「「ダメです」」

正座で並んだ柚子と数馬。その向かいでわたわたと慌てた様子の藤内が、何となく自分も居住まいを正して弁解するように両手を振った。

「そ、そんな二人で声を揃えなくても……」
「藤内がおかしなこと言うからだろ!」

呆れ顔で腕を組む数馬に同意しつつも、柚子は目の前の二人の様子につい笑いが零れた。

怪我をして医務室へ行く時の予習がしたい。
そう藤内が言い出したのが事の始まりだった。放課後の委員会当番だった数馬に引っ付いてやってきた彼は、元は「数馬が体調不良で委員会当番を欠席したいときにその旨を代理で伝えに行く予習」として医務室へとやってきた(そもそもその予習は必要だろうかとツッコミたい気持ちもあったが、数馬の話を聞く限り、藤内の突拍子もない予習は今に始まったことではないとのこと)。そして柚子を見て、せっかく柚子さんがいるのだからと先程の予習を申し出てきたのだ(そもそもその予習も以下略)。

「だって、怪我とかの外科分野は新野先生より柚子さんのが専門だって数馬言ってたじゃないか」
「それはそうだけど、それとこれはまったく別の話!」

多少不満げな藤内にしっかりツッコミを入れる数馬。
以前から思っていたことだが、どうも彼は真面目な苦労性で、存在感の割に言葉の切れ味が良い。ふわふわしがちな保健委員の中では意外にも突っ込み役の常識人で、見た目の印象とは違い思いの外しっかりしている。

「(外見だけならいちばんふわふわしてるのになぁ)」
「……柚子さん何か失礼なこと考えてません?」
「えっ」

そして勘もいい。年下の忍たまに内心を読まれて、いかんいかんと柚子は背を伸ばした。よし、さあ藤内の話に戻ろう。
ちなみに新野先生の専門分野は内科と小児科だ。学園の特性上、校医である新野先生にももちろん必要なだけの外科知識は十分にあるのだが、外用薬の手持ちの多さも薬剤知識も柚子のが豊富であることは、相互に認める事実でもある。……だからといって怪我をして医務室に行く予習にそれが関係あるか否かと言われれば、数馬の言う通り否であるが。
柚子は持っていた擂粉木を置くと、数馬に怒られてどことなくしゅんとなった藤内に向き直った。

「浦風くん、予習をするなとは言わないけど……予習はそもそも怪我や事故を防ぐためにやるものよ」
「でも、まさかまさかで成り立つのが忍者の世界だって、は組の先輩が」

ああ食満くんだな。脳裏に保健委員長と同室の彼が浮かぶ。六年生である彼らは、今頃は揃って実習中だろう。
藤内のこの心掛けはとても良いことだが、努力の方向がいまいち的外れだ。けれどそれを諭そうと思った矢先、こちらに向けられた数馬の視線に気づいた。その目はまさに「何言っても無駄ですこれは矯正不可ですよ」と語っていた。普段は気配り上手で聞き上手な彼がここまで正確に読み取れる程真っ直ぐな感情をぶつけてくるのも稀有だなぁと思いながら、柚子は喉元まで出かかっていた言葉をそっと飲み込んだ。言うだけ無駄、という教訓は、ろ組の名物迷子で学習済みだ。

「……万が一怪我をしたら、とにかく早く、新野先生か私か保健委員を見つけること。大切なのはこれだけよ」
「なら、柚子さんを見つける予習を!」

拳を握って進言する藤内に、ふむ、と一呼吸考える。彼はどうも何かしら予習しないと気が済まないらしく、これは付き合ってやるしかないかと柚子も腹を括った。まぁ、最初の予習よりは一歩か一歩半程くらいまともな内容になったような気もする。本当に気がするだけであるという事実には、この際目を瞑ることにする。

「よし。じゃ、かくれんぼでもする?」
「はい!」
「柚子さんそんな……一年生じゃないんだから」

呆れた声で、けれど諦めた様子で言った数馬の肩を「もちろん数馬も参加な!」と藤内が元気いっぱいに叩く。軽く藤内を殴り返す彼を見ながら、柚子は至極真面目にこう言った。

「……数馬くんはかくれんぼ上手そうだよね」
「それ存在感の話してます?」





このあとめちゃくちゃかくれんぼした

===2019.04.27