「……おっ、出てきた出てきた。見てみろよプロングス」
「ああ、これで我らの大傑作も完成へ一歩近づいたわけだ!」
「声が大きいよジェームズ、もうちょっと落ち着けないの」
「まあそう言うなよムーニー。これで満月の夜の散歩も安心だろ?」
「君が犬の姿でもこれを持って歩けるならね」
「す、すごい……!本当に出来ちゃったんだ!」
「出来たって、何が?」
「何がってそりゃもちろん、長年苦労をかけて作った俺達の    
「俺たちの?」
「「「「…………」」」」
「俺たちの?」


人気の少ない夕食時のグリフィンドール談話室。

にっこり。と笑顔を作ったのは、いつの間にか談笑の輪の中に溶け込んでいた小春。思わず無言でその小春を見つめたのは、談話室の端で額を寄せ合っていた悪戯常習犯4人組。
たっぷり3秒は見つめ合った後、4人は慌ててバタバタと動き、持っていた大きな羊皮紙を背中に隠して笑顔を作った。

「やっ……やあ、小春!君は相変わらず気配がないね!ニンジャかい!?」
「どうもジェームズ。ねぇそれ何?おっきな紙だねー」
「いや、気にするな!課題のレポートだよ」
「長年苦労して作った俺たちの、『課題レポート』?」

にやり、と小春が笑顔を作る。その怪しく、なおかつ日本人独特の感情の読み取れない笑顔に、さすがの悪戯常習犯たちも乾いた笑いを零すしかない。
は、は、は、と笑うジェームズに人差し指を向けて、小春は4人に詰め寄った。

「そんな安っぽい嘘じゃ騙されないわよ。君ら、また面白そうなこと企んでたんでしょ?」
「関係ないだろ。いいからあっち行けよ」
「ほぉう……いい度胸ねシリウス、まさかあたしを追い払おうとしてるわけ?」
「だったらなんだよ」

唯一椅子に腰かけたままのシリウスが、見上げる形で小春をにらんだ。その鋭い視線にもひるまずに、小春はふんと鼻を鳴らす。
そして次の瞬間、素早く杖を取り出して杖先をシリウスに向けた。

「エクスペリアームス!」

咄嗟に応戦しようとしたシリウスだったが、小春が呪文を唱える方が早かった。シリウスが握っていた杖は持ち主の手を離れ、弧を描いて小春の手中に納まった。
その杖を得意そうにくるくると回し、小春はにやりと口角を上げる。

「おい俺の杖返せよ!」
「愚か者め、返してほしかったら足を使いなさい足を!」
「何を    

立ち上がったシリウスが小春から杖を奪おうと右手を上げた。その手をひらりと交わして、小春は談話室の出入り口へと自分の杖を向ける。肖像画がぱかっと開いて、穴の先に廊下が僅かに見えた。
小春は一度シリウスに目をやって、そして杖を持った手を大きく振りかぶった。

「ちょ、待っ    !!」
「取ってこぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおい!!」


シリウスの制止も空しく、プロ野球選手さながらの剛速球で杖は談話室を横切り一直線に廊下へと飛び出していった。
一瞬で小さくなったその杖を、シリウスが「ああああああ!!!」と叫びながら追いかけていく。
2秒後には、杖もシリウスも穴の向こう側に消え、肖像画は静かに元の位置へと戻った。

「ふっ……さすが犬」
「シリウスー!!」
「ほっときなよピーター」
「あ、リーマスあたしにもお菓子ちょうだい」
「うん、どうぞ」

満足そうに腰に腕を当てる小春の横でピーターが涙声で叫び、リーマスは我関せずと椅子に座り直してお茶を啜っていた。
小春は、シリウスがいなくなったところでひとつ空いた椅子に腰かけてお菓子に手を伸ばす。そして羊皮紙を背中に隠したままのジェームズに向かって、お菓子を頬張りながら同じ質問を繰り返した。

