◇ショッピング・イン・小樽(土方歳三・メイン連載番外編)
今日の担当である洗濯が終わったので、他に何か手伝うことがないかと家永さんを探し回っていた。建物内は粗方見終わったつもりだったが、姿が見当たらない。アジト内を一周したところで、歩き回っていた私が気になったらしい土方さんがこちらに声をかけてきた。
「どうした?」
「洗濯が終わったので家永さんを手伝おうと思って」
「家永なら、牛山たちと出かけたぞ」
そうだったのか。庭に出ていたから気づかなかった。家永さんが回復してからは、彼女が買い出しについていくことが増えた。家永さんがいれば、気のいい店主から安めに品物が買えたりすることがあるらしいというから納得である。
「買い出しと言いつつ、なんだかんだで余計なものを買ったりしますからな。牛山は家永に甘い」
近くにいた永倉さんは呆れたような声でそう言った。確かに、たまに家永さんの私物を二人で購入したりお茶をしたりしているみたいだけれど、あれだけきれいな人が横に居たらしょうがないと思う。私だってそうしただろう。
「まあまあ、いいじゃないですか。画になるし、微笑ましいですよ」
「家永の正体を知らなければ素直にそう思えるんだがな」
家永さんのあの姿は女装だと分かっていてもとてもきれいだし、たくましい牛山さんと並ぶとお似合いの男女に見えてくる。毎回デートみたいに出かけるものだから、少しだけうらやましいなと思ったりもしていた。並ぶのが私ではああはいかないから。
やることもないので、私はお二人に声をかけてお茶にすることにした。
「少し出かける。夢山を借りたい」
数日後、家永さんと二人で掃除をしていたところに土方さんがやってきてそう言った。
「私ですか?」
「ああ。家永も、かまわないか?」
「ええ、もちろん。珍しい組み合わせですね」
「たまには夢山も外の空気を吸いたいだろう。出かける準備ができたら声をかけてくれ」
はい、と返事した私はとりあえず掃除用具を片付けて、手を洗った。準備といっても、持っていくものもない。化粧道具もこの世界に来てからはないし、男装を始めてからは眉を整えたりするくらいで無頓着になってしまった。一応鏡の前に立つだけたってみるが、結局一つにしばってある髪を整えたくらいで終わった。近くに座っていた尾形さんと鏡越しに目が合った気がしたが、気のせいだろう。
「お待たせしました」
「急かすようで申し訳なかった。さあ行こうか」
久々の街は人が多く、少し面食らった。しかし随分暖かくなったものだ。深い山で過ごした冬を想えば、北海道とはいえこの時期になるとかなり春を感じるようになった。
ひっそりとやっている店で銃弾を買ったり、頂いてから今までお飾りと化している私のモーゼル銃の手入れをしてもらったりと、穏やかでない買い物が続く。遠くに軍人を見つけるたびに変な顔をしながら人相を変えてみたりして、私はなんだかびくびくしながら土方さんの少し後ろを歩いていた。
「あの洋食店で何か食べて帰るか。札幌ではライスカレーを気に入っていたと聞いたが」
「いいんですか?」
「家永達には外で食べると伝えてある」
遠慮しながらも、正直とても食べたかった私は「ご馳走様です!」と頭を下げた。
洋食店の中にいるのは小綺麗な格好の紳士淑女が多かった。入口から少し離れたテーブル席に座って、土方さんはカレーを二皿頼んだ。人柄のよさそうな奥さんからお冷を頂いてほっとひと息つく。
「いろいろと付き合わせてしまったな」
「そんな、私の持ち物の手入れもしていただきましたし」
「不備がないようでよかった。まだ使いどころはないようだが、それが一番だな」
そう言って水を飲む土方さんはやけに絵になる。私がぽけっとしながらその仕草を眺めているうちに、お待ちかねのカレーがやってきた。
「確かに、食欲を誘う香りだ。頂こうか」
「いただきます!」
豪快に一口。札幌で食べたものとはまた違った味がする。バターのようなものを混ぜている気がするが、より穏やかで、しかし深い味わいカレーだ。私は目を瞑ってゆっくり鼻に抜ける香りを楽しんだ。
「確かに美味い。……が、夢山は相当好きらしいな」
「はい。なんというか、こっちに来てやっと見つけた馴染みの味というか、実家みたいな味で」
どうにか当り障りのない言い方をしたけれど、元居た時代でよく食べていたということは伝わったらしい。土方さんは「そうか」と言って少し考えるような顔をした。
