シュガーオーバー



※あまり夢とは呼べないものです。


『再来週の土曜、元烏野バレー部全員集合!尚、恋人がいる者は連れたっての参加必須』

職員室のデスクに積み重なった答案用紙の山を捌き切り、やっとのことで帰宅した頃、一通のメッセージが菅原のスマートフォンを震わせた。差出人はかつての主将、澤村大地である。少し前に別件で作られたグループには懐かしい名前がずらりと並んでいる。どうやら招待を受けたのは、菅原達が高校三年の頃にバレー部に所属していたメンバーのようだ。こんな急な招待で全員集まるのかは甚だ疑問であったが、各々の個性が出ているアイコンが了解の返事を出しているところをみると粗方参加できそうなのだろう。それにしても恋人参加とはどのような思惑があるのかは全く読めない。今までにこういった気まぐれな集まりが何度かあったが、そのような御触書があったことは一度もない。首を傾げつつ、玄関まで出迎えに来ていた恋人である名前に画面を見せながら予定の有無を聞く。どうやら先約はないようなので、未だに通知が鳴り続けるグループへ参加の返信をすると、澤村から『ということは全員集合だな!詳細はまた改めて連絡するから予定空けとけよ』とのメッセージが届く。個性豊かな元部員達には今や世界で活躍している面々もいるというのに、こうも都合よく全員が集まるとはどうにも謎ではあるが、久しぶりに顔を合わせると思うと口角があがってしまう。そんな菅原を微笑ましそうに眺める名前は、実は自分の母校でもある烏野高校のスターと呼んでも過言ではない面々に混ざることに少し緊張をしていた。
菅原と名前は高校の頃からの付き合いであり、それは部員には周知の事実であった。かつて思春期であった彼らの話題に菅原の色恋沙汰は引っ張りだこではあったが、実際のところ彼女と部員の面識はあまりなかった。全く知らない人たちの中に混ざるよりかは幾分かマシかなと思いつつ、当日までソワソワした日々を過ごすことになったのだった。



「お、スガ達来たぞ!」
「ごめん、俺たちが最後?」

約束の日当日、指定された時間よりも少し早めに店に訪れた菅原らは、既にずらりと揃った面々に目を見張った。ちらりと腕時計を確認するが、どうやら時間は間違っていないようだ。入口近くの座敷が空いていたので、そこに並んで座るのを確認した山口が二人へメニューを渡す。どうやら既に一通り注文は済んでいるようで、腕時計の時間がずれていたかもと今度はスマートフォンを確認するが、やはり表示されている時刻は集合時間よりもまだ早いことを示していた。首を捻りつつも注文し、全員の飲み物がそろった頃、この会の主催者である澤村が乾杯の音頭を取った。

「全員揃ったところで、まずは皆久しぶり!近況報告はこの後ゆっくり聞かせてくれ。今日は周りに迷惑を掛けない程度に楽しもう!乾杯!」

酒の席であっても周囲への配慮を忘れない元主将に合わせて、各々が盛ったグラスを軽く上にあげつつ賑やかに会が始まった。

「スガさん久しぶりっす!彼女さんも!」
「おー日向久しぶり、お前の活躍すげーな!俺生徒に自慢しまくってるよ」
「本当っすか!もっと自慢できるように頑張ります!」
「スガさん俺のことは自慢してくれてないんすか」
「んなわけねえだろ?あの時もらったサイン、大事に教室に飾って逐一自慢してっかんな!」
「なんて贅沢な教室…強盗にでも入られたらと思うと心臓が痛いです…」

菅原達が座った席は下座だからか、当時の一年生達が固まって座っていた。見た目こそ大人になってはいるが、当時をそのまま思い出させるやりとりには思わず笑みが溢れてしまう。
昔話にも花が咲いた頃、名前は辺りを見回したが参加しているのは当時の部員達だけだ。誰かの恋人も沢山いるのだろうと踏んでいたので首を捻った。
周りの人は話に夢中になっているせいか、ちらほら届いていた料理にはまだ誰も手をつけていない。それを気にして名前は積み上がっていた取り皿に手を伸ばし、料理を取り分け始めた。

「あ、名前さん、私がやります!気が利かずすみません!」
「大丈夫大丈夫、…あ」

利き手を振りながら谷地の申し出をやんわり断る際、取り分け用の小さなトングが名前の手から滑り落ち、カシャンと地面で音を立てた。正面に座っていた日向が反射的に身を机の下に屈めてトングを回収する。その際に何かに気付いた日向が「あ!」と声を上げた。新しいものを貰えるように頼んでいた菅原をはじめ、周囲に座っていた人間は皆日向を見る。

「スガさんと名前さんのスニーカー、お揃いなんですね!いいなー!」
「おー、かっこいいべ?」
「すげーかっこいいっす!」
「そういえばスガさん高校生の時、彼女とのお揃いを小遣いで買うのはダセーから自分で働いたお金で買いたいって言ってましたよね!あれ聞いて俺かっけーって思ったんすよ!」

横から会話に入ってきた西谷の言葉に、菅原は咀嚼していたものを喉に詰まらせかけながら「もうその話忘れて…」と耳を赤く染める。

「お揃いはそれだけじゃないよな?」

いつの間にか離席していた澤村が追い打ちをかけるように菅原の肩を後ろから叩いた。何のことかと頭上に疑問符を浮かべる菅原と名前の手を引き、先ほどまで自分が座っていた真ん中の席への移動を促す。気付けば先ほど澤村の隣にいた東峰まで背後に立っていた。

「待って、全然状況が読めねえんだけど…」
「まあまあいいから!ほらここ二人で並んで座れ!」

連れられるがまま示された席に座った二人の姿を確認し、「お願いしまーす!」と店員に声を掛ける澤村を不思議そうに見つめるのは二人だけであり、他の者はそんな様子を微笑ましく眺めている。暫くすると声を掛けられた店員は大きなケーキを持って現れた。それを受け取った澤村は「せーの!」と音頭をとる。

"ご婚約おめでとうございます!"

どこに隠し持っていたのか、各々が手に持っているクラッカーを鳴らしながら二人を祝福する言葉を口にした。意表を突かれた二人は思わず顔を見合わせていると、澤村が先ほど受け取ったケーキを二人の前に置く。そこには可愛らしい装飾と"祝婚約"と書かれたプレートが乗せられていた。

「もー、何これ!聞いてない…」

嬉しさと気恥ずかしさが入り混じった弱い声を出した菅原に、周囲は一斉に笑いを零す。自分以外の参加者について疑問を抱いていた名前は事情を理解して心の中で膝を打った。

「本当は入籍してからと思ってたんだが、どうにも皆の予定を合わせるのは難しくてな」

頬を掻きながら言った澤村は一呼吸置いた後、「今後名字もお揃いになる二人に乾杯!」と続ける。照れたように笑った二人を見た周囲は再び祝福の声を上げ、辺りは和やかな雰囲気に包まれた。

そして、多忙なはずの彼らが再度集合するのは、菅原らの結婚式となるのであった。







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