見事と言えるほどに晴れた、空の高い夏の日。
忍術学園はちょうどランチタイムが過ぎ去った頃で、食堂に集まっていた生徒達が思い思いの午後を思い思いの場所で過ごしている時間帯だった。
生徒達と並んで昼食を頂き、散歩がてら校庭周りで医務室に向かっていた柚子は、茂みに小さな気配を感じて何となしに振り向いた。

「うわびっくりした」

思わず声に出るくらいには、正直本気で驚いた。
木陰の茂みで小さく丸まっている影が四つ、ほんのり青白い空気を放ちなからひっそりと微笑んでいる様は、例えそれが可愛い十歳の子供だとしても気味が悪いと言わざるを得ないだろう。
柚子の声に視線を上げた四人は、ほわりと笑顔を浮かべる。その愛らしいはずの様も、纏う空気のせいでやはりどこか不気味だ。
振られた手に応えるように柚子も手を挙げ、思わず苦笑いをこぼした。

「……きみたち狭くないの」
「僕狭いところ好きなんですー」
「暗いところも好きなんです……」
「木陰とか洞穴とかも好きです〜」
「柚子さんもご一緒しませんかぁ」

膝を折り、彼らと視線の高さを合わせる。
身を寄せあって座る彼らがいる茂みは本当に狭そうで、柚子は困ったように首をひねった。

「うーん、私が入る隙間はなさそうだなぁ」
「大丈夫ですよぅ。この前は安藤先生も入れましたし」
「あら、一番意外な人物ね」

四人が左右に動いてちょうど真ん中を空けてくれたのを見て、それならばと柚子は両手と膝をついた。着物が汚れる気がしたが、それよりも彼らの好意と好奇心に負けた。
応えてくれた柚子に、四人がみな嬉しそうな顔をする。いつも通り顔色は悪いが、その表情は子供らしいものだった。

い組もそうだが、ろ組のこの子達も、先生の影響が大きい。大きすぎるほどに。
この薄い気配も血色の悪さも、彼らが学園に入ったばかりの頃は、これ程強く印象になかったような気がする。ろ組教科担当の教員を頭に浮かべながら、柚子は師弟の結び付きというのをこれ程強く感じたのは初めてだなと思った。
そう考えると、は組のあの子達の溌剌さや団結力、ハプニング引力も、少なからず半助さんの影響なんだろうか(……と言ったら彼はまた胃痛を起こしそうなので、黙っておこうと思う)。

茂みの中へ進んでいき、四人の真ん中で膝を抱えて座る。職業上こういう場所は慣れているが、忍務ではなく、こんな風に気を張らずに腰を落ち着けることはなかなかない。

「あぁ、なんか解った。確かに狭いところって落ち着くかも」

いつもの学園の喧騒が薄まり、木々の揺れる音だけが耳に近い。木陰だからか、一年ろ組特有のこの涼し気な空気のせいか、体感温度もかなり下がったような気がする。薄暗い視界と少しだけ狭くなった晴天が、俗世の世界から遠ざかったような気分にさせた。
そんな世界に浸っている四人は、ゆるりと気の抜けた顔でこの静けさを堪能しているようだった。自覚があってか無自覚なのか、景色に溶け込むように気配も薄くなっている。
この子達、本当に忍者向きだなぁ。そう思って、心の中で思わず斜堂先生に拍手を送った。

「……あ、伏木蔵くん、それ」
「はい?」

ふと、伏木蔵の足元に落ちているものに気づいて、柚子は声を上げた。

「セミの抜け殻……?」
「わぁ、伏木蔵、見せて見せて」

伏木蔵が拾い上げたそれを見て、孫次郎が反対側から手を伸ばす。
目の前で孫次郎の手に渡っていく抜け殻をみながら、柚子は先生のような口調で言った。

「蝉の抜け殻は薬にもなるのよ」
「えっ、そうなんですか」
「あ、僕それ、図書館の本で読んだことあります」
「それは感心。よく勉強してるんだね」

怪士丸はえへへと照れたように笑って、他の三人はまるで初めて見るかのような物珍しい顔でセミの抜け殻を見つめていた。茶色の薄い膜が、木の葉を避けて降り注いだ僅かな光に照らされてきらりと光る。
抜け殻を掌にのせた孫次郎が、それを大切そうに両手で包んだ。

「今度委員会の時、みんなで探します」
「ありがとう。見つけたら医務室に届けてあげてね。新野先生も伊作くんも喜ぶよ」
「孫次郎、それ僕も手伝いたいなぁ」
「僕も……」

続くように手を挙げた怪士丸と平太にもありがとうと告げる。
にこりと笑って答えてくれた彼らの頭を、狭さの所為で撫でてやれないのが悔やまれた。

「でも、せっかく柚子さんが教えてくれたんだから」

伏木蔵が、ゆったりとしたつけ口調で膝を抱えたまま言った。視線を向けると、ふわりといつもの笑顔をこちらに向ける。

「沢山取れたら、柚子さんに最初に見てもらいたいなぁ」

うわ可愛い。
思わず出そうになった言葉を飲み込んで、柚子は両手で顔を覆った。……ああ、食満くんのこと笑えないな。ちらりと視線をあげれば、自分を覗き込む四人の不思議そうな顔。相変わらず顔色は悪いが、その子供らしい表情に思わず笑みが零れた。
ありがとうを繰り返した柚子に、全員の顔が笑顔になる。

「楽しみにしてるね」




もうちょっとで全員抱きしめるとこだった

==2019.01.06(一年ろ組の日)