人のいない図書室とは良いものだ。
紙の匂いと、微かな墨の匂い。放課後は特にいい。ざわめきは遠く時間は緩やかになるような、そんな気がする。
気がするだけだが。

「左近くんは字綺麗ねー」
「えっ、そうですか?」
「すごく読みやすい」

そう言うと、筆を持ったままの左近は鼻をかいてありがとうございますと笑った。

空いた時間を、きり丸に誘われて図書室で過ごしていた時のことだった。図書委員の当番をこなすきり丸を見る傍ら、手持ち無沙汰な両手を埋めようと、きり丸のお勧めだという“網羅!忍術学園の七不思議”という本を開いていた時、彼らが現れた。

「きり丸、お前補習授業忘れてるだろ。土井先生が探してたぞ」

久作のその一言で飛び上がったきり丸がごめん柚子さんと叫んで走り去っていくのを見送り、そして冒頭へ至る。
当番を代わってくれた久作は貸出カードを整理しながら委員会日誌を書いており、向かい側に柚子、そしてそこから更に机を挟んで三郎次と左近が居た。利用者が少ないのをいい事に、柚子は机の端に肘を乗せて、3人を見渡せる形で横向きに座っている。

すると、左近の隣に座って同じ宿題をこなしていた三郎次が視線を上げ、拗ねたようなジト目で柚子を見た。

「なんですか柚子さん、まるで僕らの字が下手っぴだって言ってるようにも聞こえますよぅ」
「いやいやそんなまさか」

柚子は乗り出して三郎次の宿題を覗き込み(この時彼の宿題に一問小さはミスを見つけたが、黙って見ぬ振りをすることにした。素人のはずである柚子に指摘されるのは、きっと優秀ない組である彼のプライドに障るだろうし、正直なぜ知っているのかと聞かれたら釈明も面倒だ)、流れるように綴られたその字を見て首を振った。

「池田くんも上手よ。それに姿勢と筆遣いが綺麗ね。能勢くんのは教科書のお手本みたい」

事実、彼らの綴る字は本当に綺麗で、柚子は以前目にしたことのある彦四郎や滝夜叉丸の字を思い出した。年齢問わず、い組の子はみんな丁寧で綺麗な字を書く。そんなイメージがぼんやりと柚子の中で出来上がった。
同時に、思いの外耳に残った三郎次らしくない言葉に口元が緩む。堪えきれず口の端から笑いを零すと、彼は怪訝な顔で柚子を見た。
ああ、これ言ったら怒るんだろうな。そう思いながらも、柚子は怪訝な様子の彼に素直に答えることにした。

「ごめん、池田くんの”下手っぴ”が可愛くて。今頃笑えてきた」
「なっ、なんですか!」

まさに思い描いていた通りの反応だ。顔を赤くして拳を握った三郎次に柚子は尚更笑顔になる。すると隣で聞いていた左近と久作が視線を上げて、ああ、とどこか納得したような顔で頷いた。

「確かに、三郎次は時々子供みたいな言葉を使う時があるよなぁ」
「うん。普段あんなに偉そうなのに、時々な」
「お前たち……!」

級友からの追い打ちにさらに赤くなった三郎次が立ち上がるのを、柚子はその裾を引いて制した。

「ほら、騒いでると、そのうち中在家くん来て怒られちゃうよ」




直後現れた図書委員長に飛び上がった彼らは、なんだかとても可愛かった

==2019.03.02(大遅刻)