ちゃんと気持ちを伝えれば、ちょっとは意識してくれるだろうと思った。
大おばあちゃんが亡くなってすぐにこんな事を言うのは不謹慎だし、罰当たりだとは思ったけど、とにかく僕には時間がなかったんだ。昨日は結局「友達として」って勘違いのままだった訳だし。
この状況で交通機関も使い物にならないような今どうなるか分からないにしろ、一応の予定で螢の滞在は明日までと聞いた。帰る当日じゃ遅すぎる。今だってもう遅すぎる。でも過ぎた事を言っても仕方ないのも事実だし、本来なら会って3日目で告白なんて。それを言ったら僕がこんなまさしくリア充っぽい事するなんて思ってもみなかった訳だけど……ってそんな事は今どうでも良い。
とにかく告白はしたんだから残りの時間はできる限りを尽くそう。僕にとってこれは初恋で、紛れもなく本気の気持ちだ。振り向かせないでどうするんだ。勿論、ラブマシーンの騒動が優先順位としては上な訳だけど。



3日前から堂々巡りだった考えをようやく一歩前進させた佳主馬は、今度は次のステップだと螢が固まりついている間にも頭の中では考えていた。破裂しそうに煩い心臓すら無視して、平然を装って。どうすれば残り1日足らずで鈍感な彼女の気を引けるのか、そんな今夏まで考えた事すらなかった事ばかりを考えていたのに。

「私もその、一緒……です」

か細い声がなんとか耳に入ってきたと思ったら、その言葉があまりにも想定の範囲からはみ出たものだったものだから理解するのが少し遅れた。判断力が鈍るだなんて、数日前の自分が聞いたら確実に不愉快そうな顔をして見下す事だろう。そんな事を考えながらも、彼自身そんな事を考えている場合じゃない事は分かっている。
しかし彼らしからぬ間の抜けた声を発したその顔は、誰が見ても間違いない間抜け面をしていた。咄嗟に引き締めてはいるものの果たしてそれがいつもの無表情過ぎるまでの顔に戻っているかと言えば答えは否である。

「だから、私も佳主馬君と同じ気持ちなの!」

今度は高唱するように放った螢の言葉が、更に佳主馬の頭を鈍らせていた。それでも元々聞こえてない訳でなく、単に一瞬の理解遅滞であった佳主馬にとっては、その言葉は既に理解の追いついた後のものだった。とは言え顔から火が出そうに真っ赤になった螢の顔を見て、倣うように自分の体温も上がったのには当然気付いたらしい。
ばちりと視線が衝突して、どちらからともなく顔を俯けるのはどこかデジャヴだ。

どれくらいそうして俯いていたかと言えば、おそらく3分にも満たない。とは言え長く痛い沈黙では本人達の感覚だけで言えばとても長い時間が過ぎていたかもしれないが。
小さな押し殺すような笑い声が不意に耳に届き佳主馬が顔を上げれば、やっぱり螢が口元を手で押さえながらも分かりやすく笑っていた。

「佳主馬君……耳赤い」
「っ!」

俯いているので確認が取れないだけで、実際には耳だけじゃなく、彼の顔全体が珍しく真っ赤になっていた。今はそれでも収まりかけていたところだったのだが、螢の言葉でまた赤くなったのは佳主馬にとっては大失態だった。

「っ戻るよ!お兄さんも心配してるんじゃない」
「はーい」

照れ隠しなのか行き場のない感情からなのか、中学生男児としては小柄ながらに大股で歩き出した佳主馬の後ろを早足で歩く螢の笑いはなかなか収まらなかったのだとか。





2人が屋敷に戻ると朝食の準備がされていて、思えば今日はまだ何も口にしていなかったのだと気付く。起きたのがまだ夜明けの頃だったのもあり、あんな事件があった事もあり、もう随分と時間が経った気でいた。
辺りを見回す螢に釣られて佳主馬も同じ動作をするが、目当ての人物である健二の姿はその場になかった。状況が状況なだけに、螢の赤くなった目元にわざわざ突っ込む人はいない。
ちょうど席に着こうとしていた万助が2人に、主に佳主馬に気付いたと思えば、やけに真剣な顔で近付いてきた。何事かと思えば突然「俺達であのナントカって機械を倒す」と豪語しだしたものだから大変だ。ある程度予想ができていたのは佳主馬くらいで、信じられないと言って反論したのは直美を筆頭にした女性陣だ。

