おわりの話をしなくては



「――でさあ。…ってお前聞いてんの?」

目の前でペラペラと喋り倒し、急に傾聴確認をしてきたこの男は、面倒ではあるが私の貴重な男友達だ。求職中ということもあり、こちらから誘えば大体二つ返事で了承してくれるので、酒好きとしては大変ありがたい存在である。仕事帰りに気になっていた居酒屋へ行こうと思い立ち、昼過ぎに唐突に誘ったにも関わらず、こうして今定時で上がった私と酒を飲んでいるのだから本当にフットワークが軽くて感心してしまうほどだ。

「ん?なんだっけ髪切ったって?」
「は?ちげーし。ちゃんと聞けよ」

私がこの男――花巻をよく誘う理由。それはフットワークの軽さだけではない。とにかく一緒にいて楽なのだ。もう学生時代の様な恥じらいは持ち合わせていないものの、意識してしまうような相手や気を遣わなければいけない相手と外食をするなんて到底お断りしたい。だって、やきとりを串から外して食べなければいけなかったり、回転寿司で積み重なるお皿の枚数を気にしたり、ラーメンにニンニクを入れられなかったり、食べ放題で好き勝手に注文できなかったり、サラダを取り分けなければいけなかったり、何かと不自由が多すぎるのだ。その点花巻は楽だ。何も気にしなくていい。花巻も何も気にしていない。多分、私たちはお互いを異性として意識していない。本当に、ただの友達そのものなのだ。少なくとも今はそう思っている。

「俺さあ、思ったわけ」
「何を」
「お前といるの楽じゃん」
「それは私も思うよ」
「だよな?でさあ、俺ら恋人出来ても長続きしねえじゃん」

そう、そうなのだ。私たちはお互いに別々に恋人を作っても、あまり長続きしない。それは恐らく、この関係よりも随分と窮屈に感じてしまうからだ。最終的に居心地の良さを求めて、お互い飲みに誘う。そして、この関係の楽さを痛感して恋人との関係が余計に窮屈になる。この繰り返しだ。花巻がどう思っているかは分からないけど、少なくとも私はそうだ。

「わかりすぎて無理」
「だろ?それって俺らが仲良すぎるというか、一緒にいて楽すぎるからじゃね?」

花巻も同じことを考えていて、思わず笑ってしまった。なんで笑うんだよと言っている花巻も私につられて笑っている。こういうところも好きなんだ。――好き。つい先ほどは友達だと思っていたこの男が好きと思うことについて、それに恋愛感情は孕んでいないのか。ふと自分の中に疑問が生まれた。本当に友達なのか?この好きという気持ちを異性として好きということではないと言い切れるのか。なんだか自信がなくなってきてしまった。

「それで思ったんだけど、俺らが付き合ったらどうなるかね」
「…は?」

それはそれは間抜けな声がでて、自分でも驚いてしまった。だって、本当に同じことを考えているのだから。

「……嫌かよ」
「……嫌じゃない、かも」
「ふーん」

お互いの間に沈黙が生まれた。この後どうするのが最適解を探り合っている。苦し紛れにさっきまで熱々だったはずのもつ煮を口に運ぶと、こんなやり取りをしている間にすっかり冷えていた。

「…付き合ってみる?試しに。ダメだったらまた友達に戻ろうぜ」

先に口を開いたのは花巻だった。いつものように適当な口調ではあるけれど、その視線はどこか弱く、揺れているようにも見える。花巻は冗談で言ってるわけではないというのがありありと伝わってきて、身体が固くなるのを感じた。だめだったら友達に戻るとは言っても、そう簡単にいくものだろうか。この気の置けない関係を壊してしまわないだろうか。付き合って、私の中の女の部分が出てしまったとしたら、幻滅されないだろうか。色んな不安がぐるぐると頭の中を駆け巡る。恐らく、この話題が出た時点で、この関係は変わるのだろう。…それなら、と思った。

「…いいよ、でも、」

そこまで言ったとき、先ほどからずっと机の上のビールジョッキの持ち手に添えられていた手が私の手を包んだ。それは、思っていたよりも大きくゴツゴツとしていて、花巻は異性なのだと痛感してしまった。

「俺に触られるの、嫌?」
「……嫌じゃない、かも」
「…お前さあ、急に可愛げ出してくるのほんとやめろよな。赤くなってんじゃねーよウブかよ」

パッと手を離した花巻は私から視線を逸らした。多分、分かってしまったのだ。お互いがお互いにぴったりくることを。花巻と肌が触れ合ったとき、その違和感のなさは異常だった。触れ合っている箇所が吸い付くような感覚を知ってしまったのだ。

「変なこと言っていい?」
「…おう」
「私達さ、多分身体の相性いいと思わない?」
「……バカなの」
「花巻もそう思ったでしょ」
「…そうなんだよな、ほんと怖いくらい合いそうで怖い」
「日本語おかしいよ」
「うるせえな汲み取れよ」

私達の楽な関係は、今夜唐突に終わりを迎えた。だけど、代わりに始まった関係も案外居心地の良いものだった。居酒屋を後にし、なんとなく手をつなぎながら歩く私たちはぽつぽつと会話をする。

「やっぱりなんかぴったりするね」
「怖いくらいな」
「ねえ、付き合ってからも、やきとり串から直接食べていい?」
「は?好きにすれば」
「よかったー」
「名前」
「ん?あれ、私名前で呼ばれてたっけ」
「いいだろ、付き合ってんだから」
「それもそうだ」
「俺たち、多分一生一緒にいると思わねえ?」
「あー、確かに」
「まあ、これからも仲よくしようぜ」
「そうだね、よろしくね。私の彼氏さん」
「…旦那様になる日も近そうじゃね」
「それは貴大がちゃんと就職してからだね」
「あれ、俺名前で呼ばれてたっけ」
「いいでしょ、付き合ってるんだから」
「それもそうだ」

私達は顔を見合わせ、少し見つめ合ったあと、どちらからともなく笑った。







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