世論には従うべきだ。
冷ややかな視線を受けて後ろ指さされるなんて、誰だって御免被る。
今のご時世、世間様には逆らえない、逆らうべきじゃない。だってそうしたところで一体何が得られるだろう。
それとも、逆らう事を躊躇わないほどの、他に得難い価値を見つけ出した時にしか、そんなのは分かりっこないんだろうか。
そしてそうまでしてでも欲するようなものを見つけて、それを手に入れてこそ、人は本当の幸せを掴むんだろうか。



「私の勝ちだよ、青砥君」

眩しいほどの真っ赤な空が降り注ぐ夕暮れに始めた1対1のサッカーバトルも、終わった頃にはさすがに空は夜を主張してきていた。

「……っもう1回!今のは違う!次は絶対、」
「あのね、言えなかったんだけど、私付き合ってる男の子がいるんだよ」

我に返った途端必死に食い下がってきた青砥君が、次の瞬間私の言葉に固まりついた。

「……えっ?」
「だから、青砥君とは付き合えないな。ごめんなさい」

普段からつんと吊り上げ気味だった眉をいつもよりずっと吊り上げていた青砥君。私が言い終わる頃には悲しそうで辛そうで、眉間には皺すら寄せている。
その表情が今にも泣きそうに見えて、気を使ったつもりで言えなかった事実のせいで、私はこの男の子の純粋な気持ちを酷く傷付けてしまったんだと気付いた。

「ご、ごめんね……その、でも」

何か言わないと間が持たない。使命感に駆られ言葉を探していると、それを遮ったのは着信音だった。
私がメール受信時に設定している聞き覚えある音楽に気付いて、みんなの視線が動く。
「緊急かもしれないから」と父親がその場にいるのでほとんどないだろう可能性を危惧したフリして、内心ではちょっと助かったとか思いながら携帯に手を伸ばす。
その送信源の名前は話題の中心にあった私の彼氏で、場の空気的にはグッドタイミングだけどもし青砥君にそれがバレようものならバッドタイミングだ。こんなの追い討ちじゃないか。
まあ、来たのはただのメールだし青砥君は相手の顔も名前も知らないんだから、もし何かの間違いで画面を見られたってきっと問題ないはず。

ちょっと一旦落ち着こう。青砥君のペースにはまっちゃいけない。
けれど確認したメールの内容はとても心落ち着かせられるようなものではなかった。

『ごめん
他に好きな子できたからあずさとは別れる』

「……っえ?」

しばらく文面の意味を理解する事ができなかった。
他に好きな子ができたから別れる?なんで?あ、だから別に好きな子ができたからか。…え?

短くて相手の感情の欠片も見えない最低限だけの文面を眺めながら、ただ理解に苦しんでいた。
けれどその後は勿論すぐに電話して問いただした。あんまり離れてないから近くの小学生組に私の声は多分聞こえてるだろうけどそんなの今は気にしてられない。

「もしもし?メール、どういう事?」
「そのまま……って、何でいきなり!」
「私のせいなの?仕方ないじゃんそんなの、最初から分かってた事なのに。私いやだよ!だって、」
「とにかくメールとか電話じゃラチあかないし!一回ちゃんと話しよう」
「あっちょっと……って、ウソ、切られた……?」

何の冗談だって最終的に笑える訳もなく。ツー、ツー、なんて虚しくなるほど無機質な機械の音だけが耳に入ってくる。
ブラックジョークなんかじゃ、決してなかった。

「…………うそぉ」

真夏の暑さと絶望感で下がった体温が気持ち悪い。
ゆっくりと電話の内容を整理しながら、やっと耳元から離した電話は中々電話終了の画面から戻せない。
メールなんかでいきなりフラれて、電話したら坦々と話されて、取り合ってくれなくて、最終的に切られた。なんて。

「人がフラれる現場を初めて見ましたよ」
「絶望した時ってあんな顔なんだな」
「おいおい、その辺にしといてやれよ」
「……ほっといて」

後ろからのざわつきには気付いてた。でもそこだけやけにハッキリと聞こえたのは、私が惨めになるような事を言われたからじゃなくて、単に3人が聞こえるような声で意図的にハッキリ言ったからだ。
三つ子の馬鹿。デリカシーなし兄弟。
漫画的には電話の内容にカナヅチでぶん殴られた後の追い討ち。あの3人からの嫌味は1tの重りにも劣らない。

彼氏の存在を青砥君に言わずに勝負を受けて、勝てば良いやなんて。
そんな風にした罰なんじゃないかって考えが過ったけど、それにしてはいくらなんでも大きすぎるよね。

「でも良かったじゃねえか?青砥」
「ま、これでお前、またチャンス出てくんじゃねえの」
「……」
「ちょっと虎太君凰壮君、っていうか三つ子全員や。さっきっから何言うてんの!」
「エリカちゃん落ち着いて……」
「ちょっとしたジョークですよエリカさん」
「これが落ち着いてられるか!ほんっま男子ってデリカシーないんやから!」
「お前らちょっとそろそろ黙っとけ」

何が、チャンスなんだ。楽しそうに言ってくれちゃって。ジョークとかさ、そんなに楽しいかな。他人の不幸は蜜の味だとでも?
いやいや。私が落ち込んでる事じゃなくて、青砥君にとって彼氏の存在がいなくなるのはチャンスだって言ってるだけ。
それだけなのに、やだな私。
三つ子の嫌味なんていつもの事で、大抵悪意なんてないのは分かってる。翔君エリカちゃんコーチなんかは味方してくれたり、場を落ち着かせようとしてくれてるのに、いやだな。
そんな言葉にすら心の中で黒い気持ちがうずうず渦巻いてる。これ以上何か言われたら子どもに当たりそう。

「あのー……あずささん」
「いや。今、話しかけないで」

杉山君が気まずそうに声をかけてきたけど、何も聞きたくなくて冷たく跳ね除けてしまった。
ただでさえさっきが初対面なのに、修羅場見せられて当たられて、私の事苦手意識持たれても仕方ないだろうな。杉山君には今度謝らないといけない。勿論青砥君にも。
でも、お願いだから今日は勘弁してほしい。

「杉山お前、俺らの代わりに当たられちまったな」
「オーゾーいい加減に、」

多分、皆ぎょっとしたんだろう。あっちこっちで騒いでいた皆が、私を見てさっきまでの騒々しさはなんだったんだと言いたくなるくらい静まり返った。

「お父さん、私、先帰るから」

一方的に言って一瞬だけ上げていた顔を、もう誰にも向けもせずに家までの道を歩き出す。
涙が後から後から溢れ出てきた。皆の前ではかろうじて流さないのが精一杯だったけど、目元から今にも零れそうになってるのは、しっかり見られてしまっただろう。
そうそう泣くどころか、怒ったり困ったりしてるとこなんて見せないようにしていた私が今に泣きそうな顔をしていたんだから、皆さすがにビックリしただろうな。子ども達に泣き顔見られるなんて不覚だった。
色々あって泣かずにはいられなかったんだから、仕方ないんだけど。

三つ子どころか、今まで別れの挨拶を欠かした事のない翔君やエリカちゃんの声すら、聞こえなかった。


2013.02.04.mon

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