「泣きたくないとか言っときながら」
「佳主馬君だって、泣くなって言ったり良いって言ったり」

私の涙が大方止まった頃、ぽつりと佳主馬君が皮肉ったような一言。少し気恥ずかしさ相まってか鼻を啜りながらもムキになる私に対しても、彼は変わらず冷静だ。

「言ったじゃん。泣きたくないならそれで良い、どっちかって言うと僕は泣いてるの見たくないし。でも螢が泣きたいなら止めないって」

言われたような、ちょっと違うような。でも佳主馬君が言ったと言っているんだから間違いはないんだろうけど。けれど。

「なんか、それってちょっとズルいような」
「ズルくないよ、なんにも」

少し納得いかないものの淡々と言われてしまえば返す余地もない。少しの間を置いて、話題転換したのは佳主馬君の方からだった。

「螢ってさ、身内とか他人とかそういうの考えすぎなんじゃない?」

さっぱりしないままだった気持ちが佳主馬君の言葉に図星を訴えた。そうだ。どうやら私は立場とかを気にしすぎる節があるらしい。これはこの上田に来てからようやく自覚したのだけど。

「だって招かれた健兄ならまだしも私は勝手に着いてきただけだもん」
「あぁ、だからか」

納得した、と私の本音に対して声をすっきりしたものに変えた佳主馬君に、一方の私は疑問が湧きあがる。一体何がだからか、なのか。

「なんか遠慮してるなとは思ってたんだ。最初は余所の家にいる訳だから緊張か猫かぶりかと思ったけど、お兄さんにも遠慮がちだから変だと思った」

緊張も猫かぶりも、一応間違いじゃなかった。だってもし万が一な事があれば、ここの人達は健兄繋がりでご親戚になるかもしれない訳だったのだから、緊張は勿論ある程度の猫かぶりだっておかしくないはず。でも確かに半ば強引に頼み込んだりしたのもあって、健兄にも遠慮があったのかもしれない。

「何かと思えば、負い目とか感じてたんだ?ふーん」
「な……なに?」

そこで一旦言葉を止められてしまうと、その「ふーん」に篭められた意味が気になってしまうのは、多分人間の性とかじゃないだろうか。それは果たして好奇心なのか嫌悪なのか納得なのかはたまた別の何かなのか。どれもありそうでなさそうで、結局は本人に聞かなければ分からない。

「何でも自分一人で背負い込もうとするの、やめときなよ。気にすることないんだからさ全然。見た通り家はこういうノリだし。同じ食卓囲っておばさん達の料理食べて笑えばもう家族同然」
「え……ふはっ」
「え……なに?」

ほんの少しの間茫然自失となって次に噴きだした私に、やっぱり佳主馬君は不審者でも見るような顔をしたけど、これはもう可笑しくって笑いを堪えることはできない。

「佳主馬君ってなんかやっぱり、さすが万助おじさんの弟子なだけあるっていうか」

最初の一家自己紹介の時に小耳に挟んだ話だが、佳主馬君はどうやら少林寺拳法というものを習っているらしい。その師匠となり、万助おじさんはいつもOZを経由して彼を鍛えているとの話だった。親子みたいに師弟でも考え方とかが似るのかもしれないなあと、今のおじさんがいかにも言いそうな台詞を口にした佳主馬君を見て思う。
「……それどういう意味?」
小さく呟かれたその言葉にはたっぷり不満げな表情が添えられている。

「良い人だねって事だよ」
「……誤魔化した。ちゃんと答えなよ」

隠し事されたりするのが嫌いなのか、表情が更に険しくなったのが分かった。

「嘘じゃないよ?今だってホラ、こんな時に私を気にかけてくれるなんて良い人丸出し」
「それ関係ない。良い人とかそんなんじゃないし」
「またまた謙遜しちゃって。じゃあ、他に何か理由でもあるのかな?」

一瞬言い返そうとして開いた口が小さく戻るのに気付いて、ほんの少し優越感。
この話なら佳主馬君にでも口で勝てそうだ、とひっそり口角を上げかけたその時だった。答えられるような理由なんて出てくるはずないと意地悪にも思っていたら。

「気にかけるのは僕が良い人だからじゃなくて、それが螢だからだよ」
「……えーと?」
「じゃあもう率直に言う」

なんだか今一よく分からない。それじゃあまるで佳主馬君が私を特別視でもしているみたいじゃない。いやまさか。そんなはずはないんだから、そんな考えは捨てなきゃダメだ。

「僕、螢の事が好きだから」

そんなはずはないんだから、だ。突然の真面目な台詞に動揺は隠せそうもない。赤くなったりしてるかもしれない顔だって気にしないで、私は冷静にならなきゃいけない。
そう、冷静に考えれば昨日聞いたばかりの友達宣言と同じな事くらいは思い出せる。

「……それは、昨日聞いたのと同じ意味で?」
「そうだよ、当然」

ほらやっぱり。友達を心配するのは誰だって、万人が当然のようにする事のはずだ。そんな私の思考回路とは反対に、今度は深呼吸をしようとした私の動作を遮って言った佳主馬君の言葉は今度こそ決定的だった。

「初めて会った時から、螢の事恋愛対象として好きだったから」


認識の変化


2011.01.14.fri

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