもみない重いものだった。

「契約って、スポンサーの事?キング・カズマの……?」
「もうキングじゃないよ。敗れた王者なんて支援するだけ金の無駄だからね」

頷いた彼の話に怒りがこみ上げてきた。佳主馬君はOZや世界を守るために戦ったのに、それで敗けて契約解除なんておかしい。敗けは敗け?結果より、王者らしく立ち向かったその勇姿を評価するべきに決まってる。

「そんなのって、ない」
「スポンサーは“キング”についてただけだから、それで当然なんだ。別に同情とか慰めとかは要らない」

顔険しいよ、とそっけなく忠告を受けて眉間に寄っていたらしい力を抜く。ってそんな状況じゃないでしょう。慰めがいらないって言うなら、単に誰かに聞いてもらいたくて言ったとかそういう事?

「だから……螢のアカウントも取り返せなかった。ごめん」
「……」

違った。どうやら私の心配だったらしい。そんな事、佳主馬君が気に病む事じゃないのに。ここで責めるようなら私もそのスポンサー達となんら変わらない。
だって言われて気付いた。かず姫が奪われたあの時私は泣いてて、それでも放っておかれて、追いかけてきてくれれば良いのにって勝手な事を考えていたけど。あの時佳主馬君は戦っていたのだ。世界を守る為に。そして、私の為にも。

「佳主馬君、私の方こそ、ごめんね」

私って馬鹿だ。佳主馬君が負い目を感じている事に気付かなかった。がんばってくれていたのに酷い事言った。

「頑張ってくれてありがとう」

だから、負けたんだよ。顔を俯けた佳主馬君がどんな表情をしているかなんて分からない。息に混じった小さな小さな声は聞こえず、彼が悔しそうに歯を食いしばっていた事を私は知らない。


忙しない2日目の終わり


2010.09.26.sun

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