セックスフレンド

 気怠い体を起こしてベッドを抜け出す。床に散らばった脱ぎ捨てたものを拾い集めていたら、背後に視線を感じた。
「……なによ」
「や。いい眺めだと思って」
 寝ているとばかり思っていたら、どうやら起きていたらしい。宿泊時の事後はいつもギリギリまで眠りこけているだけに、意外に思いながら私は帰り支度を済ませた。
「帰るの?」
 いつもは私が先に出ようが気にしないくせに、珍しくそんなことを聞いてくる。お互いに翌日に仕事がない時は、たまにこんなふうに泊まっていくこともある。とは言えやることと言えばセックスだけで、それ以外にすることはないのだけれど。今日はまだ少し退室時間までには余裕があるが、もう一回するには時間も体力もなさすぎる。
 ここで『延長する?』なんて面倒臭いことを聞いてこないのがこの人のいいところだ。彼がベッドから身を起こして電子たばこを咥えているのを見たのを最後に、私はホテルを後にした。

 時間は午前9時を少し過ぎたところで、どこからか蝉の声が聞こえてきた。都会にも蝉がいるんだなあと、そんな当たり前のことを考える。
 10年間付き合った彼氏と別れたのは上京した日の少し前のことで、そろそろかと感じていたプロポーズを受けたその日にそいつと別れた。初めての彼氏だった。高校生になったその日にできた。そんな彼氏に仕事を理由に断ったら、別れようと言われたのだ。
「あっつ……」
 私にプロポーズしてきたのは意外だったなあ。てっきり、彩花にするものだとばかり思っていたから。別れた彼氏は浮気をしていた。それも私の親友と。それを知っていたから断ったのだ。今はまだ仕事が忙しく考えられないって。そうしたら別れようと言われたのだけれど、恐らく今頃二人は正式に付き合っているのだろう。
 正直、仕事はすぐにでも辞められるものだった。その証拠に別れた数日後には仕事を辞め、東京で就職した弟を頼って上京していた。それから住む場所と仕事を見つけ、弟の部屋を出た。大和と出会ったのはそのすぐあとのことで、私は初めて別れた彼氏以外に抱かれたのだ。

 どうやら蝉は歩道に植えられた街路樹に止まっているらしく、等間隔で鳴き声のボリュームがアップダウンしている。立ち止まって探してみようかとも思ったが、不審者に見られそうなのでやめにした。
 今日は特別暑いようで、午前中なのに関わらず汗が吹き出してくる。そう言えばクーラーがガンガン効いていた場所から出て来たんだった。それを思えばこの状態も頷ける。私は足早に最寄り駅へと足を向け、地下鉄に乗った。

 今更こんなことを言うのもなんだけど、自分にセフレができるなんて思ってもみなかった。彼氏はもう当分いらないと思っていたところに大和に出会った。お酒の勢いがあったことも否めないが、出会ったその日に体の関係を持って。
 セックスをしたかったわけじゃない。ただ、別れた彼以外ともできるのか試したかったのかもしれない。結果的にはできたわけだけど、ここまで関係が続くとは思っていなかった。

 はぼ満員に近い電車の中で私はぼんやり考える。田舎にいた頃は愛がなければできないと思っていたそれは、愛がなくとも勢いさえあればできるものだった。あまつさえそれは惰性でもできて、大和との関係は今もズルズルと続いている。
 私から誘うことはないが、大和から誘われても拒まない。だって、私には拒む理由がない。別れた彼とのセックスは淡白なものだった。それを知ったのは大和に抱かれたからで、私は初めて女の悦びと言うものを知ったのだ。
「セフレかあ」
 電車から降り、帰路を辿りながら思わず口にする。幸い辺りには誰もおらず、その独り言が誰かに聞かれることはなかった。セフレができたとともに、私もセフレに成り下がった。というか、正式に契約を結んだわけでもなく、所謂お友達関係でもないのだけれど。

 日本ではセックスフレンドが一般的だけど、セックスパートナーと言ったほうがいいのかもしれない。大和友達じゃないから、セックス以外にすることはない。それに、大和のことも名前以外は知らないし。
 その名前にしても偽名かもしれないし、そもそもその『大和』も苗字なのか所謂ファーストネームなのか、どちらなのかも分からない。ただ、私も『さくら』としか教えていないし、それは偽名じゃないけど苗字の『佐倉』の可能性もあるわけで、そう考えたら大和とは同じ穴の狢のような気がした。

 東京に出て来て気づいたことは、恋愛が全てじゃないってことだ。決して恋愛脳ってわけじゃないけど別れた彼氏は私の一部のようになっていたから、それに気づけて彼には感謝している。
 ただ、仕事が忙しくなると特に一人寝が淋しい夜があるわけで。上京して初めて、私は自分が女であることを痛感したのだった。

2021/08/16


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