事態が急変した。それはとても残念な事に悪い方向にだった。ラブマシーンが現実世界にも放っておけない、本当の意味での脅威となってしまったのだ。
「健兄……佳主馬君!」
来るはずのない夜がOZに来たかのような薄暗い世界。私以外の全てが物音を発する事のない世界。
健兄の仮アバターのケンジと佳主馬君のキング・カズマが目の前で倒れている。ラブマシーンに敗れ戦闘不能となったからだ。けれど2匹は取り込まれてはいない。それこそがラブマシーンの変化で、アバターの操作権を盗らない代わりに奴はそのマスターの魂を盗るようになった。
こんな事が現実に起こり得るだろうか。偶然ラブマシーンに出くわしてしまった私を庇うようにまず健兄がやられて、次に佳主馬君。夏希先輩や両親や、知っているアバターも知らないアバターも。その被害者は着実に高速に増えていき、今ではもう視界には傷ついたアバター達と動かなくなった人達の山となってしまうほど。
「……やだ、みんなっ」
嘆く私に無情にも近づいてくるラブマシーンに、私は足が竦んでしまって動かない。もうそろそろその武器の攻撃範囲に入ろうかという時、またその間に人が立ちはだかる。ピンと姿勢の良い立ち姿は私の知っている人物だった。
「っ大おばあちゃん!?」
振り向いて一瞬、安心しなさいとでも言うように笑う。また前を向き直ると自分より大きな体躯のラブマシーンを睨みつけ、薙刀をそのか細い手にしっかりと握り走り出したそれは、陣内栄その人だった。
「――っ!」
チュン、とちょうどスズメが鳴いた。どうやら夢を見ていたらしい。全身が汗だくなのに関わらず震えていて、布団の中で私は恐怖に泣いていた。
「……やな夢だったなあ」
もうこれで3日連続泣いてしまった事になると思うと、恐怖以上に今はなんだか恨めしい。先ほど慌てて、勿論無断で隣の部屋を覗けば、健兄はぐっすりと眠っていてなんだか拍子抜けした。けれどやっぱり気になってしまって少し急ぎで着替えて部屋を出る。どっちにしろ目はすっかり醒めてしまって二度寝なんてできなかったのだし、OZもできないのだから部屋にいるよりは気が紛れる。
夏希先輩の部屋を私は知らない。佳主馬君もさすがにまだ納戸にはいないだろう。大おばあちゃんなら、昨日みたいに庭を歩いていれば会えるかもしれない。
昨日の早朝おばあちゃんが朝顔に水やりしていた場所に来ても、そこには人の姿はない。朝顔も水をもらった気配はなかったけれど、今はまだ空も薄暗い夜明け前だ。夏に関わらず少し涼しげで澄んだ空気が気持ち良いようで、けれど夢の雰囲気と被ってしまって心境はよろしくない。
こんな時間に誰か起こしてしまう事があったらやっぱりいけないな、と思い直して来た道を戻ろうと身体を捻ったちょうどその時だ。
「母さん!」
悲鳴に近い叫び声が響いた。空気を劈くようなそれにつられて止まっていた足が駆け足になる。着いた先は大おばあちゃんの寝室だった。
「何かあったんですか?」
そこには万理子おばさんが膝をついていて、こちらに気付いて振り向いた顔は古稀を過ぎた大人とは到底思えない、子どものように今に泣きそうな表情だった。その前に広がる布団には大おばあちゃんが横たわっている。その表情は眠っているように見えるけれど、おばさんの取り乱しようからそれだけのはずがない。
どくん、と胸の奥が騒ついた。
「母さんが目を覚まさないのよ!体も冷たくて」
たかが夢。されど夢、だ。
人を呼んできてという言葉に返事をして、勢いよく部屋を飛び出した私は、けれどそれをスムーズに実行できるほどにまだこの屋敷に慣れていない事に気付く。一刻を争う事態に考えている暇はない。止むを得ず早朝人様の家で私は声を張り上げた。
悪夢のはじまり
2010.11.11.thu
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