それは偶然のことで
よく晴れた昼下がり。少し時間があいたのでコーヒーでも飲もうと大通りを歩いていると、ワンピース、ストッキング、日傘など身に着けているものの大半が黒という、周りの雰囲気に似つかわしくない女が交差点で立ちすくんでいる姿が目に入った。手にはレースのショートグローブをつけているので喪服ではなさそうだ。一度横を通り過ぎたが、その異様とも言える雰囲気に思わず振り返ってしまった。沈痛な面持ちで見つめるその先は一見普通の道路に見えるが、彼女の横に立てられた交通事故の目撃者を募る看板で合点がいった。きっとご遺族だろう。心の中で黙祷を捧げ本来の目的に戻ろうとしたが、未だに遠くを見つめる彼女の表情はどこか見覚えがあった。
それは、自らの明日を断ちたいと願う者の表情だった。
自分の考えすぎだといいのだが、このまま道路に飛び込まれたのではとてもかなわない。気が付いたら彼女のほうへ足を進めていた。依然として立ちすくむ彼女の目は赤く腫れており、泣き腫らしたことが想像に容易い。また涙を零し、レースのグローブで拭う彼女にハンカチを差し出した。
「よかったら使うといい」
「え…」
「あまり擦ると余計に腫れてしまうぞ」
お言葉に甘えて、と小さくこぼした彼女はおとなしくハンカチを受け取り、零れ落ちた涙を拭った。
「汚してしまってすみません」
「ああ、こちらの押し付けなので気にしなくていい」
「お借りしたハンカチ、今度洗って…」
そこまで言った彼女は、目線を下に落とし口を噤んだ。まるで自分に”今度”がこないことを思い浮かべたかのようだった。すっかり押し黙ってしまった彼女の頭をひと撫でし、返すのはいつでもいいと伝える。本当はハンカチなんて返してもらわなくて問題ないのだが、少しでも未来を見てほしかったのだ。
ようやく彼女は目線を上にあげ、涙にぬれた双眸がこちらを捉えた。力なく笑う彼女が、明日に希望を持ってくれることを心から願った。