第一印象は、暑苦しい人。

買い物帰りに見かけたその人は、夏なのに真っ黒の服を着込んで、同じように真っ黒な人たちに囲まれていた。
一見してすぐわかる。…テレビだったか新聞だったか、何処で見たのかは覚えていないけど。とにかく、彼らは良くも悪くも有名だったから。
だから、彼の名も、私は初めから知っていた。服が黒いのは制服だから仕方が無いけれど、それでも、離れた場所から遠目に見たってその暑苦しさは伝わってくるほど。
厳粛な顔つきで、同じ制服を着た誰かと話し合っていた。黒い制服を着た彼らを、街中で見かけることは珍しくない。そのときはあまり気にも留めずに、素通りしたような気がする。



第二印象は、いい人。

秋真っ盛り。
私服姿のいかつい人たちの中でひときわ豪快に笑う姿を見た。多分、どこかの店先で見かけたような気がする。いつか見た黒い隊服ではないけれど、それでも拭えないその厳つさ。そんな雰囲気に似合わない彼の笑顔が、何故か私の目を引いた。
曇りの無い、今時珍しく純粋な笑顔だと思ったんだ。彼は本当に、心から笑える人なんだなぁと頭の片隅で考えた。
周りにいる人も彼と同じように大柄に笑って、おなかを叩いて咳き込んで。そして、また笑う。ど突かれたり、大声で怒られたり。盛大に荒っぽいスキンシップ。でも、周りの人たちのその声にすら、彼への愛情が垣間見えて。彼の周りにはいつも誰かがいると、そのとき気が付いた。
慕われる人なんだろうなと、そう思った。



第三印象は、一途な人。

道端で、彼の声が聞こえて振り向いた。あまりに大きな声だったから、驚いて振り返ったんだ。
その声が誰かに向けられているものだと気付いたのは、その一瞬後だ。素敵な女性が歩いていて、彼の声に笑顔で振り返る。手を振りながら彼女に駆け寄る彼を見て、あぁ恋人かな、と一瞬考えた。
そう何度も彼を見たことがあるわけでもない。それなのに、こんなに嬉しそうな彼の顔を初めて見て驚いた。
後ろ姿の女性を見て一瞬、いいなぁ、と呟いた。それと同時に、口から出た言葉に自分でも驚いてしまった。どうして急にこんな言葉が出たんだろう。しばらくその場で考えてみたが答えは出ない。結局、自分には長らく恋人が居ないからだ、幸せそうなカップルが羨ましかったんだと結論付けて。
もう一度2人の方に目を向ける…と、その瞬間。女性が彼に強烈なアッパーを食らわした。驚いて目が離せなくなって、私はその場で立ち竦んでしまったんだ。


「いやぁ、今日も素敵ですねお妙さん!最近お会い出来なかったからお元気そうで安心しました!!」
「あなたが居なければいつだって元気です。いい加減動物愛護団体に連絡しますよ」


言っている事はむちゃくちゃで、でもその真っ直ぐな目は、初めて彼を見たあの時と何も変わっていなかった。嗚呼、彼は誰に対しても変わらないなぁ。そう思った。真剣な目はいつも変わらない。
きっと彼は、難しい言葉や回りくどい行動で、自分の気持ちを隠すのが苦手なんだろう。いつも一直線で、正面から人と向かい合っているんだ。見た目に似合わない、素敵な恋をしている人なんだ。
今もそう。曇りのないその目が、彼女を好きだと、そう言っていた。真っ黒な目を子供のように輝かせて。本当に、心から嬉しそうに、彼は笑う。…素敵な目だと、思った。


第四印象で、わたしはあの人を好きになった。


彼の視線の先に居る彼女は、始終笑顔の彼を鬱陶しそうにあしらうけれど。その目の内にはどこか暖か気な色があった。あぁ、彼女は幸せなんだなぁって、そう思って胸が痛んだ。
参ったなぁ。自覚したと同時に砕け散ってしまったこの想いに、人知れず苦笑いを零した。話した事もない。彼は私を知らない。こんなに一方通行で、こんなに短い恋。芽を出したと同時に、その芽が育つための地が消えてしまったような。こんなに報われない恋はない。あぁでも私は確かに彼が好きで、それを伝える事もおそらく無いでしょうけれど。この先、この想いが消える事などないような気がして。

嗚呼、始まりと同時に終わりが来たこの恋を、私はどう処理すれば良いでしょうか。






彼女に恋する彼に恋した。

===071026
*『酸性キャンディー』様からお題をお借りしました。