戦力を増やしたい、という上からの要望で、私もサーヴァントを召喚することになった。嫌で嫌で仕方なかったが、あの子にかかる負担を減らしたい、と言われてしまえば、断ることができなかった。
眩い光を放つ召喚陣の中から顕現したのは、稗田阿礼と名乗る男だった。自らの真名を明かしながら、彼は私をずっと睨みつけていた。突き刺すような視線を浴びせられつつも、事務的なやりとりのみで契約を済ませる。来たばかりの彼にカルデアの案内をしたい、と言えば、周囲は疑うことなく私たちを二人にしてくれた。
廊下には二人分の足音が響いている。どういう風に切り出そうか悩んでいると、私ではない足音が止まった。それにつられるようにして、私もその場に立ち止まった。
私には二つの人生がある。一つは今のカルデアスタッフとしての人生。もう一つは、とある陰陽師に仕えた人生だ。
その陰陽師の家は、ある理由により地位を失っていた。その地位を取り返すべく、陰陽師は聖杯戦争のような儀式、盈月の儀を催した。儀を成立させるべく、その陰陽師が召喚したのが稗田阿礼だった。
陰陽師は私を重用してくれていた。ただの主君と部下ではない、深い関係に至っても許してくださるくらいには愛されていた、と思う。私もそんな彼を愛していた。話が逸れてしまった。
儀を催すにあたって、私も色々なことをした。流石に根幹に関わるようなことはさせてもらえなかったが、他の同僚よりは深いことをしていた。なので、阿礼とは頻繁に顔を合わせていた。互いにぐいぐい行くような性格ではなかったが、何度も何度も行動を共にしていれば、最低限の会話くらいはするものである。会っていくうちに、彼は私のくだらない話にも応じてくれるようになった。そして、盈月の儀とは関係ないところでも一緒に過ごすことが増えていった。
私の主人は志半ばで儀から脱落した。その場面をこの目で見た訳ではなかったが、珍しく焦っているらしい阿礼の様子を見て、主人の死をなんとなく察した。不思議と涙は出なかった。
思わず顔を顰めてしまいそうな鉄臭さは、阿礼がなんとしてでも生き残ろうとしていることを教えてくれる。そんな彼に、私は何かしてやりたくなった。私にマスターの素質はなかったので、とりあえず持ちうる限りの魔力を阿礼に譲ることにした。
阿礼は妙に嫌がっていたが、やはり自分の命には変えられなかったようで、最終的には私の提案を受け入れた。耳障りな呻き声で彼の鼓膜を震わせたくなかったので、痛覚を麻痺させる魔術を行使した。そのせいで気絶するのが遅くなり、自分の身体の中身をまじまじと見させられる羽目になってしまった。けれども私の血液で口元を汚した彼が思いの外美しかったので、私はよしとした。そろそろ眠るか、というところで、脳裏をよぎったのは主人の声。『私に何かあれば、私の代わりに隆俊を支えてやれ』といったことを、彼が時折口にしていたのを思い出した。やっぱりちょっと待って、と言えるはずもなく、私はそのまま生を終えた。
それからの再会なのだから、気まずいにも程がある。説教されている子供のように床ばかり見ていると、先の尖った履物が視界に入ってきた。
「おまえ、僕のことを憶えているな」
沈黙は肯定。阿礼は呆れたようにため息をつく。
「何故おまえがサーヴァントの類いではなく、人間として生きているのかは聞かない。どうせおまえも解っていないのだろう」
それはその通りだった。大した逸話も能力もない、幻霊にすらなれないような魔術師が、どうして中身も姿も地続きのまま次の生送っているのか。それは私が一番聞きたいことだった。もし聖杯がこの手にあったとすれば、その答えを願っていたことだろう。
「何とか言え」
「な、何を話せばいいのか、」
「僕が怒っていると思っているな。確かに怒りはある。不満もあるな。けれども僕はそれ以上に、おまえと再び相見えることができたことが喜ばしい」
おまえは違うのか。そう尋ねられて、私は思いを包み隠さずに即答した。それを聞いた彼は、ひどく嬉しそうに目を細めた。