「僕、クラスメイトからは気持ち悪いって言われてるんです」

天気のいい、春の日和の午後だった。
庇の影に入って一息ついた柚子は、汲んできたばかりの井戸水を喉に流し込んでふぅと息をつく。使った柄杓を隣にいた孫兵に渡すと、彼は唐突にそう言った。

汲んだ水を手に持ったまま、孫兵の視線は下を向いている。その目に落胆や悲しみは見て取れなかった。彼はそれを、ただ淡々と、事実として言ったのだ。
そんな孫兵を一瞬見て、柚子は再び彼に水を勧めた。長時間草むらを掻き分けていた彼の首には、じんわりと汗が滲んでいる。まだまだ肌寒い季節だが、天気のいい日に陽の下で動き回っていれば当然汗もかく。見かねた柚子が彼を制して、少し休憩しなさいとここへ連れてきたのだ。
縁側に腰掛けて、柚子は目の前の裏庭をなんとなしに見つめる。茂る緑が風で揺れ、地面に出来た影が動く。その中で、木々とは違う色の緑が動いた。広い庭のあちらこちらで動くその色を眺めながら、柚子は隣に座った孫兵に語りかける。

「伊賀崎くん、い組だっけ」
「はい」
「三年生も、やっぱりい組は優秀なの?」
「さぁ……ああでも、常識的ではあるんでしょうね」

自嘲気味に言った彼は、何に対してそう言ったのだろう。自分と比較した周囲の人間にか、それとも彼に対しての周りの人間の評価の裏返しだろうか。

きっと、普段はそれ程気にしていない。
彼の生き物に対する愛情は他人の目で萎縮する程度のものではないと、傍から見ているだけの柚子でも解る。けれどきっと、ふとした瞬間に思い知るのだろう。周りの人間から取られている距離を。自分と他人との価値観の違いを。
そう思いながらも、柚子は軽い調子でその言葉に同意した。

「それ、なんか分かるなぁ。確かにい組の子は常識人が多いね」

四年生は別だけどね、と付け足すと、まぁあれは規格外というかなんというか、という返事が返ってくる。
その答えに笑いながら、柚子は独り言のように言った。

「い組は優秀、ろ組は個性、は組は愛嬌」
「……なんですかそれ」
「個人的な組のイメージ」
「イメージ、ですか」
「い組の優秀さは言わずもがなでしょ。それに、忍術学園の子ってみんな個性豊かだけど、ろ組の子は特に振り切ってるよね」
「そうかなぁ」
「そうそう。ほら、1年ろ組もそうだし、迷子とか火器とか双忍とか暴君とかモソモソとか……あ、これ私が言ったって内緒よ」

特に六年生のところね。茶化すように言うと、ようやく孫兵がくすりと笑いをこぼした。

「……は組は愛嬌って。あはは」
「でもなんとなく私が言いたいこと分かるでしょ?」
「分かります、確かに。……あ、これ僕が言ったって秘密ですよ」

そう言った孫兵に、柚子はニヤリと笑みを返した。
応えるように孫兵もいたずらっぽく笑う。彼の首元に、いつもの赤はない。彼女がそこから消えて以来数刻、漸く覗いた孫兵の笑顔に柚子はほっと一息付き、そして目の前の裏庭に視線を戻した。

「いいんだよ、別に。理解してくれる人は、必ずしも隣にいなくても」

はっとした孫兵の目が柚子を、そしてゆっくりと目の前の裏庭を見た。
そこに見える人影はひとつではない。動き回る抹茶色の影が五つ、ひょっこり姿を現しては、また茂みに隠れる。かと思えばまた別の場所で同じ色が現れ、キョロキョロと辺りを見回している。いたか、いやいない、こっちもいない、縄が邪魔だ、なんで俺も縛られてんのかな、おいおまえらどっか行くな大人しくしてろ、ああ待って数馬そこ落とし穴、と小さな生き物を探すには少しばかり騒々しすぎる声がここまで届き、柚子は思わず声を出して笑った。

「一緒に探してくれる友人がいるのは、幸せだね」
「……はい」


まごへー!ジュンコ発見ーー!

友人のその言葉に駆け出す直前、こっそりと裾で顔を拭った彼に、柚子は気付かないふりをした。



たとえ君が望まなくても、きっと彼らは躊躇わずその肩を叩く

==2019.03.29(大遅刻!)