前回、佳主馬君と「仲良くなれるかも」と思った私だけれど、かもで終わってちゃダメなんだよね。仲良くなりたいなら仲良くなろうって誠意を見せるんだ、私!さて、今回のお話はそんな感じで御送りします。

「ねえ、佳主馬君って学年は?私は今年から中学に上がったの」
「タメだよ」
「そっかぁ。そのパソコンさっき触ってたよね?何してたの?あ、答えたくないなら良いけど」
「OMC」
「へえ!私もOZしてるよ。OMCは観戦専門だけど」
「OZしてない中学生なんて今時いないんじゃないの」

佳主馬君の返答に、それもそうだと納得する。
OMCというのはオズマーシャルアーツチャンピオンシップの略称で、OZの中でも最も人気のあるサービスだ。
簡単に言えば己のアバターを闘わせる事ができる、バトルゲームである。ちなみに言うとOZは初対面の人と仲良くなるのに一番良い、盛り上がる話題だと思っている。

「佳主馬君のアバターってどんなの?」
「うさぎ」
「うさぎかわいいよね!私普通に人型にしちゃったんだよね。ね、見かけたら話しかけて良い?」
「勝手にして」
「えへへーそうする」

何ていうか、さっきから私ばっかり喋ってる気がするよ。いや、ちょっと予想はしてたけど。めげるな、私。

「私のアバターの名前ね、かず姫って言うんだ。昔私がOZやり始める前にOZで皆がつけてくれたんだけど」
「OZ始める前なのにOZでっておかしくない?」

私の矛盾した話が気になってくれたらしく、ようやく佳主馬君がほんの少し食いつきを見せてくれた。

「それは、健兄がアバター1日だけ貸してくれたから。その時いっぱいあだ名もらったんだけど、一番皆納得して、私も気に入ったのがかず姫」
「かずって何?」
「かずは数字の数で、ホントは漢字で数姫って書くんだけど、それじゃちょっと名前としては可愛くないから数はひらがな」
「由来が数字?」
「えっとね、私……と健兄もなんだけど、数学が好きでね。アバター借りてOZやった時も健兄の通ってる数学好きさんの集まるコミュニティで遊んでもらったんだよね」
「何それ。数学好きとか、ありえない」
「そうだね、基本的に健兄以外で理解ある人には会った事ないもん。受け流す人は割といるけど」

例えば、佐久間君なんかは受け流す人の代表格だ。時々ツッコんできたりもするけど、悪気がない事は明瞭なので兄にはとても良い友人ができたと思っている。ふうん、とさっきから割と話にノって質問を繰り返していた佳主馬君が素っ気なく返す。どう返すべきか微妙な話題だろう事は私自身もう分かっているので、そのまま話を続ける。

「で、そこで試しにって出された問題とか解いてたら楽しくなってきて。気付いたらたくさんあだ名ついてて」

当時はそれが未知の体験でワクワクして、パソコン叩いてる後ろで理由は未だに分からないけど健兄が何とも言えない顔をしてたのまで覚えてる。

「それってかなり頭良いって事だよね。いつの話?」
「んーと、ちょうど3年前かな?」
「小4?」
「確か、それくらい」

思い出はともかく時間的にはあんまり細かいとこまでは覚えてはないんだけど、と言葉を添える。ああそうだ、名前って言ったら他にもあったっけ。

「面白いのがね、あだ名で円周率っていうのもあったの」
「は?なんで?」
「色々解いて最後にね、円周率100桁を誰が早く入力できるかって競争したんだけど」
「その時点でもう意味不明なんだけど」

話の半ばで佳主馬君の鋭いツッコみ。ああそっか。家がそれで割と普通だったせいで何の違和感もなかったけど、それって世間じゃそれなりにスゴイ事らしい。こうやってたまに感覚がずれていたりするといけない。

「私その時パソコン慣れてなくてすっごい遅かったんだけど、頑張って最後まで打ったらなんか、円周率って名前が付いてた」
「なんで100桁打てんの。円周率って確か習うの5年じゃなかったっけ?」
「あ、そうだね。習う前だったかも」

またも佳主馬君の鋭さに少し驚く。習ったの何時だったかとか、例え偶然でも覚えていてすぐ出てくるなんて凄い記憶力なんじゃないだろうか。佳主馬君、学校の成績良さそうだなあ。私はと言うと全教科テストも内申も何もかもが至って平凡レベルだ。

