「おかえりなさい!ご飯にする?お風呂にする?それともア・タ・シ?」

扉を開けて開口一番。パンッという何かがはじける音。
まだ玄関で靴も脱いでいなかった俺に向かってその侵入者はそう言い放った。
いつもの格好だがベストと額あては外されていて、代わりに淡いピンクのエプロンをしている。その手とその足元には、たった今鳴った音の正体である、クラッカーの残骸。
語尾をやけに強調して笑顔で首を傾げたそいつを見て、俺はがくりと項垂れた。ため息すらつく気が起きない。というか、何故こいつが俺の家にいる?

「しいて言うなら目の前のもの全て忘れて眠りたいな」
「え?もうベッド!?それはつまり3択の内のあたしを選んだってこ」
「ポジティブも度が過ぎると身を滅ぼすぞ」
「嫌だなぁネジってば!そんな穴が開くほど見つめなくてもっ!そんな戦闘態勢とらなくってもっ!」
「いっそここで滅ぼしておこうかと思ってな。今後の平和の為にも」
「もうメロメロすぎて滅んだも同然だよっ、あたしの理性が!」
「おい、その口閉じないと本当に殺すぞ」

一言発する度に眩しいばかりの(否、鬱陶しいばかりの)笑顔を振りまくそいつ。眉間に寄った皺も戻らぬまま、とりあえず靴を脱いで玄関を上がる。
靴を揃えようと振り向くと、目の前にいたはずのそいつは既に先回りしていて、甲斐甲斐しく俺の靴を揃えた。

「大体、どうしてお前がここにいる」
「え?どうしてって何?理由?手段?」
「手段って何だ……」

いや、もちろん忍び込んだのだろうが。常々小春という人物を見ているのだから、御免下さいと正面玄関から訪れるような性格じゃないことくらいは解る。へらりと気の抜ける笑顔で笑ったそいつは、予想通りの答えを返した。

「もちろん忍び込みましたッ!忍だし!」
「離れとは言え日向の敷地に侵入するとはいい度胸だな」
「ってか逆にさ、日向の家に侵入できるあたしってすごくない?もう何?さすが特別上忍?もう最強?」
「俺は上忍だ」
「知ってますよーせ・ん・ぱ・い」
「……歳はお前の方が上だが」
「しゃらっぷ!あたしまだ16歳と○○ヶ月だから!」
「二桁の時点でアウトだろう」


そうは言いつつも、彼女の不法侵入はこれが初めてではない。朝起きたら隣ですやすやと眠っていたこともある。その時は色んな意味からかなり焦ったが、明け方ドッキリで俺を起こそうと忍び込んだ挙句、自分も眠さに負けて布団に潜り込んだと告白されてさすがに怒号を上げた。反省の色は皆無だった。
そんな彼女に今更侵入について問い詰めたところで何の効果もないことは百も承知なので、俺はそのまま廊下を進んだ。
俺より数年早く生まれてきたはずのそいつは、年上とは思えない程子供っぽい表情で隣に並ぶ。かと思うと、俺を追い越して台所へと駆け込んでいった。
数歩も歩かぬうちに、その顔が再びひょっこりと顔を出した。手には器と箸。いやだから、お前は人の家で何をしているんだ。

「それでね、ご飯作ったの!肉じゃが!」
「人の家で勝手に料理するな」
「家庭の味と言えば肉じゃがよ!ナイスセレクト!あたしいい奥さんになるわよ〜超イチオシ!」
「話を聞け」
「味見してみて旦那様!はいっ、あ〜んっ」
「おい、いい加減にしろ。誰が旦那様だ」
「え?ネジでしょ?この状況で他に誰が」
「頼むからやめろ、本気で不思議そうな顔をするな頭が痛くなる」

右手で顔を覆って、言葉を切る。まるで宇宙人と話しているようだ、と思う。それでも彼女がこうして俺の元へ性懲りもなくやって来るのは、彼女が俺に好意を抱いてくれているからであって。
その好意を不愉快に感じない自分がいるのも確かだ。が、いい加減不法侵入はやめてほしい。指の間から彼女に視線を向けると、予想外にもその仕草が彼女の変なスイッチを押してしまったらしい。ぽっと顔を赤らめた彼女に殊更うんざりした視線を向けながら顔を上げる。これはもう二度としないでおこう。

「お前はどうしてここにいるんだ」

片手に器と箸を持ったまま、開いた方の掌で赤くなった頬を包んでいた彼女が、え?と首を傾げた。
正直首を傾げたいのはこっちの方だ、などと言うとまた話がくだらない方向へ逸れそうなので、黙って彼女が口を開くのを待つ。
しかしその口から出てきたのは、意外にも安直な言葉だった。

「今日がネジの誕生日だからでしょ?」
「は……」

言われて、今日は何日だ、と少し頭を巡らせる。数秒たたずにはじき出された答えを脳内で繰り返して、はた、と思い当たる。
7月3日。そういえば、今日は俺の誕生日だ。おそらく俺は口を開けたまま固まっていたんだろう。俺を見て、彼女は楽しそうにくすくすと笑った。こういう表情は、嫌いじゃない。

「ネジってば、自分の誕生日忘れてたの?」
「……忘れていた、な」
「よかったねー、あたしが来て。これで思う存分お祝いできるよ」

感謝しろと言わんばかりに俺の背中を叩いて、けたけたと笑う彼女。素直に感謝の気持ちが沸いてこないのは、彼女がこういう性格だからだろうか。意外と凝り性な彼女の事だから、肉じゃがだけでなく料理も盛大に豪華なんだろう。任務帰りで、疲れていないはずはないのに。
けれどやはり素直な感謝が自身の口から出ることはなく、その理由は彼女がこういう性格だからだ、と言い訳して苦笑交じりにため息をひとつ零した。
小春はそんな俺にお構いなしで前をたったと歩いていく。その背中に、素直について行った。

「さっ、早く食べよう!あたしお腹すいたー」
「やっぱりお前も食べるのか」
「1人でご馳走全部食べるなんてそんな羨ま……寂しいことさせませんよ!」
「本音がだだ漏れだぞ。ちょっと待て、箸を持つ前に手を洗え」
「誕生日っぽくちらし寿司も作ってみたの!ちらし寿司万歳!ちらし寿司最高!」
「お前、人の誕生日に自分の好きなもの作っただけじゃないのか」
「だって、いずれ一緒になるんだし。あたしの好きなもの知っといてもらわないと!」
「俺の未来を勝手に決めるな。あと言っておくが、その妄想外で言うなよ?」
「…………」
「…………………」
「さっ、早く食べよう!あたしお腹すいたー」
「………一体誰に言いふらしたんだ…」
「人聞きの悪い!まだヒナタちゃんとハナビちゃんとヒアシさんとリー君テンテンちゃんキバ君シノ君火影様にしか言ってないよ!」
「…………………」




炎と氷

=====110703
ネジお誕生日おめでとう!
ユグドラシル様からお題をお借りしました