「んで、君らは何してたの?」
「だから課題さ!変身術でレポート出てただろう?」
「………ふぅん…」

けれどジェームズが人当たりの良い笑顔を振りまくばかりで、その手は未だ、背中の後ろ。
小春はしばらくジェームズを無言で見つめて、それからは悲しげな声で、わざとらしく大きなため息をついた。
数回首を振って、そのまま両手に顔を埋める小春。涙声になった小春に、ジェームズとピーターがあわあわと慌てふためいた。
そんな様子を、リーマスはチョコレートの包みを開けながら黙って見ている。

「そう……教えてくれないんだ。酷い、ジェームズ…っ」
「え、」
「私……わたしは…っ!」

小春は顔を伏せたまま、少し声を大きくしてこう言った。

「リリーの一番の親友なのに!!!」
「仕方がないな君にだけ特別に教えてあげよう他の誰にも内緒だよエバンズによろしく言っといてね!」
「ジェームズ、僕はときどき君の将来が不安で仕方がないよ」

両手を退けた小春がにやりと笑顔を作ったのを見て、リーマスは盛大にため息をついた。
すっかりリリーモードになってしまったジェームズは意気揚々と前に進み出て、テーブルの上にバンッと羊皮紙を広げた。

「僕らの大傑作!『忍びの地図』さ!」
「地図?」

古ぼけた羊皮紙を覗き込んで、小春は首を傾げた。
それは確かに地図だった。いくつもの線が曲がったり折れたりしながら建物の内部を描き出しており、広げるととても広く階層の多い建物だと分かった。
ぐるりと地図を眺め、羊皮紙の端に、「ホグワーツ」という文字を見つけて、小春は目を丸くした。

「まさか、ホグワーツの地図?」
「その通り!そしてここを見てごらん……グリフィンドールの談話室、まさにこの場所さ!」

とん、とジェームズが指差した場所を見て、小春は更に目を丸くした。円形の建物の形は、見慣れたこの談話室とぴったり一致する。そしてその中に、いくつかの文字と人型の点がうごめいていた。
出入り口に一番近い窓の近く、そのテーブルを囲ん4で人の名前が記されている。

「私の名前がある!」
「そう!それがこの地図のすごいところさ!」

自分の名前を指差して、小春は驚いて顔を上げた。ジェームズが両手を広げて得意げな顔で小春を見ている。
驚きで言葉も出ない小春に向かって、今度はリーマスが口を開いた。

「つまりこの地図は、誰がどこにいるか全部お見通しなんだよ。例えば、今フィルチは西塔3階にいる。ピーブズと一緒にね」
「ほんとだ……」
「ゴーストたちの位置を把握するのには苦労したよ。ついさっき成功したばかりさ!」
「シリウスは……なぜか今1階にいるみたいだね。道理でなかなか帰ってこないと思ったよ」
「…………」
「隠れ通路なんかもずいぶん詳しく載せてあるんだ。かなり精密だよ」

大きく広げられた地図をまんべんなく見渡して、小春は驚きの収まらないまま目の前の3人を見つめた。

「すっごい!!いつの間にこんなの作ってたの?」
「感心したかい!」
「うん!」
「さすれば明日はエバンズも僕に対して寛大になるだろうね!週末のホグズミードに誘われたりして!」
「いやそれは知らない」

小春の一言にノックアウトされたジェームズがばったりと床に倒れ、ピーターがあわあわと駆け寄った。
それを横目に見て「元気だねー」と他人事のように呟くリーマスに向かって、小春は地図を指しながら質問を続けた。

「あれ、これは何?プロングス、パッドフッド、ムーニー、ワームテール……もしかして君らのこと?」
「そうさ。よくわかったね」
「だってパッドフッドって」

どう考えてもシリウスじゃない。笑いながらそう言えば、リーマスも肩を竦めて笑った。

「ま、小春はシリウスが犬だと知ってるからね。でも知らない人が見ても、僕らだとは気付かない」
「確かに……」
「その上、この地図は呪文を唱えないと現れない……『いたずら完了』」
「わ、地図が消えた!」
「使うときはこう。『我ここに誓う。我、よからぬことを企む者なり』」

