「渉!」

私がさっさと出て行ってしまって客間は今修羅場だろうか。お手伝いさん達くらいには解散を許可してからの方が良かったな。いや、そんな余裕はなかったけれど。
後ろからの声にびくりとやけに大袈裟に反応してしまい、敷地を出てすぐの暗い道路脇を特に宛てもなく歩いていた足を止める。

「なんですか新一君。少し気分が悪いようなので手短にお願いします」

一番とまでは言わないが、引き留められる事を予想してなかった相手だった。振り向いてみると少し距離をとったところで止まった新一君が言い辛いのか、けれど芯は通そうとしているのか、何にしろよく分からない口調と表情でこちらを見ていた。

「あれは、言い過ぎじゃねえか?」
「それは自分を殺そうとした相手に優しくしろと言ってるんですか?」
「そうじゃねえけど……悪い。オレが口出す事じゃねーな」

罰が悪そうに俯き語尾を濁した新一君に、当たってしまった事を自覚した。

「……いえ、すみません。私こそ言い過ぎたのは分かってます。でも、なんだか苛々して」

どうやら新一君は聞き手に回ってくれるらしい。話の誘導や聞き出し方はさすが手慣れている。警戒心が恐らく人より強いと自分では思っているのだけど、そういえば彼には珍しく最初からあまり作らず自然と話せていた事を思い出す。

「大切だったんですよ、ちゃんと。私みたいなのに好きで近付く人なんて普通いないから、彼女に会うまではもう失望して諦めてたんです。気兼ねなく対等に接してくれた朋は大切な友達だと、大切にしてたつもりだった。……なのに、やっぱり駄目でした。なんでこうなったんでしょうね?」

作り笑顔には慣れているはずだ。けれど自信がない、私は今笑えているのだろうか。

「これはあくまでオレの憶測だけどよ」
「良いです、聞かせて下さい」
「俗紺さんも多分、最初は同じ気持ちだったんじゃねぇかな」

頬を掻きながら言う彼は言葉の通り自分の台詞に自信なんかないんだろう。けれどそれは部屋にいた時の会話や雰囲気から察した朋の内心の声を代弁されたようで、知らない内に目尻が熱くなっていた。こんなのはいつ振りだろう。
つまり、あんな事がなければちゃんと本当の親友として今も、そしてこれからもいれたって事だろうか。
そうだと良いななんてもう期待こそしないけど、少しだけ思う、そうだと良いな。



新一君の一言にもう少しで涙でも見せてしまいそうだった時、目の前に1台のパトカーが止まった。
「来たな」と呟いた声が聞こえ、きっと新一君が知らぬ間に通報していたのだろうと分かった。
出てきた警官はオレンジのトレンチコートが良く似合う恰幅の良い中年男性で、見た目から察するに恐らくお偉い方なのだろうと予測できた。新一君と言葉を交わしているのを横目に見ていたのだけど、その警官は私に目を移すとこちらに近付いてきた。

「警察の者だが、工藤君から事情は聞いている。家に入らせてもらうよ」

はい、だとかお好きにどうぞ、だとかその程度の短い言葉が咄嗟に出なかった。どくんと大きく鳴った心臓に身体が重くなるのを感じ、喉はやけに乾いていてつっかえる。頭の中がごちゃごちゃしている。なんだか気分が悪い。

「おい?どうかしたのか?」

返事をしない私を怪訝に思ったのか、様子を窺うように近付いてきた身体に咄嗟に後ずさった。振り絞った声で、「何ともないです。家、お好きにどうぞ」と早口に言うと何か言いた気ではあったけれどお連れに一言言ってから家の中へ進んで行った。


「大丈夫ですか?」

動悸がしていたような心臓が緊張状態から解かれてこれから落ち着きを取り戻そうかとしていた時、今度は若い男の警官が近寄ってくるのが見えた。その時また、頭の中で何かが暴れるような感覚がして、体中が熱くなる。じんわりと襲う感覚は吐き気に近い。一瞬よろけた身体を助けるように手を伸ばされて、反射的に私はそれを叩くような勢いで払っていた。