「これからお葬式の準備でしょ?ゲームなんかやってる場合!?」

言う事はごもっとも、とは言えそれで折れる万助ではない。握り拳を目一杯に力ませて言う万助は声までが力んでおり、その気持ちの本気な事だけは伝わっている事だろう。

「身内の間違いは身内でカタつける、それが母ちゃんの最後の言葉だろうが!」

佳主馬の肩が微かに震えるのを、隣にいる螢も感じた。できる事ならば仇を討ちたい、その気持ちはこの陣内家の人間だけにとどまらない。それでも、女性陣側からする最優先は栄の言葉でなく栄自身な事に変わりなかった。

「僕も万助おじさんに賛成です」
「健兄?」

会話が聞こえたらしい健二が後ろに夏希を引き連れて、少し遅れてリビングに入ってきた。

「はいはい!部外者は黙ってね」

ウンザリと言うように跳ね返したのはやはり直美だった。さすがの扱いの酷さに隣で理香子が諫めるように声をかけるが、どうやら全く気にかけるつもりはないらしい。その態度は話題に対して言った「今はよそに構ってる暇なんかないでしょ」を今まさに分かりやすく表した感じだ。
一方の健二の方も辛辣な言葉に臆する事なく言葉を続ける。こんなにも人前でハキハキと意見を連ねる兄妹を見るのは、螢は初めてだった。物珍しく思う傍ら“部外者”の言葉に言われた本人以上に反応してしまった事に嫌悪する。直美には八つ当たりだ、と心の底でちょっぴり思ったのに、それ以上に自分は惨めだと感じていた。

「ラブマシーンを放っておけば、昨日や今朝のような事がまたいつどこで起きるか……。これ以上こんな悲しい事を僕は広めたくありません」

内心はどうあれ「勝手にしてちょうだい」と強制的に話を終わらせた万理子に、やはり女性陣が意見する事はない。場の空気を切り替える為か通夜の準備の分担を指示し始めたところで、万助が苛立った様子で舌打ちをしても大半が正面より下をぼんやりと見つめたままだった。



「さっきは出過ぎた事を言ってすみませんでした」

朝食を終えた広間で健二・佳主馬・万助・理一・太助という男性陣の集まりの中、健二が食事前の発言を改めて謝罪していた。
部外者だから、この身内の非常時にだってなんとでも言える。言った本人である健二は時間が経つほどに場にそぐわない発言をしてしまったと感じてしまっていたが、彼らはそうは思っていなかった。健二の意見は尤も、更に言えば部外者だからこそ、私情を挟まず臆さず正しく意見ができるのだ。

「人を守ってこそ己を守れる」
「それ自衛隊のモットー?」

理一の名言染みた言葉に太助が素朴な疑問をぶつける。確かに仕事柄ありそうなモットーだが、残念ながらそれは一蹴され「7人の侍のセリフ」だと返された。
しかし更にその言葉に聞き覚えのあったらしい万助が口を挟み、大おばあちゃんか大おじいちゃんの口癖の疑惑も発生した。結局正しく誰のものなのかは解明されなかったが、もしかしたらどれも正解という事もある。そんな軽い会話で重苦しい空気を若干軽くする事ができたが、ちょっと脱線しつつある。今は健二の謝罪を聞く為でも、ましてや雑談をする為にこのメンバーが集まった訳じゃない。
ノートパソコンのディスプレイを見ていた佳主馬がおもむろにそれを閉じ、口を開く事で会話は大事な本題に原点回帰だ。

「太助おじさん、店にこれよりハイスペックなパソコンある?」
「佳主馬君、こんな時におねだりかい?」

小脇にノートパソコンを抱えスッと立ち上がった佳主馬の言葉にその場の全員が視線を鋭くさせた。

「ヤツとどう戦うかって話」

ヤツとは誰の事か?そんなのは聞くまでもなく、今もOZでやりたい放題にオイタをしているAIの事に他ならない。
朝食前の万助が言い、女性側に散々バッシングされたラブマシーンの話題は、誰もが少し遠慮がちで、できれば敬遠したい事だったが、そうもいかない。佳主馬のハッキリとした口調はそんな大人達の蟠りを代弁したようだった。健二もそれに頷く。

