「あいしてる」
目の前の彼にそう語りかける。
言葉は広い広いその空間に木霊して、やがて振動とともに消えていった。
いつからあなたと一緒にいただろう。
いつからあなたを遠く感じていただろう。
あの日、あのはじまりの場所で出会ってから、どれだけの時間がこの世界を通り過ぎて行っただろう。
わたしは、ただ、強くなりたかった。
口下手で思ったことを素直に吐き出せなかったから、代わりにこの手でみんなを守りたかった。
力をつけて、ここに住む大好きな人たちを、悪いものから守れる力が欲しかった。
だから、いつだって強くなることばかり考えてた。
あなたが白いたまごから顔を出したのは、そんなときで。
出会ったばかりのあなたはわたしより小さくて弱くて、わたしの後ろを付いてまわって、まるで弟みたいで。
守ってあげたい存在が、増えた。
泣き虫のあなたが、臆病だったあなたが、いつからかわたしより大きくなった。
わたしは、あなたを守るのではなく、あなたに守られる「あなたより弱い存在」になってしまった。
悔しくて、でも同時にとてもうれしくて、わたしを守って抱きしめてくれるその腕が愛しくて、ただ泣きたくなった。
でもわたしは嬉しいなんて言うことも、あなたに笑いかけることすら出来なくて。
それどころか憎まれ口ばかり叩いて、姿を変える度に心も身体も強くなっていくあなたに嫉妬して、強がって。
張り合っては貶して、負けては八つ当たりして。
そんな事ばかりしていたから、この気持ちをあなたに伝えるチャンスすら、わたしは掴めなかったのね。
「あいしてるよ」
昔はわたしの方が強かったのに、今ではあなたの足元にも及ばないでしょうね。
いつの間にか、あなたは私を飛び越えて、世界を救った英雄と呼ばれるようになった。
本当は、わたしが行くはずだったのよ。
あの戦いに、彼らとともにわたしも行くつもりだった。
大切なものを守るために磨いてきた力を、今こそ使うべきだって、そう思ったから。
なのにあなたはわたしをここに置いて、ひとりで行ってしまったのよ。
あなたに縋ったわたしを振り払って、あなたは彼らとともに行ってしまった。
逞しいその背中を見送るわたしが声をあげずに泣いていたことを、一度も振り返らなかったあなたは知らないでしょう。
振り払われた腕が痛くて、痛くて、痛くて、そんなわたしの思いすら、あなたは知らないでしょうね。
わたしは知っていたわ。
わたし程度の力じゃ、彼らのお荷物になることも。
あなたが、そんな弱いわたしの代わりに自ら戦いに行ったことも。ちゃんとわかっていたのよ。
どうせ、優しさのつもりだったのよ。
誰にでも優しいから、わたしにも優しかっただけ。わたしが死ぬかもしれないと思って、可愛そうな弱いわたしを守っただけ。
あなたの優しさは、ただの親切。
だってあなたはわたしの気持ちなんて、知りもしなかったでしょうから。
あなたの活躍を噂で聞く度に、わたしが暗い空を見上げていたことも、
その暗い空があなた達の活躍で再び美しく輝いたとき、あなたが帰ってくると期待して胸躍らせたことも、
わたしがずっとあなたを好きだったことも、結局あなたは知らないままね。
これまで一度も、こうして言葉で伝えた事なんてない。
口下手なあたしは、強くなったあなたに向かって、「嫌いよ」と何度も何度も口にした。
今更、こんなにもその言葉を後悔するなんて思ってもいなかった。
何度わたしが「嫌いよ」と言っても、あなたは変わらずにあの優しい笑顔で「そうか」と頷くだけだと思っていたのに。
その笑顔が好きだよと、そう素直に言うことが出来なくて。
空は変わらず美しく晴れ渡っているのに、後悔ばかりが胸を刺して痛い。
世界を救ったあなたは、今はもう、わたしに笑いかけることはない。
「ずっと、愛してる」
炎の中で眠るあなたの魂に向かって、そう繰り返す。
真っ赤な炎の中で一瞬、あなたの瞳とおなじ青色の光が煌めいたような気がした。
いつかあなたがもう一度目覚めたとき、わたしはまたあなたの傍にいられるでしょうか。
けれどあなたが目覚めるときは、きっとわたしの大切なこの世界に危機が訪れているときで。
その時が来なければいいと切に願う。同時に、もう一度あの瞳がわたしを見てくれるなら他に何もいらない、とも願う。
相変わらずわがままなわたしに、あなたは呆れているでしょうか。
思い出される、呆れたように笑うあなたの笑顔すら、こんなにも愛しい。
あなたの形を模したその魂にくちづけて、わたしはこれからも1人この世界を生きていく。
「わたしはただ、あなたを守りたかっただけ」
「俺はただ、お前を守りたかっただけ」
英雄が救った世界でひとり
(美しくなったこの世界を、どうか彼女が愛してくれますように)
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ついったねたで愛のままに駆け抜けたら案の定名前変換なしっていう……
20120130