「俺、あずさの事が好きだ。だから俺と付き合って」

初対面の挨拶を躱されてちょっと落ち込んでいたところからの、青砥君のあまりにも突然すぎる言葉。
言われた張本人である私どころか、いつもは賑やかな桃山プレデターの皆でさえも言葉を失ってしまっていた。

いやまさか、高校生にもなって小学生に告白されるとは。
それも、私は青砥君を試合で何度か見た事があるけど、青砥君は果たして私の事を今まで認識していたのかすらも危うい。それなのにほとんど初対面と言っても良いような状態の、初会話でだ。

「えっ……と、あの……私?」

青砥君が肯定の意を示す為に頷いた。名前を呼ばれていたんだから間違いないんだろうけど、確かめずにはいられない、それほど俄かには信じがたい言葉だった。
それもその場には桃山プレデターの6年生チームのほとんどと監督。父親も、いる。
自分で言っておいて、そうだここには夕飯準備ができた事を父親に知らせに来たんだったと思い出した。
青砥君に動じる様子は一切ない。私はと言えば、知り合いの前どころか親の見ている前、それも年の離れた小学生から告白された。その2つの事実でより頭の中は混乱を招いていた。
けれどそれを告白自体に対して困っているように見えたのか、いや実際困ってるのは事実なんだけど、青砥君はその告白以降閉ざしたままでいた口を開けた。

「あずさ、サッカー上手いんだよね」
「えっ?うん、まあそれなりに。……ちょっと上手いくらいの相手なら大人でも負けないかも」

まあ、父親のサッカー好きの影響で物心つく前からボールに触れていたからある程度できるのは当然で。私の場合はそれでも天性の才なんてものはないから、スキルよりも頭脳戦なんだけど。
周りの目を思い出して、一先ずここは話を置いておく事にでもしてくれたのだろうか。そんな淡い期待が少しだけ私を落ち着かせた。
けれどそんな私の気持ちは何のその。青砥君がそんなに空気を読む子なら、私はそもそもこんな状況を味わう事はなかっただろう。

「じゃあ俺と勝負して。勝ったら、俺のカノジョになってよ」

何それ、新鮮だ。サッカーの上手さで恋人が決まっちゃうのか。しかも「この試合に勝ったら彼女になってくれ!」みたいなトキメキ展開じゃなくて、好きな相手に勝負挑んじゃうんだ。
そんな事を他人事のような感覚で考えていたから、緊張が変に溶けてしまっていたんだろう。

「えー1対1でって事?……私が勝っても良いんだよね?」

さすがに物言いが悪かったらしい。あからさまにムッと表情に出た青砥君を見て私も後悔する。身から出た錆で火に油って感じだ。

「全力でかかってきてよ。絶対俺が勝つから」
「……じゃあ、1回だけ」

自分が青砥君の闘争心に余計にメラメラと火をつけちゃった感があるのもあって断りきれなかった。無意識に小さくなった声で返事をする。
青砥君の方は張り切って選手の顔をするかと思いきや、その前に嬉しそうな笑顔を見せてくれたものだから、勝敗が決まった先を考えて私は更に反応に困ってしまった。



夏場の夕暮れは本当に日が長いらしい。
既にチームが解散して、施錠済みのフットサルコートを無断使用はできない。
申し込まれた勝負を実行する為にいつもの練習場所へ移動しても、青砥君がボールを足元に用意しても、空はまだまだオレンジ色のままだった。

「勝負はもう時間も遅いから1回勝負。シンプルに先得点した方が勝ちって事で良い?」
「うん」
「じゃ、青砥君からどうぞ」

ハンデを出されたと思ったのがまた嫌だったのか、ちょっとだけ青砥君がムッとしたのが分かった。けれど遠慮はなしらしく、静かにボールを蹴りだした。
キックオフは思ったより慎重で、期待したより冷静なようで少し残念だ。それでも勝たせてもらわないと困るんだけど。
重心を落としたディフェンスは体の大きさもあって、今のところ青砥君にとって突飛な動きをし辛いくらいには抑え込んでいる。
とは言え相手は天才と謳われた青砥君で、遊び以上のサッカーはちょっと久々な私が油断できるものじゃない。


長い間静かで、小さな攻防が続いた。
ボールを触り始めてから、ほとんど場所にも状況にも動きがない。小競り合いではラチが明かない。
そろそろ青砥君の思考内では、私のプレッシャーを躱してゴールまで突っ込んでいく算段が出来上がってきた頃だろう。
私がそう予想すると途端に、今まで私の様子を窺っていた青砥君が、一瞬だけ目を逸らした。
ぐんと姿勢を前屈みに低くして、切り込む。
今までほとんど動きのない時間が長く続いたからこそ、不意をついたスピード勝負に咄嗟の反応は難しい。基本的な話だけど、それに勝ちが見えたんだろう。
けれど油断するなかれ。攻めに入る瞬間だからこそできる隙を逆手にとって、私は躊躇なく動いた。

思い切り蹴りだそうとした右足より早く、青砥君が蹴ろうとしていた方向、つまり自分の背中側へ蹴りだす。
勝機を見出した直後の思わぬボールの動きにスカした青砥君は、声を上げずともちょっと位は慌ててくれている事だろう。体を素早くゴールへと半回転した私には、その表情は見えないが。
コート半分で1つのボールを奪い合っていただけだから、ゴールは近い。
青砥君が奪い返しに視界に入って来る前に、そのまま私は力いっぱいのシュートを決めた。
一瞬の間を置いて、ゴールに張られた網が波打つ。

「……よし、ゴール」

どうやら体は鈍ってなかったらしく、ボールはほとんど誤差なく思い描いた通りの曲線を描いてくれた。
その安堵感に小さな溜息をつくとほとんど同時に、少し遠くで見守っていた桃山プレデターの皆が声を上げた。
無事、任務完了。

振り返るとそこには目を大きく見開いた青砥君がいた。自分の負けが信じられない。いや、それ以前のただただ呆然とした顔だった。


2013.02.04.mon

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