待ち合わせ場所に現れない人を待つ話

*アニポケ100話の後設定
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 口元のストローに思いのまま苛立った気持ちをぶつける様に噛みつく。私はこれを数分前から行っているので既にストローは平たく、歯型がはっきり分かるほど噛み跡が付いてしまっている。
 まだ中身を飲み切ってないのにだとか、マナーが悪いだとか色々思うところはあるけれど、残念ながらまだまだ噛む事になりそうだ。

「ロトム」
「ロ〜〜……」

 申し訳無さそうに声を上げるロトムにはあとため息をつく。ふよふよと不安気に視界の端に浮かぶロトムにはちゃんと「アナタに対してじゃないよ」と伝え、平たいストローでモモンジュースを吸い上げる。
 ああ、飲みにくい。氷が溶け切り味も薄い。イライラする。

 私は今、シュートシティのスタジアムに近い公園のベンチに座っている。公園の敷地内でここが一番入り口が見やすかったからだ。
 折角の休日の、日没も近い時刻。ハロンに住む私が何故ここに居るのか。

 ちら、と横に置いた荷物を見る。そこには今日一番の目的である預かり物。私と同じハロンに住む、待ち人の母親によって配達を託された荷物だ。私は今日これを渡すまでハロンに帰れない。

 約束の時間を間違えただろうかとメッセージアプリは何度も確認した。送られて来ていた集合時間は既に二時間を過ぎている。
 最後のやりとりは私が朝に送った『バトル頑張って』。それに対して返事は無く既読が付いただけだったし、現在も遅刻している事に対してなんの謝罪もない。

 再びため息をつく。ああ、なんだか久しぶりだな。こういうの。

 待ち人は同郷ということもあり、幼い頃はそれこそずっと一緒だった。
 彼はマイペースな所があり、更に厄介な事に極度の方向音痴だ。待ち合わせても基本的に姿を表す事はなく、かと言って家に迎えに行っても既に家を出たと伝えられ。

 幼いながらもこの人と何処かで落ち合うというのは不可能だと理解した賢明な私は、早々に彼の家へ私が出向くという選択肢を選んだ。
 そして残念ながら、未だにそうしなければならなかった様だ。

 私は定期的にこの配達員の役目を果たしているのだが、いつもはバトルの前に控室まで行きそこで預かり物を渡していた。
 今回もそのつもりだったのだが、お忙しい事にバトル前にローズ委員長とミーティングがあると言われてしまい、夕方にこの公園で待ち合わせようとなったのだ。

 バトル後に控え室へ行く事も提案したのだが、ファンサービスの時間とバトル後のトレーニングが恒例となっている為時間を取るのは難しいと断られてしまった。
 渡したらすぐ帰るというのに。しかもバトル後にトレーニングだなんてどんだけバトル馬鹿なんだか。

 待ち合わせ場所に来れるのか。それは敢えて聞かなかった。
 流石に彼も成長し、しかもシュートシティは彼のものと言っても過言では無い。だからそれくらいは出来る様になったと思ったのだ。思ってしまったのだ。
 だがやっぱりそんな事はなかった。はあ。

 最悪終電に乗れれば良いが、そうなるといくらなんでも次はお断りさせてもらうしかない。私の時間だって有限なのだ。
 弟君も大きくなったし、彼に託してみても良いのでは。ジムチャレンジの下見にも丁度良いだろう。

 そんな事を考えながらストローをガジガジと噛んでいるとロトムが不意に動き出す。

「ロロロ〜!電話ロ〜!」
「誰?」
「ソニアロト!」
「ソニア?」

 不思議に思いながらも繋いでとお願いし画面を覗き込む。うん、本当にソニアのアイコンが映し出されている。

「もしもし。どうしたの?」
『あ、ナナシ?アンタ今日配達の日だったよね?』
「そうだよ。ずーっと待ちぼうけだけど」
『アチャ〜、だよね〜。……ダンデくん!早く出発する!急いで!』
『ああ!』
「は?」

 ソニアが電話の向こうで叫んだかと思うと、ずっと私が待たされているヤツの声と車のエンジン音。プラスでリザードンの鳴き声。
 ……まさか。

「ダンデくん、そっちに居るの?」
『今向かわせたから!リザードンにナビは頼んだし二十分くらいで着くと思う!』
「は〜〜……」
『本当にあり得ないんだけど!ナナシを待たせるだなんて!』
『ソニアさん、誰ですか?』
『ああ、これ?ちょっと待ってね』

 ソニア以外の誰かの声が聞こえ、ロトムの「ビデオに切り替わるロ」の言葉と共に画面にソニアの顔が映る。今日もソニアは可愛い。少し髪型が崩れているから今日はフィールドワークにでも行っていたのだろう。
 そして画面が動いたかと思うと、ソニアの代わりに映り込むのは二人の可愛らしい少年。

「こんにちは」
『こんにちは!オレ、マサラタウンのサトシです!』
『こ、こんにちは!クチバシティのゴウです!』
「ふふ。ハロンタウンのナナシです」
『ほら、ゴウくん。昼間に話してたもう一人の幼馴染!』
『あー!ダンデさんの!』

 不思議そうな顔をしたサトシくんにゴウくんが説明をする。どうやらソニアが話したダンデくんの昔話に私が登場した様だ。
 まあ、ダンデくんの交友関係は広いとは言えなかったし仕方ない事だろう。
 でも何かを期待する目で画面越しにこちらを見るのはやめて欲しい。残念ながら私はチャンピオンでも博士見習いでもなんでもない、ただの一般人なのだ。

