タクシー乗り場で再会する話

「うわ」
「うわってなんだよ」

 シュートシティ駅前タクシー乗り場。会議終わりのオレさまと恐らく仕事終わりであろうナナシ。そういやコイツ、シュートで就職したんだっけか。
 それにしても、オレさまがジムに入る前からのスクールの同級生だと言うのに久々に顔を合わせて一言目が『うわ』だなんて、コイツオレさまが誰か分かって言ってんのか?……分かってねえと言わねえか。

「オマエも仕事終わり?」
「……はあ、まあそうですね」
「なんだよその話し方」
「前からこうですが」

 これ以上話しかけるな察しろという雰囲気をバリバリ感じるがそんなの知ったこっちゃない。『ジムリーダー・キバナ』と話して悪目立ちしたく無いんだろう。でも残念だな、オレさまはスクール時代の同級生として話してるから。
 今にも隙を見て立ち去ろうとするナナシの肩を抱き、そのままタクシー乗り場へ向かう。

「ちょちょ、なんですか!私は電車で帰るんで!」
「え〜?折角だし送ってってやるよ。どうせ方向同じなんだし」
「結構ですって!」

 ナナシは必死にオレさまの手を外そうとするが可哀想なことに何の意味もない。知らない間にこんなに力の差が出来ちまって。ま、オレさまが他の奴よりはちょ〜っと体格も力もおまけに顔も良いってだけなんだけど。
 ナナシのはるか上空でにまにま笑っていると、季節の変わり目特有の強いひんやりとした風が吹く。まさに今日オレさまがフライゴンに乗って帰れない原因で、タクシーに並ぶ原因になった強風。もうじきに冬が来る。
 そういえば、と思いナナシを見下ろす。今日の夜から急激に冷えるって天気予報で言ってたのにな。

「オマエそんな格好で寒くねーの?」
「うっさいわね!……ですよ」
「は〜、オマエ天気予報くらいちゃんと見ろよ」

 昨日は偶々忙しくて!と言い訳をするナナシだが、今日あたりから寒くなることは一週間ほど前から言われていた。天気予報のチェックなんかコイツのルーティンには含まれてないって訳だ。
 仕方ねえ奴だな、本当に。

「ほら。パーカー貸してやるよ」
「えっ、絶対嫌なんだけど!」
「オマエなあ。そんな事言ってる場合じゃねえだろ」

 ナナシの肩を持ったまま片手だけでパーカーを半分脱ぐ。脱いだ方の手でナナシの肩を持ち直し、もう半分もパーカーを脱ぐ。絶対逃してやんねえ。
 そのままナナシの肩に掛けてやるとすっぽり包まれてしまった。……ふむ。

「どうだ、暖かいだろ」
「まあ……」

 今日はユニフォームの下に長袖のアンダーシャツを着てきて良かった。流石に半袖だとオレさまが寒い。
 オレさまが半袖じゃないのを確認してか、渋々といった様子でパーカーの袖に腕を通すナナシ。だがオレさまが着ても余裕がある様に作られているから、余りにもなんていうか、着られている感がすごい。

「でっか……」
「オレさま大きく育っちゃったからな〜」
「……」
「いや。……オマエが成長してない、イテッ!」
「したわよ!失礼ね!」

 高さ的に丁度良かったのか腰を殴られる。別に痛みは無いが、その部分を摩って大袈裟に嘆いてみせる。

「うう、ナナシちゃんはまたキバナを殴る……」
「語弊がある言い方しないでよ!もう!」
「ふふ。ほら、乗りなよ」
「……うん」

 やっと順番が回ってきて二人してタクシーに乗り込む。運転手に行き先を伝え終わると、つい大きく息を吐きながら座席にもたれ込んでしまった。
 ナナシのお陰で大分吹っ飛んだが、やっぱり真面目な会議は疲れる。

「随分お疲れなんだね」
「まあな。ジムリーダーさまでも面倒クサイ仕事多くて嫌んなるわ」
「……でも辞めないんでしょ?」
「当たり前だろ」

 オレさまの即答を聞いてか、隣に座っていたナナシも同じように背もたれにもたれ掛かかり気が抜けた様に息を吐く。
 会ってからの印象は、正直言うと痩せたな、だった。ただそれは随分長い間会ってなかったし、成長しただけで記憶と差異があってもなんらおかしくは無い事だったのでさして気にしなかった。
 だが、違っていたのかもしれない。

「オマエは?」
「え?」
「仕事。まさか毎日こんな時間まで働いてんの?」
「……それは、私が悪いから」
「へえ」

 いけね。思ったより低い声になっちまった。ま、ナナシが気にしてねえなら良いんだけど。
 ポツポツと話されるナナシの労働環境は思ったよりもずっと深刻そうで、働き方について様々な議論が交わされる昨今でよくもまあ未だにそんなブラックな会社があるもんだと逆に感心する。
 なんとかしてやりたいけど、流石にジムリーダーが介入できるものでもない。スポンサーだったらまだしも、だけどな。

 いつの間にか背もたれから起き上がり、俯いていたナナシの腕を引きオレさまに凭れ掛らせる。さっきまでと違って抵抗されないのがなんだかむず痒い。

「もう寝ちまえ」
「ぇ」
「オマエに必要なのは睡眠と頼れる人間だ。オレさまは身体も器もでかいからな。そこら辺の奴よりは頼りがいあるぜ」
「……」
「オマエの家覚えてるからよ。頼れるオレさまの側で安心して寝とけ。……ま、ちょっとしか時間無いけど」
「……ん。ありがとう」

 素直にそう言ったかと思うと直ぐに静かな寝息が聞こえ始める。こんな瞬間的に眠るだなんて、毎日よっぽど気を張っているんだろう。恐らく毎日家に帰るまでずっと。
 生きる環境が違いすぎてオレさまが何を言ってもコイツには響かねえのかも知れないが、頼れる相手だとは認識して欲しい。……昔は、生活環境も交友関係もほぼ同じだったのにな。成長するというのは、時に悲しくなってしまう。

 もっと頻繁に連絡を取っていれば、コイツの事にもっと介入出来て、そんな仕事辞めちまえって言えたのだろうか。オレさまのとこに来ても良いし、なんなら一時的にでも養ってやる……てのは流石に不味いか。
 とにかく、コイツがはち切れてしまう前に何とかしてやらねえとな。ナナシには、昔から笑顔が似合う。


 ロトムに頼んで手に入れたコイツの周りの人間の情報をどうしたかは……秘密だ。




(この後ナナシちゃんは家についても起きなくてキバナさんがおんぶする事件が発生します。仕方ない事だから……。あと返されたパーカーからナナシちゃんの香りがしてオカズにするキバナさんもきっと居ます。伝える事は無かったけどお互い初恋同士だと可愛いね)

2021/10/19




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