「でも覚えるのは語呂合わせとかで結構簡単なんだよ?有名なのでは、産医師異国に向かう産後厄無く産婦みやしろに虫散々闇に無く〜ってね」
「全然わかんない」
「え?だから産医師が最初の3.14で。……まぁ私も語呂合わせは習った後健兄に面白がって教えてもらっただけなんだけどね」
「え、じゃあOZではどうしてたの?」
「それは計算勝負だから、もちろん暗算で」
「……」
「……なんで黙っちゃうの?」

これがつまり引かれたって事だろうか。考えてみたら話題がちょっとかなりマニアックな方向に曲がってしまっていたような。少なくとも、まだあまりお互いの事も知らなくてこれから仲良くなるんだって決心した相手にするものじゃなかったかも。
慌てて話題を数学方面からそれとなくOZ方面に戻るように仕向ける姿勢、準備。

「あ、それから数の子とかもあったかな。魚卵じゃなくて、数字の子って意味ね。ま、全部“将来に期待”程度だったろうけどね」
「分からなくもないけど……」
「って訳でアバターの名前は嫌でも覚えたよね?見かけたら絡んでやってね。ここで問題、佳主馬君、私の名前覚えてますか?」
「……螢でしょ」
「うん。良かった、正解!」

にこり、と回答があった事に笑ってみせる。別にこれは作っているとかじゃなくて、佳主馬君が心を開いてくれた気がして嬉しかったのだ。……まあ、一瞥してから逸らされたのだけど。


「それで、螢」
「なに?」

初めて佳主馬君が「呼ぶ」意味で私の名前を口にした!と胸中大喜び、したのも束の間。

「もう夕方だけど、結局手伝いするの止めた訳?」
「えっ?あ……えぇっ!?もうそんな時間?今何時?どうしようすっかり忘れてた!佳主馬君、台所どこ?」
「言い方がダメ、もっと取引先に言うみたいに」
「なにそれ!?」

台所へ案内してなんて、取引先に絶対言わないよ!言わないのか、とあくまで様子を窺うつもりらしい佳主馬君は私をからかっているのかもしれないけど、事は一刻を争う問題だ。

「……えぇっと。佳主馬様、お手数ですが台所の方までご案内いただけないでしょうか」

んんん?日本語変な気がするけど、焦りからか具体的にどこがどう変だったのかよく分からない。いや本当に変なとこがあったのかもいまいち自信がない。
これって完成度高くして佳主馬君に納得してもらわなきゃいけないのかな。頭とか下げといた方が良い?一応下げとこう。

「なにしてんの、行くよ」
「……うん」

これって真に受けすぎた私が馬鹿なんだろうか。

「もう夕飯できてるはずから、直接大広間行くよ」
「えっ」

あぁ私の初日の計画丸潰れですかそうですか。……うん、片付けは精一杯頑張る事にしよう。


「そこの角曲がってまっすぐ行ったとこだから」
「あ、ホントだ。声が聞こえる。ありがとう佳主馬君。佳主馬君に会わなかったら私このお屋敷で飢え死にするとこだった」
「大袈裟すぎ。じゃあね」
「え、なんで?お夕食でしょ。佳主馬君も行くんだよね?」
「行かない。これから用事あるし」

そのまま振り向きもせずに去って行った後ろ姿に、やっぱり友達一方通行?と肩を落としながら、さてどうやって大広間に入ろうかと悩んでしまう。大半の人が初対面だし、勝手に来て挨拶もナシに遊んでたって思われてたらやだなあ。
あ、でも健兄が騒いでたら絶対迷子だったってバレてるはず。それはそれで、健兄じゃなくて私の方が笑い者?……うじうじしてても仕方ない。心配させるのもダメだしね。よし。

「あの。わた、」
「やっぱり僕、探してきま……螢!?」

私が部屋に顔を覗かせようとしたのとほぼ同時、勢いよく飛び出してきたのは見知った兄の姿だった。後ろから何?見つかったの?だから言ったろ、とか色んな声がそれぞれの意見を口々に言うのが聞こえ、その後やっぱり私は笑い者にされるのであった。


迷子の損益


2010.09.12.sun

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