村人が商会の人に助けを求める話

「あの!すいませんっ!そこのイチョウ商会の方〜!」
「はい!ジブンですか?」
「そうです〜!」

 よかった、気付いてくれたと安心しその場で足を止め息を整える。先程からムラ中を走り回っていたもので随分と息が上がってしまっていた。
 昼間だったらギンガ団本部前にギンナンさんたちが常駐しているのだが、残念ながら日も暮れた今はそこはもぬけの殻だった。だから一縷の望みを掛けて他の商会の方が居ないか探し回っていたのだ。

 未だに整わない息を膝に手を突き落ち着けていると、視界の端に商会の方の前掛けと長い丈のブーツが入ってくる。どうやらこちらまで近づいてきてくれた様だ。

「大丈夫ですか?」
「は、はい……!あの、あのっ!欲しい物があるんですけど!」
「はい!何でしょうか!」

 答えようとして言葉に詰まる。どうしよう、何て言えば良いんだろう。早くしなければいけないのに。時は一刻を争う。

「あの、えっと!ふ、腹痛?とか痛みに効くような薬ってありますか?」
「腹痛ですか?」

 きょとんと目が開かれる。

「そういうのでしたら医療隊の方に聞いた方がいいと思いますよ?」
「あ!違うくって!その、ケムッソに使いたいんです」
「ケムッソに?」
「はい。夕方頃から少し様子がおかしくって、なんだかずっと悶えてて、それで……っ」

 昼間までは元気に糸を紡いでくれていたケムッソを思い出して涙が浮かぶ。
 ここに来て仲良くなった初めての友達なのだ。ケムッソの糸が輝くように綺麗で、一緒に物作りを始めてからは毎日ずっと一緒に居て。
 それなのに今日突然具合が悪くなったのだ。早くなんとかしなければと最悪の事態が頭を過る。嫌だ、そんなの。

 ポケモンに拒否反応を示すムラの人たちを頼ることはできない。私もあのケムッソだから仲良くなれただけで、他のポケモンは未だに怖いと思っているので他の人を悪く言うわけではない。

 だからこそ、ムラの外の世界を知っている商会の方を探したのだ。

「なるほど!分かりました。様子を見に行っても?」
「あ……、い、良いんですか?」
「はい!急ぎましょう!案内してください!」
「は、はいっ!」

 こっちですと家まで案内する。ほぼムラを一周していた様で直ぐに辿り着いた。どうかこの人がケムッソを治してくれます様にと願い、引き戸を開け中に招き入れる。

「この子です!」
「はい、失礼しますよ」

 お気に入りの座布団の上でケムッソは未だにうぞうぞと悶えていた。私が不在の間に何も無くてよかったと安心するのと同時に、時間が経っても治るものではないのかと絶望する。
 商会の方がケムッソに触れたり顔を近づけたりしている。何か分かっただろうか。だがいつまで経っても畳に下ろした鞄を漁る様子は無い。
 もしかして、もう……、駄目なのだろうか。

「なるほど!大丈夫ですよ、これは……うわっ」
「ほ、ほんどでずがっ!?」

 此方に振り向いた商会の方が私を見て驚く。それもそうだろう、今の私は顔面涙と鼻水まみれだ。年頃の女なのにとても情けない姿を見せている。
 どうぞと渡された手拭いを遠慮なく受け取り顔を拭かせてもらう。ついでに顔を隠すのに使わせてもらう事にする。ああ恥ずかしい。

「ず、すいまぜん……」
「いえ!それだけ不安だったんですよね」
「う、ゔぅ……」

 優しく背中をさすられ嗚咽が漏れる。だがそれどころでは無い。
 大丈夫だと言われたものの、ケムッソの様子は何も変わっていないのだ。

「こ、この子は?」
「ああ、はい!進化可能になった様ですよ!」
「進化……ですか?」

 はて、進化とは一体。ポケモンは怖い生き物だと教えられて育ってきた私は、関わりを持ったのはこの子が初めてで何も知識が無いのだ。
 もう少し詳しく教えてほしいと商会の方を見つめる。それが伝わったのか心得たとばかりに頷かれた。あ、この人、よく見たらとても綺麗な顔をしている。

「ポケモンは経験を積み、進化を経て違う姿に変わるんです。そしてより強い力を得ます。この子も次の姿へ進む十分な経験を積めた様ですね!アナタの側で」
「経験……進化……」

 ケムッソをそっと撫でる。悶絶した表情が少しだけ気持ちよさそうに緩み、ほっとする。が、そもそも進化するにはどうしたら良いのだろうか。進化が出来ないと、まさか一生このまま……?

「おそらくアナタの指示が必要なんです。だからアナタの口から進化して良いんだと教えやってください」
「は、はい……!」

 商会の方に言われた通りに「進化して良いんだよ」と何度も身体を摩ってやる。そして幾許かすると突然家の中に大きな煙の渦が発生し始めた。
 中心に居るのは間違いなくケムッソで慌てて止めようとする私を商会の方に腕を引かれる事によって止められる。

「離してくださいっ!ケムッソが……!」
「大丈夫です」
「……っ」

 振り解こうにも強く掴まれた腕はビクともせず、激しく渦巻く煙を唯眺めることしか出来ない。ああ、この人の言う事を信じるべきではなかった。
 あの煙が無くなったとして、もしケムッソが居なくなっていたら。私のせいで、ケムッソが……!