「また食べにくるか。味もいいが、何より夢山の食べっぷりが見ていて心地いい」
「へへ……ぜひ、お願いします」
その後、店を出た私はすっかり上機嫌になって「ご馳走様でした」とおなかを撫でた。
暖かくなってきた街で、おいしいものを食べて、歩く。それだけのことも、久々だったのでとても楽しかった。永倉さんたちへのお土産として和菓子を少し買ったあと、土方さんに何度もお礼を言いながら、拠点へと来た道を戻る。
「最後にあの店に寄っても?」
「もちろんです」
土方さんが入っていったのはこじんまりとしたお店だった。可愛らしい飾り櫛や紅から男性用のワックスまで、幅広く揃っている。土方さんは綺麗に髪を伸ばしているし、きっと普段から気を使っているんだろう。
店の中には女学生がいて、袴に合わせるのであろうリボンを選びあっていた。微笑ましいなと思いつつ、元いた時代ではそれなりに女の子らしくしていたことを思い出して少し切なくなる。振袖を着た成人式のことを思い出した。
「夢山」
店の少し奥から土方さんに呼ばれて近づくと、土方さんは櫛が並べられた一角の前に立っていた。
「これからも伸ばしておくだろうから、目は荒めの方がいいな」
「何の話ですか?」
「櫛の種類の話だ。手を出してみてくれ」
よく分からないままに手を出すと、「4寸5分くらいで良さそうだな」と櫛をいくつか私の掌に合わせた。
「少し前に櫛が壊れたと言っていただろう。贈らせてくれ」
最近、元いた時代から使っていた安いプラスチックのクシを割ってしまった。ちらっと値札を盗み見ると、使っていたものとは比べ物にならない価値であるらしいことが分かった。私は「お気づかいなく」と言って手をぶんぶん振る。
「手櫛でどうにかなってます、意外と」
「好意を受け取ってはくれないか。せっかくの綺麗な髪なんだ」
そんな言い方されては、私はおどおどするしかなくなってしまう。かっこよくてずるい。照れ笑いを承諾と受け取ったらしい土方さんはどの櫛がいいかといくつか櫛を指した。
「この辺が使いやすいだろう」
「この梅が彫ってあるやつ、可愛いですね。あ……でも毎日使うものだから季節のものじゃないほうがいいんでしょうか?あんまりよく分からなくて」
「あまり考えすぎずに好きなものを選ぶといい」
結局、あまり可愛すぎないシンプルな竹が彫られている櫛を選ぶことにした。男の格好をしていることを忘れてはしゃぎながら買い物をしてしまいそうになるところだった。でもそれくらい、久々に金塊だとか囚人だとかを考えずに過ごすことができたというわけだ。今日土方さんが私をお供に選んだのは、私を気遣ってのことだろう。
「今日は誘ってくださってありがとうございました。櫛の贈り物まで……」
「礼を言うのはこちらの方だ。また買い物に付き合ってくれるか」
「いつでもお供します!」
帰ってきて玄関ですれ違った夏太郎は、「あれ、いい匂いする。何食べたんですか?なんだか腹減ってきたな」とすんすん嗅いで切ない顔をしていた。
「珍しく長い買い物だったな。疲れたんじゃないか?ここに座るといい」
永倉さんの横に座っていた牛山さんが空いている座布団をとんとんと叩く。私は「カレーも食べさせてもらいましたし、自分のものも買っていただいたので楽しかったです」と腰を落ち着けて足を延ばした。
「へえ。なにを買ってもらったんだ」
「この前櫛を壊してしまったので、新しいものを買っていただきました」
「……櫛を?」
永倉さんが新聞から顔を上げたので、「これです」ともらったものを懐から取り出した。
「……大事にするといい」
「はい、それはもう、もちろんそうします。あ、お見上げにお茶菓子買ったんです。お茶入れてきますね」
私は立ち上がって部屋を出た。歩くたびに揺れる自分の髪が、今はとてもいいもののように感じられて、私はいつもより元気よく台所へと向かった。
少しして部屋に入ってきた土方歳三に、牛山は「櫛を買ってやったんだって?」と声をかけた。
「苦労の多い旅に付き合わせることになるだろうからな。夢山には最後まで我々の傍にいてもらおう」
何でもないような顔をして定位置の椅子に深く腰掛ける土方を前に、牛山と永倉はちらりと目を合わせた。「爺さんも憎いことするよなあ」と呟く牛山に永倉ものっかろうとして、廊下から近づく快活な足音に気づき、また新聞に視線を落とすのだった。