「あははっもー健兄おバカだー」
「螢いい加減笑いすぎ!」
「だって夏希先輩おばさんて呼んだのに、90歳のお誕生日おめでとうございます、だって!どう見ても違うのに!」
「だからそれは、ちょっとテンパって」

屋敷の回廊伝いにとぼとぼと二人の後を歩く。大変迷惑なことに玄関口で大失態を犯した僕に螢は笑いが止まらないらしい。苦笑していた夏希先輩も螢の笑いが移っちゃったし、ああ、もう一回やり直したい。とりあえず敷居跨ぐ辺りから。

「それにしても、ホントすごいですね。あるものあるもの教科書とかで見るようなのがたくさん。甲冑なんて私初めて見ました」

確かに、とようやく笑いの治まったらしい螢の言葉に頷く。まるで歴史博物館。その手の事に興味ある人には宝の宝庫だよ、ここ。間違っても壊さないよう注意しないと。螢にも後で念押しとこう。

「……あ」

たくさんの部屋の前を通ってきたが、ふとひとつだけ太陽の光の通らない薄暗い部屋を見つけて、何気なく目を向ける。そこはなるほど納戸らしい、小さな室内の壁際にはたくさんの荷物が詰め込まれている。その中で人工的な光が一つ、部屋の真ん中、文机の上に浮かぶ。
カタカタとキーボードの音が今朝出発前にも聞いたはずなのに少し懐かしい。ここにきてから初めての現代機器発見だ。ちらと見えた液晶にはこれまた見慣れたOZの画面。その前に座っていた自分より幼く見える少年の、キーボードを叩く手が不意に止まった。

「なに?気ぃ散るんだけど」

声は変声期がまだなのか高めだったが、ジト目で言われ反射的に謝る。ああ僕って年下にも勝てない意気地なしだったんだ。分かってたけどちょっと悲しい。

「どーしたの健兄?あ、男の子がいる。こんにちは」
「ちょっ螢、」

僕が着いてきてない事に気付いて次の曲がり角から顔を覗かせる夏希先輩と、そこから走ってくる螢。本当、フットワークは結構軽いのにどうして運動は苦手なのか。
この部屋がどうかした?とでも言うように納戸をひょっこりのぞいた螢に、もしかしたらまた室内の少年が機嫌を悪くさせるんじゃないかと慌てた。のだけど。

「…………え」

僕には睨みを利かせていた少年が、螢を見た途端気の抜けたように表情を変化させた。薄暗い上そのまま後ろを向いてしまったので確証はないが「お邪魔してます。私螢って言うの、君は?」と気にせず続けた螢の言葉に少ししてから返ってきた少年の「佳主馬」という声が、素っ気ないが弱冠動揺していたような気がする。

「佳主馬君……佳主馬君ね!よっし覚えた」
「健二君?螢ちゃんまで、何してるのー?」
「あ、じゃあまたね!」

遠くから聞こえた夏希先輩の声を除いて、ほとんど一人で喋っていたような気もする螢が挨拶をしてさっさと歩きだす。しかし僕の方は何となく納得がいかない。何だかあまり気付きたくない事に気付いてしまったような。

「あのさ、螢」
「んー?」
「……いや、なんでもない」
「そう?変なの」

夏希先輩に駆け寄って友達ができた、と嬉しそうに報告をする螢は意外に僕より社交性があって、基本誰にでも笑うし誰とでも仲良くなれる気質がある。
そう思いながらもやっぱり、今のは少し違うんじゃないか。頭を捻る僕のわだかまりも知らず、「よそ見してて迷子とか、今度こそ先輩ん家の笑いものになっちゃうよー?」と螢は何事もなかった風に笑った。
なんとなく思う。これはきっと、兄としての危機感なのだと。



「小磯健二君と、妹の螢ちゃん」
「螢ちゃんは私の昔行ってた剣道場の後輩で、健二君は私の彼氏」
「私の、おムコさんになる人」


「健兄、ウソつき」
「いやいやいや!僕じゃない」

この陣内家に4日間滞在する。その為の先ず最初の仕事は大おばあちゃんこと栄さんへの挨拶だ。それだけのはずが、それだけに止まらなかった。その後訪れた建物の陰で、僕は納戸の件と合わせて本日2度目のジト目攻撃を受けていた。それも、今度は妹にだ。

「何がバイトよ、変だとは思ったの。先輩のご家族騙して、先輩も巻き込んで何がしたいの?うちのどこが旧家なの?現役高校生なのに見栄張って大学生、しかも東大生って設定大きすぎだし。いや行けるかもしれないけど、そういうのは行ってから言えって話でしょ?大体健兄私と5日も離れて暮らした事ないのに留学って。でもまさか健兄が夏希先輩と付き合ってただなんて思わなかった。てっきり女性に関してはダメダメで想ってても口にできないような人だと思ってたよ」
「えっとね、違うの螢ちゃん。悪いのは全部私なの」

夏希先輩の口からまるで用意していたように次々出てきた小磯健二の架空の設定を、螢は僕が作って夏希先輩に言わせたのだと思っているらしい。こっちはこっちでまた溢れんばかりというか大変な言葉の量だ。
自分だって先輩の話に驚いて、何とか話を合わせるので一杯一杯だったのに。僕にそんな理由も度胸もない事くらい螢は知ってるだろうに!

助け舟を寄越した夏希先輩は首謀者なのだけど、妹からの蔑むような視線から解放された僕には大変ありがたい事だった。確かに、田舎に行くだけがバイトなんて変だとは思わなくもなかったけど、車内での「人手不足」という単語を良いように解釈してしまい結局追及する事はなかったのだ。
謝罪とともに改めて告げられた本当のバイト内容は、「偽恋人の役」だった。

「螢ちゃんも、家族が嘘に付き合わされるの見てるのやだよね。ごめんね」
「……いえ、確かにびっくりしましたけどそういう事情なら、私も極力お力添えします!」

あははー僕がやったと勘違いしてた時と態度がずいぶん違うよ螢。
いや、でも大おばあちゃんの為、だなんて謝られたら怒るどころか断る事もできなかった。第一印象は厳しそうだったけど夏希先輩を守ると僕に約束させた後のあの人の安心したような笑顔を見たら、多分本当に元気付けたい一心だったのだろう先輩の気持ちがびしびし伝わってきた。それはやっぱり螢も同意見らしい。

「それに、私あのおばあちゃん好きです。厳格にも見えたけど、良い人って分かりますもん」


即席偽装恋人のできあがり


2010.09.12.sun

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