 少しずつ薄くなっていく煙。その中に蠢く影を発見する。よかった、生きている。

「ケムッソ!?」
「……」
「大丈夫?ケムッ……!?」

 漸く止んだ煙の中にはケムッソは居なかった。が、違う姿をした、おそらくポケモン。これが、進化なのだろうか。

「おめでとうございます!無事カラサリスに進化しましたね!」
「か、カラサリス……。この子がケムッソ……?」
「はい!紛れもなく、アナタのケムッソですよ!」

 慣れない姿にもぞもぞと動いているケムッソ、いやカラサリスにそろりと抱きつく。よかった。う、でもトゲトゲが痛い。と思っているとトゲを仕舞ってくれた。優しい。間違いなくこの子はケムッソだ。
 目を細めて擦り寄ってくるカラサリスを撫でる。その様子はいつもと同じで、元気になってくれて良かったと安堵する。この子が居なくならなくて本当に良かった。

「あの、ありがとうございました!」
「いえ!ポケモンは不思議な生き物ですからね。また何かあったら声をかけてください!」
「本当にありがとうございます……!」

 優しい。この人だって日が暮れて勤務時間は終わっていただろうに親身になってケムッソを、カラサリスを助けてくれた。良い人だ。信じて良かった。

「そうだ、よかったら此方を」
「これ、なんですか?」

 今更になって鞄を漁り、小さな缶を渡される。あまり見た事もないそれを物珍しげに眺めていると、笑いながら取り上げられる。

「ふふ、此方は保湿効果のある塗り薬です!」
「はあ」
「例えばこうやって手に塗り込んだり」
「っ!」

 商会の方の大きな手が私の手を包み込む。少しヒヤリとした塗り薬はすぐにお互いの体温で温められ、程よい滑り心地に変化する。
 家族以外の男性に触れるのは子供の時以来で、思わず心臓が高鳴ってしまうのは致し方ない事だ。

 それに気付かない目の前の人はさらに人差し指でもう一掬いすると、そのまま此方に腕を伸ばしてくる。

「な、なんですか!?」
「大丈夫ですよ!こうやって、コチラは唇にも問題無く使用できますので!」
「えっ!?」
「ほら、口を閉じてください!」

 幼い子供にする様に促され、つい大人しく口を閉ざす。すぐに触れてきた私以外の人の指が優しく唇を撫でていく。
 その指に息を掛けるのが恥ずかしく、息を止めているとくすりと笑われた。

「ふふ。定期的にこの様に塗れば乾燥で切れる事も無くなりますよ!」
「は、はい……」

 態々この商品を教えてくれたと言う事は、裏を返せば
見るにも耐えないほど私の手と唇が乾燥していたと言う事だ。最近の冷えと乾燥により思い当たる節はごまんとある。
 先ほどまでの行為とその意図を感じ取り、勘違い甚だしい羞恥に消えてしまいたい。

 行き場もなく畳に置かれていた手にカラサリスが擦り寄って来た。撫でてほしい様だが、この手で撫でても良いものなのかと戸惑う。

「勿論口に含んでも問題ありませんし、ポケモンが舐めても大丈夫な成分ですのでご安心ください!」
「あ、ありがとうございます」

 それならよかったと、ケムッソの時とは違う、硬さのある身体を撫でる。この手で撫でるとカラサリスもより綺麗に艶が出るかもしれない。これからも有り難く使わせてもらおう。

「あの、代金は……」
「ああ、此方はジブンからのお礼です!ポケモンが進化する貴重なところをこんな間近で見せて頂きましたので!」
「いえ、でも」
「でしたら、今後とも是非ジブンをご贔屓にお願いします!」

 さっきの塗り薬も仕入れておきますね、と手際よく荷物を纏めていくのをぼうと眺める。だがこの塗り薬、おそらくとても高価なものだ。それをタダで貰ってしまうなんて流石にそこまで厚かましくは出来ない。
 どうしようかとカラサリスと見つめ合っているとふと思い出す。そうだ、アレなら。

 奥の部屋へ行き箪笥の引き出しを開ける。確か一昨日出来たばかりの物が、……あった!

「あの、商会の方、此方良ければお持ちください」
「おや、コレは?」
「私とこの子で作った小さめの手拭いです。……素人ですがその、質は自信がありますので!糸は良い物です!」

 ね、カラサリスと声をかける。嬉しそうに目を細め、ぴょんと少しだけ飛び跳ねる。可愛い。
 この子の紡ぐ糸はそこらの糸には負けない自信がある。加工側の技術不足は否めないが、お礼として渡すにはそう悪くない物だろう。

 どうだろうかと伺っていると暫くじっくり触っていた商会の方が顔を上げる。

「ありがとうございます!これは大変良いものを頂いてしまいましたね!」
「そんな大層なものでは……」
「いえ!ジブンはウォロと申します!アナタは?」

 勢いに釣られ名前を告げる。この人はウォロさんと言うのか。ムラではあまり聞かない響きだ。どこの地方から来た人なのだろうか。
 口にはしない疑問が次々と湧き上がる。

「では、ジブンはこれで失礼しますね!」
「あ、はい!本当にありがとうございました!」
「此方こそ!またお伺いさせて下さい!」
「ぜ、是非……!」

 それではと戸を引き、笑顔で外に出て行くウォロさんをカラサリスと見送る。去り際に呼ばれた名前に抱いたこの感情を、私は知るときは来るのだろうか。

 この日から私はカラサリスと二人、ウォロさんが来るのを待ち遠しく感じる様になったのだ。








(この後数回逢瀬は続いてカラサリスがアゲハントに進化するのを見届けてから(ゲームシナリオが終わり)パッタリと会えなくなるというオチです。お読みいただきありがとうございました!)




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