「え……?」
「あ、すみませ……」
「ちょっと、何してるの高木君!」

無意識に近い行動に自分でも訳が分からない。ぽかんとした男性に、様子がおかしくて心配して話しかけてくれたろうに失礼な事をしてしまった。謝らなければと発した私の声は女性の声にかき消される。

「大丈夫?気分、悪いの?」
「いえ。……大丈夫です、ありがとうございます」

続いて若い女性の警官が駆け寄り、自然に差し出された手を今度は取る事ができる。いつの間にか少し離れた男性警官に、いつの間にか落ち着いている体調。一体何が何やら分からない。

「、っ」

そうこうしている内に家に入って行った数名の警官が戻ってきて、今度は朋を引き連れてパトカーに戻っていく。一瞬朋と目があったけれど、彼女の方から目を逸らしたので声をかけたりはしないでおこうと思う。未成年だから処罰は無いに等しいだろうけど、彼女にこれから狭い世間がどんな目を向けるのかなんて考えるのも嫌になる。ああでも、放火未遂は未成年でも重罪か。
気付けば屋内にいた全員が玄関に揃っていて、鐘敦君なんかはさっさと帰ってしまったけれど、まぁ全く問題はない。お手伝い達に今度こそきちんと解散を告げて、各々着替えや荷物を取りに一度屋内に入る。気付けばまた新一君だけがその場にいて、回らない頭でさてどうしようかと思う。

正直衝撃だったのは、連行していく前にもう一度挨拶でもする為か近付いてきていた体格の立派な警官に、声にもならない悲鳴が自然に自分の口から漏れたようだった事。
なんだか分かった気がする。この体調の可笑しな理由が。さっきから人が近くを通る度びくびくしてしまっている。いや、正しく言えば男性が通る度、だろう。


「もしかしてよぉ……渉」
「もしかして、今の私みたいな状態を世間では男嫌いって言うんですかね」

パトカーがまるで嵐のように去って行ってどれくらいしただろうか。いつの間にやら隣にきていた新一君の顔を見るとやけに苦々しい表情をしていた。言葉を被せたのは、同じ事を考えていたのだと確信できたから。
気持ち悪い、悪寒がする、眩暈がする、男の人が横を通っただけで。
症状の出方がどうかと思うが、初めて会った警官達にもびくついた辺り朋や鐘敦君なんかの特定の人物嫌悪だとかでなく、そして女性になんの反応も示さなかった辺り男性限定に拒否反応を示している事は明白だった。ともすればさっきの苛々の原因もそれだろうか。なんだってこんな事に、冗談じゃない。

「犯人の朋じゃなく、元凶の鐘敦君の方に拒否反応出る辺り、私も相当ひねくれてますね」

人間全部が駄目な訳じゃない、女性だって平気だった。どうやら私は相当鐘敦君の事が嫌いだったらしい、恐らく自分で思っていた以上に。問題はここなので、あえて恐怖症とは言わないでおく。そんな事を話していてふと話し相手を見ると、そういえば目の前の彼も男性だった事を思い出す。けれど今はさっきまでの症状が嘘のように体調はすっかり快調だ。

「あー。でも、はは……新一君は平気みたいですね」

わざとらしく自嘲っぽい笑顔を向けると、彼は顔を歪めて言葉を噛み潰した。そんな顔しないで下さいよ、新一君の推理は完璧だったんだし、この結果に貴方は関係ないんですよ。なんて事を私が言うはずもなく。

「これが信頼って事でしょうか」

知り合ってたったの1日、いや1/4日あるだろうか。そんな短い知人関係の相手に対して信頼なんてそれこそ有り得ないと思う。けれど、朋とのそこそこ長く浅い親友関係よりかはずっと意味も確信もあるんじゃないか。
と言うより、私がそう信じたいだけかもしれない。拠り所なんかになってもらうつもりはないけれど、ちょっとした心の支えに「信頼」という言葉は強力だ。
そう考えてまた自虐的な思考に走る私は、名探偵の目に一体どう映るのだろうか。

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