夕暮れ時の商店街。
はじまりはその一角に佇む我が家桃山不動産。ではなく、もう練習チームも立ち去った後のフットサルコート場前。

夕焼け色と順調な日焼けの進行具合で、人々の肌がオレンジに染まっている。
今日行われていたというフットサルチームの試合がどうやらかなり白熱したらしく、見物客だったらしい人々の会話をちらほら耳に入れつつ辺りを見回す。
多人数の子どもの姿に、目的の集団はすぐに見つかった。

「お父さん?もう夕飯できちゃったよ。皆もまだ小学生なんだから、こんな時間までいたら……あれ?」
「あ、あずささんだ!」
「こんにちはー」

何か話しているようだったのも気にせず、集団の輪へ躊躇なく声をかけると、話しかけた人物よりも先に子どもの元気な声が聞こえてきた。
時間的にはこんばんはなのだけど、皆綺麗にハモったりして夏場で日もまだ高い事だしヨシとする。

「大人相手にフットサルって聞いたけど、勝った?」
「勿論!!」
「偉いよくやったー!」

にこにこ楽しそうにしている子ども達に、あずささんも混ざれば良かったのに!なんて言われて、面白そうだなーとはちょっと思った。
その場にいれば参加していたかもしれないけど、機会を逃してしまったものは仕方ない。

私の父は桃山金造である。
商店街にあるこじんまりとした不動産屋を営んでいる。
また、父が大のサッカー好きという事もあり、桃山プレデターという小学生サッカーのチームの代表でもある。
その桃山プレデター、先日は6年生のチームが都大会準優勝を成し遂げた何気に才ある子達の集まった凄いチームだと自慢しておこう。

「ところで見ない顔が2人いるようだけど」

見ない顔、とは言ったが見覚えはあるようなないような感じだ。むしろ2人からすればそれこそ私はあんた誰な状況であって、ちらっと2人を見ると、2人共と視線があった。

「聞いてあずささん!メンバーが揃ったんだよっ!」
「相変わらず声おっきいね翔君……って、え?ほんと?」
「うん!新しくチームに入ってくれた、青砥ゴンザレス琢馬君と杉山多義君だよ!」
「へぇ良かったね!これで未来カップ出られるね」

実はこの桃山プレデター、なんと先日終幕した地区大会の少し前までは人員不足で無くなりかけていたチームだったりする。
子ども達も中々大人びた思想を持つ子がいたりして、反りのあわない監督に嫌気がさしてチームから離れた子がたくさんいた。
今は戻った子もいるが、私立受験を控える子達もいる事で地区大会までの約束で復帰していた子達もいた。そう、何が言いたいかって、その大会が終わった今、再び人員不足の危機だったのだ。
地区大会優勝は逃したものの、未来カップという8人制サッカーを推進する大会に誘われていた彼らは、11人から6人になってしまった数の帳尻を合わせる事が技術向上よりもある意味必要な事だった。

お気付きと思うが、そんな中の新たなチームメイト、それも2人は本当に心から喜べる、チームの救世主だったのだ。
あとはその内の1人がキーパー経験者だったりしたらもう完璧だ。なんて高望みしていると、ようやく2人への見覚えの正体に気付いた。

「なんか聞いた事あると思ったらもしかしてこの子達、川原国際ヘヴンリーの?」
「そうや!あたしが誘ってんで」
「よくやったエリカちゃん!お手柄だね」

へへーとエリカちゃんが得意気に笑った。
河原国際ヘヴンリー。インターナショナルなチームで、国家に囚われず強い選手選りすぐりができるのが強みの柔軟性に富んだ理念のチーム。それは今ここにいる2人の実力からも見て取れる。

かなりの高身長でキーパー向き、実際以前は頼れるキーパーをしていた杉山タギ君。
黒い肌に天然パーマで優しげな目尻は他意はなくただ純粋に砂漠でするような恰好をしてほしい。にこにこ穏やかそうな笑顔がよく似合っている。
対して小学生らしい身長の青砥ゴン……ゴンチャロフ?琢馬君については、うちのチームの要である三つ子の永遠のライバルと言っても良い。
天性の才能と言えるくらいの実力に加えて金髪碧眼のステータスにも負けない綺麗な顔立ち。ただ無表情というかあまり笑わないのが少し惜しい。
この2人もまあ見た目で見当はつくけれど、外国の血を持っていたりする。

そっか、杉山君の名前は最近確かに聞かなかったけど、2人とも前のチーム止めちゃってたんだね。まあ悔いのあるまま止めるんじゃなく、ただ移籍するだけなら全然問題ないと思うけど。

「そっかそっか。私は桃山あずさです。桃山プレデター代表のこのおじさんの娘だよ。宜しくね2人とも」

握手を求めて差し出した右手に、まず杉山君が人の好さそうな笑顔で応えてくれた。
次に青砥君の方へ利き手を伸ばした。彼はどうした事か少しの間見定めるかのように私の顔を見て、中々握手をしてくれようとしない。
中学生の頃は見た目にもまだあまり変わらなくて、私も混じってサッカーしてたりしたからよく握手を躱された。
でも高校に入って3年目、ほとんどの子どもがどう見てもお姉さんな私の握手を断る事はなかった。
けれど青砥君は少数派だったらしい。少数派で言えば、三つ子の中でも長男とは言え直情的な虎太君辺りなんかは高校に入ってからの私でも握手しなかったかもしれない。

「せっかくウチの父がやってるチームに入る子達だから、縁は大事にしようって事で、握手は新入りさんとの恒例行事なんだ。ダメかな?」

それでもその手を伸ばそうとしない青砥君を見限って、そろそろ差し出した手は引っ込めよう。小学校も高学年となれば難しいお年頃だ。あくまで仲良くする為にしてる事なので、強要なんてしたくない。
杉山君があまりにも良い笑顔で何の抵抗もなく返してくれたものだから、直後の反応のギャップに心中少しばかりシュンとなっていた。
けれど諦めたのを口にする前に、今まで微動だにしなかった青砥君の方が先に声を発していた。

「桃山あずさ……さん」
「えーと……呼び辛いんならそんな畏まらなくても、別に私は気にしないよ?」
「じゃああずさ」
「うん、なに?」

外国人って敬称使うイメージがあんまりない。ハーフ相手でもそう思うのは中学生向けくらいの英語の教科書に洗脳されてる気がするけど、元々小学生に呼び捨てされるのは慣れている。
むしろ今の6年生チームなんかは特に、明らかに懐いてくれてるだろう翔君を含め何故かさん付け率が高くてなんだか少しだけ寂しくはある。

「俺、あずさの事が好きだ」
「……えっ」
「えっ」

私の間抜けな声と誰か子どもの声が重なった。誰だったかは思い出してる余裕がない。

「だから、俺と付き合って」

少しの間言葉の意味を考えて動けなかった。皆も同じだったようで、シンと静まり返ったその場に青砥君本人ですらも声を発しない。
ようやく意味を理解して、今度ははっきりと分かった。自分の驚愕やら困惑やらで出た叫び声に綺麗に重なったその声は、何故かエリカちゃんの声だった。


――――――
本当はこの場に代表いないんですが、話の都合上登場してます。

2013.01.27.sun

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