「リベンジだね」



男性陣が居間で作戦会議をしている間、螢は同じ部屋の隅にいた。一度夏希に着いていこうとしたが、身内でもない螢に栄の死に顔を見せる機会を増やすのも酷だと思われたのか、女性陣側から遠慮させられてしまったのだ。
彼らの話をなんとなく耳に入れながら、アカウントを奪われある程度動作を制限されている携帯電話で先ほどから何やら忙しなくカチャカチャと操作していた。

「…できた」

真剣さ故か固い表情をしていた螢が小さな声を発すると同時に表情を和らげた。見つめる携帯電話の画面には、OZのシステム内である事を示すOZのカギを模したマークを背に、ひとつのアバターが息を吹きこまれたように一定の間隔で身体を揺らしていた。
それは健二も現在利用しているゲストアバターで、その姿は最初の状態から何の設定もしていないノーカスタムの棒人間のようなものだ。これは単に仮のアバターなので長く使う事はないし、螢にとってのアバターはやっぱりかず姫だけ。ゲストアバターの姿はそのけじめでもあった。愛着なんて持つ必要はない。
泣いて悲観してばかりじゃダメなんだ。そんな暇があるなら自分でかず姫を取り戻すくらいの覚悟で臨むべき。勿論仮アバターじゃ早々自由に動けない事もある、それが役に立つのかなんて自信はないが、それでもその気持ちが大事だ。これはそんな考えの決意表明の形でもある。

ふうと一息ついてずっと背を向けていた男性陣に目を向けてみる。特にそれに意味はなかったし、用がある訳でもなかったが、その作戦を立てる背中達の姿に螢はほとんど無意識に近い中で呟いていた。

「7人の侍……だね」

今までそっぽかじっと動向を傍観しているだけだった螢のぽつりとした呟きに、作戦会議をしていた声が止んで全員の視線が集まった。螢はそれに慌て、バツが悪そうに説明をした。

「さっき言ってましたよね。侍の合戦。ここにいる人と、佐久間君で7人。あ、でも夏希先輩入れたら8人ですね」

ナルホド、と説明した後にまた「しまった」の顔をした螢に、理一が感心したように唸った。出過ぎた発言をしてしまった、と冷や汗らしい汗をかきながら、螢の方は早口にたった今の台詞を撤回した。

「生意気言ってごめんなさい。でも逆に私外したらちゃんと7人です!」
「いや。外す必要はない。君も力添えしてくれるんだろう?」
「はい。でも、私アバター取られちゃってるし、役に立たないです……よ?」

頷きながらも様子を伺うように聞き返した螢に、顔だけで振り返る形だった理一が真正面から目を合わせた。

「私達が全員でかかっても対抗できるかは分からない相手だ、役に立てるかを判断するにはまだ早すぎる」
「……はい」
「螢ちゃん、戦は戦力や武装や作戦だけが全てじゃない。体力も必要だし、その為の食料、それを用意してくれるサポートの人間だって必要だ。でも、何より個々が持っていなければいけないものがある。やる気や、勇気、心の持ちようだ。分かるかい?できないと決めつけてやらないような人間は戦場にいたって確実に命を落とすだろう。できるかもしれない、がんばろう、役に立ってみせる、君がそう意気込める人間なら、戦場ではきっと役に立つ。いいか、戦とはそういうものだよ」

諭されて螢は考える。駄目だって諦めるか、いやできるって頑張れるか。私はどっち?
すぐに出せなかった結論に場の空気を和ませるためか、それとも螢の気を楽にする為なのか太助が茶化すように理一の台詞を褒める。
「さすが自衛隊?」と付け足せば「いや、これも引用」と言うものだから、彼は随分その作品を気に入っているらしい。
そうこうしている内に、心配になってきたのか健二が黙っている螢に声をかけようとした。したのだが、それとほぼ同時に俯いていた螢が顔を上げ、声を発した。その顔も声も、何か吹っ切れたように強い意志を籠めていて、そこにいる全員答えなんて聞く必要はなかった。

「やります。全力で私、戦います!」


決意表明


2011.11.13.sun

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