「あれっ、時友くん体育委員会だっけ!?」
「はいなんだな〜」

学園へ向かう途中、いけどんマラソン中に迷子になった次屋くんを探して爆走する七松くんに置いていかれて気がついたら迷子だった、という四郎兵衛と出会った。
擦り傷だらけの彼を放っておけず、柚子は先輩探しを続行しようとする四郎兵衛の腕を捕まえて、薬箱を開けた。大人しく傷を見せる四郎兵衛はありがとうございますとはにかんで笑い、柚子はこんな子を傷だらけにして、と心のうちで理不尽に七松くんに拳を振り上げた。

「どうかしました?」
「あ、いやごめんね、あまりにも意外で……」

柚子は目の前のぽやっとした四郎兵衛の顔を見ながら、思わず感嘆の溜息をついた。
この子が体育委員。なんだか思わぬ一面を見た気がする。彼は例えば用具とか、でなければ生物とか、そんな勝手なイメージを持っていたのだ。でも確かにしんベヱくんや虎若くん達から彼の話を聞いたことはないし、金吾くんと井戸端で話しているのを見たこともある。
……言われてみれば、柚子が所属委員会を知らない子は案外多い。
保健は把握しているし、一年は組の子達も粗方知っている。けれど他はどうだろうか。い組の佐吉くんとか一平くんはどこの委員会だったか……あと浦風くんとか齋藤くんとか、勘右衛門くんも。
今度きちんと聞いておこう。そう決意して、柚子は四郎兵衛の頬に薄く薬を塗りつけた。

「うーん……見た目ほど大したことはないけど、全身細かい傷だらけね……崖を登って滝を下って密林を抜けてきたって感じ」
「あ、それ今日全部やりましたぁ。さすが柚子さんです〜」
「………………」

思わぬ返事に軽く目を瞑って空を仰ぐ柚子。四郎兵衛は「やっぱり薬師さんにはわかっちゃうんですねぇ」なんて尊敬の眼差しでこちらを見るものだから、今更当てずっぽうの冗談だなどとは言えず、柚子はただただ大きなため息をひとつ落とした。

「いけどんマラソン恐るべし……」
「もう慣れたんだな〜」

目を瞑って頬を出している四郎兵衛の声からは、諦めや怒りといった様子は感じられない。ただただ本当に、純粋に慣れたのだという事実ほど哀しく感じるのは何故なのだろう。ああ泣きそう。
委員会後、ボロボロになって井戸端で汗を拭く平くんや次屋くんを見たことがあるが、疲労と諦めと不満だらけの彼らからは到底聞けない声だろう。この先、どう転ぶか。この子が六年生になった姿も、また楽しみだ。

「体育委員の子みんなこんな感じなんでしょうね……まとめて薬湯に放り込みたいところだけど、さすがに贅沢かしらね」

頭巾の上からぽんぽんと頭を撫でてやると、四郎兵衛はありがとうございますと言って目を開けた。

「全員綺麗に治してあげるから、学園に帰ったら医務室に連れておいで」

薬箱を背負ってそう言うと、四郎兵衛は右手を上げて笑顔でぴしっと敬礼した。その姿にまた和まされる。
さぁ先輩達探そうか。はぁいと立ち上がった彼と共に、柚子はいけどんマラソン中の体育委員捕獲に乗り出した。






その後例の掛け声がして振り返ったら七松くんが熊引きずってやって来た

==2019.03.02(大遅刻!)