ぷっつんしちゃったキバナ

 ジムの溜まった雑用を終え、今日はいつもより遅い帰宅になってしまった。

 細々とした作業が続いた上に、今日のガラル地方は冷え込みナックルシティでも雪が散らついている。このまま一晩中続くと数センチは積もるかもしれない。
 ドラゴンタイプは寒さに弱いんだよ。オレさまも寒いのが苦手だ。つまり、仕事に気温、様々な要因が重なり現在疲労マックスなのだ。

 それなのに、ナナシと来たら。

「あ、おかえりなさ〜い」
「……」
「もうご飯出来るから手洗いうがい!」

 ほら、と促され洗面所に向かう。いや、え?今。見間違いか?
 思考停止状態にも関わらず無意識に動く身体が丁寧に手を洗い、うがいもきっちり十五秒を二回繰り返していた。そのままヘアバンドを首元に下ろして目の前の鏡を見る。

 いつも以上に疲れた顔、少し乱れた髪に首元に下りたオレンジ色のヘアバンド。それにドラゴンの様なカッコいい牙を模した装飾が施された『キバナさまといえば』を表すパーカー。
 そうこのパーカーはオレさまの物なのだ。

 上手く回っている様で回っていない頭を抱えながらダイニングに向かう。廊下までいい香りが漂っていて今日のご飯も楽しみだ。正直なお腹がぐうとなる。

「ちょうど出来たよ〜!早く食べよ!」
「……ああ」
「あ、お茶忘れた!」

 お茶お茶〜と呑気に鼻歌を歌いながら冷蔵庫にお茶を取りに行くナナシ。何か言うことがあるだろうに何も言わないのかよ。

「お待たせ〜!じゃあ」
「……なあ」
「ん?」

「なんでオレさまのパーカー着てんの」

 キョトンとするナナシ。慌てる訳でもなく、照れる訳でもない。ああ、と普通に返される。

「今日寒かったでしょ?中々いい厚さの服が無くって、借りちゃった!えへへ」
「……よ」
「え?」
「脱げよ!今すぐ!」
「えっ!?な、なんで!?」

 良いじゃん一枚くらい!と言い放ち、チャックを閉めてもガバガバな首元を袖が余りほぼ隠れた手で掴み寄せる。こっちを睨みあげるというオマケ付きだ。
 一枚とか二枚とかどうでもいい。オレさまが怒ってるのはそこじゃ無い。

「今日だけ!明日あったかい服買いに行くから!」
「それもダメだ!」
「ダメなの!?なに!?」

 オレさまのパーカーがあるのに他の服買いに行くってか?そんなの絶対許さない。いやでもだからってパーカーを着られるのも困る。

 ──あー、クソ!オレさまのパーカーを着たナナシ、可愛すぎる!

 オフィシャルグッズでレプリカを出したこともあるパーカー。オレさまのサイズで買った女の子たちが『彼パーカー』として着ているのも何度も見た。

 だが実際にナナシが着ているのを目にすると、ダメだ。何がダメってもうよく分からないけどダメだ。とにかくダメなのだ。オレさまフィルターでNGが出てる。あー、こりゃダメだ。

 このままでは食欲よりも別のものに身体が乗っ取られそうだ。応急処置としてとにかくパーカーを脱がせなければ。

「なんでダメなの!?」
「いいから脱げよ!」
「やだーー!……あうっ!」

 ジッといい音を鳴らしながらチャックを下ろし、前を全開にする。やめろと抵抗されるがオレさまに掛かればナナシの力なんて無いに等しい。
 そのまま成すがままに右腕を脱がせ、あとはもう片方という所で必死に左腕を抱え込み本気で抵抗して来るナナシ。ジロリと睨み上げられる。

「キバナくんの……」
「なんだよ」

「キバナくんの……えっち!」

「……ハア〜〜ッ!?」

 それは無い。いや本当にそれは無い。
 片腕だけ通されたオレさまのパーカー、しかも大事そうに縋り付いて。そして揉み合いで興奮しているのか少し赤くなった顔と涙が浮かぶ瞳。は?なんなんだよ。

 それだけは無いと声には出さず口を動かし、勢いよくパーカーを引っ張り奪い取ると、遠くへ放り投げる。

「うぅ、酷い……。寒い……」
「なあ」
「何よ!……ひっ!」

「だからオレさま、ダメって言ったのにな」





(もう二度と着ないもん!バカキバナ!泣)

(彼パーカーによって理性が)ぷっつんしちゃったキバナ



2022/01/18




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