一人で買い物に出たのは久しぶりで、今日は貴重な休日を充分に満喫出来たと思う。たまには一人も悪くない、なんて思いながら、実習で忙しい委員長の代わりに引き受けた委員会の用事も済ませて、僕は今甘味屋の前に立っていた。

せっかくだから、委員会の都合で来られなかった三郎たちに土産でも買っていこう。そう思い立った矢先に甘味屋ののぼりを見つけ、甘い匂いに引き寄せられてふらふらと立ち寄ったはいいが、店の主人に団子だ羊羹だお萩だとあれこれ勧められて、僕はいつもの様に頭を抱えることになった。
並べられた甘味はどれも美味しそうで、ちょうど小腹を空かせた今の僕にはどれも魅力的に見えて仕方ない。餡子いいなぁ、お萩にしようか。ああでも八左衛門はつぶあんよりこしあん派だっけ。三郎は羊羹よりお萩のが好きだったような気がする。勘右衛門はなんでも喜んで食べそうだけど、兵助はどうだったかな。羊羹よりは大福の方が喜ぶかもしれないなぁ白いし。そういえば餡子は小豆が原料だけど、大豆と小豆って色とか大きさ以外の明確な違いはなんなんだろう……

「雷蔵くん」
「わっ!」

思考が迷路に入ったあたりで、背中をとんと叩かれて僕は慌てて目を開けた。
振り返ると、背後から覗き込むようにこちらを見る柚子さんと目が合った。驚いたままに挨拶をすると、柚子さんはちょっとだけ困ったような顔で笑う。

「こんにちは。君、随分長いことそうしてるみたいだけど?」

お店の人困ってるよ、そう言われて視線を戻すと、柚子さんと同じような表情の店主がいた。慌てて頭を下げるが、しかし問題はまだ解決しない。並べられた甘味たちをぐるりと見渡して、僕はまた自分の眉間にしわが寄るのを感じた。
ああ、どうしよう。早く決めなければ。大豆、いや大豆じゃなくて小豆、ああ、餡子か団子か白か黒か……じゃなくてぇ!

「お土産?」
「あ、ええと、はい、土産を……団子にしようか羊羹にしようかお萩にしようか……」
「……なるほど」

頭を抱えた僕に助け舟を出してくれたのは柚子さんだった。短い説明で理解してくれたらしい彼女は、一歩前に踏み出すと店主に向かってすみません、と声をかける。

「持ち帰りで五人分欲しいんですが、お薦めありますか?」
「ああ、なら団子ときな粉餅のセットがいいよ」

ようやくこの状況に希望が見えた店主がにっこりと僕に笑いかける。ああいい人だなと僕は一瞬関係ないことを考え、柚子さんの「ここのきな粉餅、前にしんベヱくんがお薦めしてたから美味しいと思うよ」という言葉に背中を押されて、ようやくこの問題に終止符を打った。

「じゃあ、それください」
「まいど!」

財布を出しながら、ほんの少しだけもやっとした頭の中で考える。あれだけ悩んでいたのに、柚子さんが現れた途端ものの数秒で解決してしまった。自分の半刻は何だったのか。
悩み抜いて結局結論を出せぬまま、なんて僕にとっては日常茶飯事だが、他人にとってはこうもあっさり解決する問題に、自分はいつまでも頭を抱えて時間を浪費している。そんな事実を突きつけられたようで、無意識に肩が落ちた。

「ありがとうございました、柚子さん」
「どういたしまして。勝手に五人分で頼んでしまったけど、三郎くん達の分よね?あってた?」
「はい、大丈夫です」
「よかった。雷蔵くん一人で買い物なんて珍しいね」
「今日はみんな委員会が忙しくて」

情けなさの滲んだ声で言うと、柚子さんはそっか、とだけ言って財布を取り出した。
柚子さんも誰かに土産だろうか。その姿を見ながら、僕は落ち込んだ脳みそでぼんやりと考える。こんな学園に近い街にいるなんて、もしかしてこれから向かうところなのかもしれない。だとしたら土産は新野先生と保健委員達にか、それとも学園長先生にか。ああ、もしくはくのいち教室とか。前回見かけた時に、食堂でくのたま達と甘味の話をしていたような気がするから、彼女たちへのお土産なのかも。はたまたこの店のファンだというしんベヱとか、いやでもそもそも学園に向かうと決まったわけではないし……   と、また意味のない悶々とした考えに囚われていた僕の思考は、目の前に差し出された包みと店主の元気の良い声で途切れた。

包んでもらった団子ときな粉餅を受け取ると、入れ替わりで柚子さんが店主に羊羹とお萩を注文した。その姿に迷いなど一切なくて、僕はまた優柔不断な自分に落ち込む。
忍者として致命的。そう先生達にも言われ続けているのだが、こればっかりはどうしても改善が難しい。おまけに最近では僕と三郎を見分けるポイントとして使われていて、下級生からは悩んでいてくれた方が見分けがついて楽だ、なんてことまで言われる始末だ。いい加減どうにかしなければと思う、思ってはいるのだが、何せ「性分」というものはそう簡単に変えられるものではないのだと、この五年間でそんな事ばかりを学んでしまった。

「……そういえば、柚子さんはすぐ僕だって気付きました?」

試しにそう聞いてみると、店主から皿を受け取っていた柚子さんは(お萩と羊羹が乗った皿が二枚。どうやら持ち帰り用ではなかったらしい)、振り向いて当然のようにこう言った。

「うん。随分悩んでたからね」

やっぱりそこか。
予想通りの答えに、思わず大きくため息を零す。それを見た柚子さんはまるで僕の考えを読んだかのように小さく笑ったが、それ以上は何も言わなかった。代わりに貰った皿を僕の目の前に差し出して、

「雷蔵くん、せっかくだから先に味見しよう。美味しかったら今度はみんなで食べにおいで」

そう言って、また笑った。僕はぽかんと口を開けたまま、自分が選ばなかった二つの甘味を交互に見た。彼女は迷っていた自分のために、わざわざこれを買ったのだ。
こうもあっさりと正解を導き出した柚子さんに、僕は情けなさでいっぱいだった胸の内が少しだけ晴れて、同時に少しだけ泣きそうになった。





タイミング良く鳴った腹の虫は盛大に辺りに響いて消えた

==2019.03.24(大遅刻!)