リーマスが杖先を地図に向けると、地図がスーッと消えていき、4人の名前だけが残った。
そして再び羊皮紙に向けてリーマスが呪文を唱えると、杖先から羊皮紙にいくつもの線が波紋のように広がっていく。その様子を、小春はただ口を開けたまま見ていた。

「………すごい」
「よく出来てるだろう?」
「うん。感心したー!」

小春は地図を手繰りよせて、隅から隅まで目を通した。
塔のてっぺんから地下室まで、普段使われていない空き部屋も、物置まですべてが細かく記載されている。
この地図を作るのはさぞ骨だっただろう。ホグワーツで何年も教えている教師陣でさえ、この城の全ては把握できていないと聞く。
それを、たったの5,6年でこんな精密な地図を作ってしまうなんて。小春は素直に驚きを言葉にして彼らを褒めた。

「……あれ?ここの隠し通路が書いてないよ」
「え、どこ?」
「ここ。4階に西塔と繋がる通路があるの。知らなかった?」

食い入るように地図を見ていた小春が首を傾げてそう言うと、リーマスが驚いて地図を覗き込んでいた。
どうやらショックから復活したらしいジェームズも、その言葉を聞いて小春の後ろから地図を覗き込む。
小春は「4階」と書かれたフロアの端を指差している。地図には何の表記もないところだ。
ジェームズとリーマスは目を丸くして小春を見た。

「おっどろいた。君どうしてそんなこと知ってるんだい?僕らも知らない隠し通路だ!」
「血みどろ男爵に教えてもらったの。男爵しか知らないとっておきの通路だって」
「男爵!?」
「うん。授業に遅れそうでイライラしてて、たまたまフワフワしてた男爵を捕まえて八つ当たりしてたら教えてくれた」
「「「…………」」」
「あ、シリウス帰ってきたみたいだよ」

まさか、と言う目で小春を見る3人(ピーターに至っては怯えた目で)をよそに、小春は地図を見ながらそう言った。覗き込めば、たった今太ったレディの肖像画前に「シリウス・ブラック」が到着したところだ。

「小春ー!!!」
「「「やあ、お帰りシリウス」」」
「やあじゃねーよお前ら!」

肖像画が開いて、息を切らしたシリウスが現れた。
ジェームズ、リーマス、小春が声を揃えて出迎えると、シリウスは肩で息をしながら小春に詰め寄った。

「大変だったんだぞ!杖が思いの外遠くまで飛んで廊下を超えて1階まで落ちてって    
「ねぇ、あたしの名前も書いてよ」
「えぇ!?地図に?」
「通路教えてあげたじゃん。おねがいー!」
「聞いてんのか小春!!……って、待て、地図!?」

小春しか見ていなかったシリウスの目が、ようやく彼女から机の上に広がる羊皮紙へと向かった。

「お前らこいつに教えたのかよ!」
「こうなった全ての原因はプロングスにある」
「えっ僕!?君が一番詳しく説明してたじゃないかムーニー!」
「あの……小春、さっきから何やってるの?」
「名前を書くのよ。うーん、どうやるのかしら……普通に書いてもダメそうだし……」
「待て待て待て待て!」

怒るシリウスをよそに、杖を取り出してこんこんと羊皮紙を叩いている小春。その様子に慌ててシリウスが杖を持つ小春の手ごと持ち上げて地図から遠ざけた。
ジェームズはどうやらこの状況を楽しむ事に決めたらしく、リーマスに至っては今更我れ関せずとティータイムを続けている。

「ちょっと離してよ、犬」
「犬じゃねー!大体なんでお前の名前を書くんだよ!」
「隠れ通路をひとつお教えして地図作成に貢献したからです」

シリウスの手を解こうともがく小春がそう言えば、驚いた顔で友人たちを見つめるシリウス。
頷く友人たちの顔が「事実だよ」と語っているのに気付いて、シリウスはぽかんと口を開けた。

