絶対に私は、

「ダンデさん!今日もカッコいいですね!」
「ははっ、サンキュー!」

 私の言葉に照れた様に笑うダンデ。そんな彼のことが私は心底嫌いだ。


****


 人間誰しも産まれるからには親が居る。私にも勿論両親が居た。
 ダンデというたった一人の人間の所為で、二人とも死んでしまったのだけれど。

 私の両親はとある組織に所属していた。そして二人揃って幹部に位置するほどの実力があった。
 二人はリーダーである人物にそれはもうどっぷりと心酔していた。私も何度も会った事があるが、とても穏やかに笑う人で目尻のシワが印象的な人だった。
 他の幹部や組員の人たちも面白くて優しい人ばかりだった。私は皆が大好きだったし、いつか私もこの組織に入りたいって、ずっと思っていた。

 でもその夢は、一人の少年によってめちゃくちゃにされた。

 その日の事を、今でも鮮明に覚えている。
 珍しく両親が二人揃って組織の活動がお休みで、一日中遊んでくれると言っていて。夜には私の大好きなオムライスを食べようって約束していた。
 起きてすぐにふわっふわのパンケーキが焼かれていて、食べ終わったら今度は焼き立てのクッキーが出てきて。それを食べながらママと塗り絵をしたり、パパと着せ替え人形で遊んだり。とにかく私のやりたい事を全て叶えてくれた。
 だってその日は、私の五歳の誕生日だったから。

 そんな楽しい時間も突然終わりが来る。
 三人で作ったサンドイッチを持って、どこかピクニックでも行こうかと話していた時、一本の連絡が入る。
 その連絡に血相を変えた二人は私に家でお留守番をする様に言いつけ、話も碌にせずすぐに家から飛び出して行った。
 それが私にとって、両親との最後の記憶。

 その日何があったのか、両親に何が起こったのか。そもそも両親が所属していたあの組織は何だったのか。
 全てを知ったのは、勝手に家に入ってきた警察に保護されてからだった。

 両親が所属していた組織は──あの穏やかな人が率いていた組織は、所謂『悪の組織』と言われるものだった。らしい。俄には信じられないが。
 私が何度も違う、そんな筈はないと言っても警察は誰もが『可哀想な子供を見る目』で私を見て来た。パパとママに合わせてとせがんでも、目を伏せて頭を撫でられるだけだった。

 世間ではその組織の悪い噂が蔓延って居て、実際に被害者も出ていたらしい。アジトを突き詰めたものの、怪しい実験をしているとの噂もあったため警察は手が出せずに居た。
 それに身を呈して協力したのが当時ジムチャレンジに参加していた、一人の少年だ。

 彼は誰よりも強かった。バトルも、精神面も。そして、正義感も。何度組織の組員が少年を潰そうとしてものらりくらりと躱し、バトルでコテンパンに叩きのめされる始末。
 その少年がついに組織のアジトに乗り込んだ。それがあの日だったのだ。

 少年によって追い詰められたリーダーと幹部達は揃ってある部屋に閉じ籠り、そして、自爆した。
 現場は悲惨なもので、誰一人と遺体は見つからない程の状態だったらしい。両親も、他の幹部達も、皆リーダーの事を心から慕って崇拝して居たので、きっと死ぬ事に戸惑いは無かったのだろう。むしろ一緒に死ねるなんて本望だったのでは。
 どうせなら、私も連れて行って欲しかった。

 群がる報道陣によってその事実はあっという間に全国に広がり、少年はガラルの英雄だと持ち上げられた。ジムチャレンジ中だった事もあり彼の人気は鰻登りで、その勢いのまま当時のチャンピオンにまで打ち勝ってしまった。

 私は入れられた施設で、その映像を遠目に見ていた。
 この快挙に喜ぶ子供が殆どだったが、中には私の方をチラチラ見ながら嫌な笑いを向けてくる子供も居た。
 いくら同じ様に親が居ない子供の集まりだったとしても、その居ない筈の親との境遇によって施設内での扱いは大きく変わる。これは施設員が建前上は把握していない事柄だ。
 世間に恐怖を与えていた組織の幹部を親に持つ私は腫れ物の様に扱われ、そんなままで施設内の輪に入れる訳も無い。まあ私は元々同世代の子供と遊ぶ事は殆ど無かったし、どうでもよかったんだけど。
 とにかく私は無関係なのだと、一人でこっそりと新しいチャンピオンの誕生を喜ぶ様な、そんな純粋な良い子ちゃんを演じることにした。

 一度だけ、チャンピオンとなった少年と会った事がある。私の存在を知った彼が、態々面会を望んで来たのだ。
 私はその時には既に少年の事を憎み恨んでいたけど、拒否権なんか無かったので仕方なく面会を許可した。
 結果は、更に恨みを募らせるだけだった。

 自分が私の幸せを奪った癖に、これでキミは自由になれるんだなんて言われた時には、綺麗なその顔をひっ叩いてやろうかと思った。誰のせいで私が此処にいるのか、誰のせいで両親が死んだのか。怒鳴り付けてやりたかった。
 でも私は聞き分けのいい良い子ちゃんなのでしなかった。何があっても笑顔で居れば良いとママが言っていたしね。
 これから頑張りますね、貴方も頑張ってくださいと上っ面の言葉だけ返して面会は終わった。

 絶対どうにかしてこの男を殺してやる。私は作った笑顔の下でそう心に決めた。


****


「あの、ダンデさん」
「チャンピオン、こちらに居らしたのですね」

 ダンデに手を伸ばし触れようとした時に、タイミング悪くローズ委員長の秘書が現れる。あーあ、邪魔されてしまった。
 その鋭い目で私をジロリと見下ろし、ダンデの耳元で何かを囁く。それを聞いて楽しそうに目を輝かせるダンデ。きっとバトルの予定が入ったのだろう。

「すまない!ローズさんがバトルをしてくれるそうなんだ!……その、よかったらキミも観ていかないか?」
「ローズさんが?よかったですね!……でも、折角なんですけど、私は遠慮しておきます。この後用事があって」

 やっぱりねと思いながら純粋なファンの様に喜び、そして予定が合わないことに落ち込む。今の私はチャンピオン・ダンデを応援する女の子なのだから。
 こうして顔まで覚えてもらえた。話せるようになった。あと少し、あと少し踏み込めば目的は達成される。その時までは何も悟られてはいけない。
 特に、この秘書の前では。

「そうか、残念だ。じゃあ、また声をかけてくれ!」
「はい!頑張ってください!」

 大きく手を振りながら秘書の後ろを着いていくダンデ。こんな女にまた声をかけてくれだなんて、騙されやすすぎてびっくりしてしまう。
 そしてあの秘書。最近ローズ委員長直々に引き抜かれたという女性は、いつも私を睨み付けてくる。ダンデに女が付き纏っている事に対して牽制しているのか、それとも私について何かを知っているのか。
 前者であれば別にいいのだが、後者だとダンデに何かを吹き込むかもしれない。それだけはなんとか阻止しなければならない。

 二人の姿が見えなくなってから、指先の絆創膏に仕込んでいた針を取り外す。せっかく朝から準備しておいたのに。
 この作戦は次回に持ち越したいところだけど、ダンデに突き刺すまでの間がなかなか不便だったので別の方法を模索した方が良い。即効性の毒を仕込むというのは今の関係性では思ったより難しい。
 大きく息を吐きながら、あの日のように雲一つない真っ青な空を見上げる。

 パパ、ママ。私絶対やり遂げるからね。私のこと、どうか見守っててください。






2021/09/30




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