強い風がひとつ吹く。
陽が落ち、辺りが少しずつ暗くなっていく夕暮れ時だった。視界の殆どを覆う木々と落ち葉が風に煽られていくつか舞い上がり、そして落ちる。
喧騒と言うには閑散としていて、静寂と言うには木の葉のざわめきが煩い。

「うーん……」

柚子は木立の真ん中にひとり立ち、ゆっくりと周囲を見回した。辺りに彼女以外の姿はなく、それでも柚子は真剣な目で一周、そしてもう一周景色を見渡した。
そして腕を上げて、

「そことそこの木の上に伊助くん団蔵くん兵太夫くん、そっちの木陰に金吾くん、あっちに喜三太くん、落ち葉の下に乱太郎くんと三治郎くんと庄左ヱ門くん、そこの岩がきり丸、向こうが虎若くん」

ひとつひとつ指で示しながら言うと、柚子が指摘したその場所から物音か小さな悲鳴が上がっていく。
十人を言い当てたところで言葉を切ると、柚子はため息とともに目を閉じ、目の前の背の低い木に向かってこう言った。

「……と、この木がしんベヱくん」

木と言うにはあまりにお粗末な(両手に小枝を持った人型の丸太である)それは、ぴゃっと声を上げて縮こまり、同時に周囲全方向からは組の子達がぞろぞろと顔を出した。

「柚子さん〜〜」
「みんな悪いけど、これに関しては私も手は抜かないわよ」

困ったような、懇願するような声を上げた彼らに、両手を上げてNOの意思表示をすると、全員がガックリと肩を落とした。……うん、思ってた以上にひどい。
違う意味で予想以上だった結果に、彼らだけでなく柚子まで愕然とした。一年生とはいえ、これではあまりに緊張感がない。
彼らの経験豊富さはいくらか知っているし、勉強やテストとなるとその実力が半分も発揮されない子達であることも重々承知だが、それにしたって、と考えてしまう。
先生方の苦労が身に染みる。学校の形をとる以上、成績は授業とテストでつけるしかないのだから。

隠業の術のテストに協力してくれないかと山田先生から声を掛けられたのは、今日のランチ後の事だった。どうも前回のテストの時、先生に見つからないようにするのは難易度が高すぎるとか、先生は忍者なんだから一年生の僕らを見つけられるのは当然だとか、くの一クラスでも二年生がやるテストだとか、は組らしくない文句がぽろぽろと出たという。先生方も一喝した後、ならば忍者ではない一般人に判定を任せようという話になったらしい。
その点柚子は未だ前線から退かない現役の忍なのだが、それをは組の子らが知る由もなく、一般人である(と思っている)柚子にすら見破られると分かれば、彼らも少しは自分を見つめ直し勉強に向き合おうとするのではないかという、先生方の小さな希望もあるらしい。

案の定、燦々たる結果に彼らも少しは動揺したらしく、何でだろう何がまずいんだろうと額を寄せ合いはじめた。

「……まず木の上に隠れた三人、テスト中におしゃべりしない。木陰の二人影からはみ出してる。喜三太くんナメ壺は教室に置いてきなさい。落ち葉の下の三人もぞもぞ動かない。きり丸は布けちっておしり見えてるし、虎若くんはくしゃみ我慢出来なかったよね。しんベヱくんは、まず鏡を見なさい」

首を傾げるしんベヱくん以外は、全員身に覚えが在るらしい。
いつになく厳しい口調の柚子に驚いたのか、は組の良い子たちもいつの間にか姿勢を正し、正座でこくんと頷くばかりだ。


「そもそも先生どころか、私に見破られてちゃダメでしょっ」
「そりゃそうだろうけどさぁ」
「柚子さん勘が鋭いんだもん。本当は忍者なんじゃないですかぁ」


まったく、こういう勘は良いんだから。
心中でそう思いながらも、柚子は冗談交じりのその言葉を軽く流して腕を組んだ。

「忍者じゃないけど、戦い方はそれなりに知ってるのよ。だてに女一人旅してないからね」
「えっそうなの!」

旅と言うほどのこともないのだが、柚子もそれなりの地域を定期的にまわっている。薬の調達や売買、村に寄れば往診もする。
山間の集落や戦地に近い村に赴けば当然危険も増えるし、付き人も護衛もいない女を狙わない賊はいない。その上、薬や薬草は金になる。柚子が忍でなかったとしても必要なスキルなのだ。

「えー見たいなぁ!」
「土井先生とどっちが強いですかぁ!?」
「女装した山田先生とどっちが強いですか!」
「くぉらお前たち!くだらん事言ってないで全員集合!」

目を輝かせてわらわらと集まってくるは組の子達に怒号が飛び、同時に山田先生が現れた。途端、全員が喉を絞られたような声で唸る。
全員が並んだのを見て、山田先生がごほんと咳払いをする。

「えー、わかってるとは思うが、今回の隠業の術の課題……」
「(……ここで溜める必要はあるのだろうか)」
「全員テスト失格!!補習決定だ!」

お約束のように全員がえぇー!と不満の声を上げる……が、さすがに柚子に見破られたことが効いたのかそれ以上の文句はなく、普段よりも少しだけしおらしくも見えた。
きり丸がちらりとこちらに視線を向けたが、柚子は頑として首を振った。言った通り、どれほど可愛いは組の子達の頼みでもこれに関しては手を抜けない。ここに居る子の半数以上は、数年後にはプロの忍者として世に出ようとしているのだから。
鐘が鳴り響き、以上解散!という山田先生の一声で授業は終了した。

「まったく……手加減されてこれだもんなぁ」
「でも計算通り、ですかね?」

生徒達の背中を見送りながら山田先生がぼやく。手加減を見透かされていたことに、柚子は少なからず罪悪感を感じて目を逸らした。事前に全力でやって構わないと念押しされていたから尚更だ。けれど結果だけ見れば効果はあったのではないだろうか。
伸び代しかない彼らの成長を見るのは楽しい。理想は、あの子達が柚子にリベンジを申し込んでくるくらい向上心を持ってくれることだ。

「ほんと、楽しみですね」

この子たちの未来が。
独り言のように呟いた柚子に同意するかのように、山田先生も声を出さずに笑った。





そんな彼らがリベンジを申し込んでくるのは、ほんの数日後のこと
==2019.01.09(一年は組の日) 遅刻!