「俺達も知らないような通路を、なんでお前が知ってるんだよ」
「あ、その話はさっき済んだから。2度同じこと言わせんじゃないわよまったく脳みそまで犬なの」
「なんでお前そんな辛辣なんだよ俺にばっかり!」
「ねー名前載せてよジェームズ、リーマスー」
「う〜ん……教えるまではいいけど、いくらなんでもそこまでは……」
「載せてくれたら週末3時に三本の箒に寄ってあげる。リリーと」
「杖を用意せよ!名前はもう考えてあるかな?僕の呪文と同時に書き込みたまえ!」
「ジェームズゥゥゥゥ!!」
「どう思うリーマス、こんなに単純なのに首席なのよこの男。ちょっとムカつかない?」
「そこがジェームズのいいところでもあるんだよ」
「さぁさぁ小春っ!準備はいいかい!名前は決まった?」
「うん、決めた!あたしが一番大好きな人の名前を使わせてもらうことにする!」
「お前ら俺の話を聞けええーーーーッ!!!!!!」
















「で、結局根負けして名前乗せることになったんだよ」
「へぇ……すごい人だね」

肩を竦めてそう話し終えたリーマスとシリウスに向かって、ハリーは思わず苦笑いを零した。
ハリーは手に持った『忍びの地図』を持ち上げた。暖炉の火を背に受けて、いくつもの線が浮き出ている。クリスマス休暇中のせいか、城内に人は少ない。地図の一番上に書かれた名前をもう一度見て、ハリーは両親の学友へと視線を戻した。

「その人、マグル出身なの?」
「いや……魔法使いの家系だったと思うぞ。マグル贔屓ではあったが」
「女の人だよね?」
「ああ」
「それが……よりによって何でこの名前なの?」

眉間にしわを寄せながら、しかし面白そうな声でハリーが言った。にやっと笑ったハリーを見て、大人2人は首を傾げる。

「その人グリフィンドールだよね、スリザリンじゃないよね?」
「もちろん。何故だい?」

首を傾げたリーマスに、ハリーは地図を掲げながら肩を竦めた。地図に書き込まれた5番目の名前。ハリーはこの名前を耳にしたことがあった。随分と前、まだ自分が魔法使いとは知らず、ダーズリー家で世話になっていた頃のことだ。

夜の番組で外国の映画放送をしていた。アメリカのSF映画で、叔父は「くだらん」と一蹴していたが、ダドリーは夢中になって見ていたのを覚えている。
廊下から10分ほど盗み見ていたが、すぐに叔父に見つかって、ハリーは映画を最後まで見ることは出来なかった。
けれど、彼のあの厳めしい風貌と名前は、忘れるには印象深すぎる。

「えっと、この名前、マグルの世界じゃ結構知れた名前っていうか……」
「そうなのか?」
「うん。しかも悪役の名前として」
「小春は、『例のあの人』よりもずっと『卿』を名乗るにふさわしい人の名だ!とか言っていたけどね」
「ああ、ものすごくキラキラした目でな」
「あの頃は怖いもの知らずな年頃だったからね」
「…………」


昔話に盛り上がる2人を横目に見ながら、ハリーは腰かけたソファに沈み込んで地図に視線を下ろした。
プロングス、パッドフッド、ムーニー、ワームテール    その後ろに、申し訳程度に書き足されたもう一つの名前。
少なくとも、女性が名乗る名前でない事だけは確かだ。

ぽつりと声に出してその名前を呟く。悪役の代名詞といっても過言ではないその名前。けれどそこまで嫌悪を覚えないのは、彼が魔法族には全く知られていない、自分もよく知るマグル界で有名なキャラクターだからだろう。


「会ってみたいなぁ、この人に」
「ああ、言い忘れたがな、ハリー。彼女今日ここへ来るぞ」
「え、」

「こんばんわー!!」



グリモールドプレイス十二番地に、高らかな女性の声と、ブラック夫人の叫び声が響き渡った。





Darth Vader

===
17歳ならぎりぎり知ってる……はず。
2012.01.03