『そうだナナシ!今シュートなんだよね?帰り、乗せてってあげるよ!』
「んー、大丈夫!ありがとね」
『何で!?』
『す、すごい。断った……』

 「全然私の車乗ってくれないじゃん」と嘆くソニアに笑いだけ返しておく。私はまだ死にたくない。
 尊敬の眼差しを向けてくるゴウくんは、きっとそういう事なのだろう。可哀想に。ソニアの運転は荒いどころではない。アレはアトラクションだ。絶叫系の。

 今度エンジンシティのカフェに行こうだとか、いつか直接会って話を聞きたいですだとか、他愛もない会話をしているとクラクションの音と共にヘッドライトで照らされる。
 電話に夢中で気が付かなかったが、辺りは既に真っ暗になっていた。

「ナナシ!」
「あ、やっとダンデくん来た」
「本当にすまなかった!」
『ダンデく〜ん?ナナシにちゃんとお詫びしなさいよね!』
「勿論だ!」

 じゃあねと二つのさようならの声を合図に電話が切られた。すると一気に辺りが静まり返り、なんだか少しだけ居た堪れなくなる。
 こういう時はさっさと目的を果たしてこの場を離れてしまうに限る。

「ダンデくん、これ」
「ああ!サンキュー」
「うん。じゃあ、それだけだから」

 たったこれだけ。これだけの為に私は何時間も、家から遠く離れた地で暗くなるまで待っていた。なんて可哀想な私。
 残っていた殆ど水のモモンジュースをズズズと音を立てながら飲み干し、ベンチから立ち上がる。と、誰かが前に立ちはだかる。
 まあ、誰かって一人しかいないんだけど。

「なあに?」
「ナナシ、その。お詫びがしたいんだ!」
「別に良いよ。私は早く帰りたい」
「ダメだ」
「ダメじゃない」

 子供みたいに押し問答を繰り広げ、なんだかそれが懐かしくて馬鹿みたいで笑ってしまう。
 ダンデくんがチャンピオンになって徐々に会う回数は減り、今では年に数回、今日の様にバトル観戦に呼ばれる時くらいしか会わない。
 でもこれからはそれも無くなるかも。

「ねえ、この配達なんだけどさ」
「なんだ?」
「次からはホップくんに」
「ダメだ」
「……」

 今度は食い気味にダメを貰ってしまい、ダンデくんを見つめながらゆっくりと瞬きをする。どうして?なんで?それを言外に込め、口を開く。

「でもホップくんだってそろそろジムチャレンジに行くべきだよ。シュートまでのお出かけは、その下見に丁度良いじゃん」
「ダメだ」
「……ダンデくん」
「ホップはまだ競うべき相手を見つけていない。それにPWCが終わるまでジムチャレンジは開催されない」
「そうだけど」
「ジムチャレンジの下見は推薦が出されてからでも大丈夫だぜ」
「……自分がいつまでも出さないくせに」
「はは!参ったな!その通りだ!」

 ダンデくんの心配な気持ちも分かる。兄として、父として、チャンピオンとして。私には一生知ることのない複雑な思いがあるのだろう。
 せめて私たちのようにハロンに幼馴染が居れば、何か変わっていたのかもしれない。過保護なお兄ちゃんを持ったホップくんは大変だ。

「加えて、だ」
「?」
「もしこの役目がホップになれば、オレがキミに会えなくなる」
「……そうかな」
「そうだぜ。キミは理由がないと会ってくれない」

 肩をすくめてつまらなさそうに見下ろされる。

 そんな事は無い、筈。いやだって、そもそもハロンとシュートはかなりの距離がある。電車に乗っても、タクシーに乗ってもそれなりの時間はかかってしまうのだ。
 だから理由が無ければ態々此処には来ない。ダンデくんに会う為に、なんてのもただの幼馴染なだけの私にとっては理由になり得ないのだ。

「ナナシ」
「なあに」

 すぐ近くに立っているというのに右腕を取られる。
 私の手首を容易く一周以上回る大きな手。私たちはいつの間にかこんなにも差がついた。

「返事、くれないのか」
「…………」

 返事って、何のこと。なんてふざける事はできない。
 この間の配達の別れ際、突如告げられた言葉。それに対する私の返事。

「……」
「……」

 嫌な沈黙が流れる。私が言葉を発さない限り破られない沈黙。逃げられないように先手を打って腕を掴まれたのだと気付き、怖いな、と感じる。

 私はどうしたいんだろう。この人と、どうなりたい?

「……まだ、分かんない」
「……本当に?」
「うん」

 手首の裏の柔い部分をダンデくんの硬い指がスリ、と撫ぜる。それがくすぐったくて腕をひこうとするが逆に引っ張り返されてしまう。

「オレの事が嫌いか?」
「そういう訳じゃ」
「だろうな」
「は?」
「嫌いだったら今日キミは此処に来ていない」

 そうだろうと自信満々に問われ、思わず反論したくなるがその通りなので何も言えない。
 もし嫌いになれていたら、こんな状況にならなかったのに。嫌いになれていたら、今すぐほっぺでも叩いて逃げ出せるのに。嫌いになれていたら。

 ふ、と突然目の前が暗くなる。夜だからという訳でもなく、瞬きを繰り返して治る訳でもなく。誰かの手が、ダンデくんの手が、私の視界を塞いだのだ。

「キミを困らせたい訳じゃない。本当だぜ?」
「……」
「焦って答えを出されたくない」
「答え……」
「ああ。……だが、もう決まっているんじゃないか?」
「へ?…………っ?」

 唇に何かが触れる感触。生温く柔いそれは音を立てることもなくゆっくりと離れて行った。
 片手は私の手首を握っていて、もう片方は私の視界を塞いでいて。じゃあ、今唇に触れたのは?

 ふふ、とすぐ側で小さく笑う気配。そして漸く視界が光と色を取り戻す。

「……ダンデくん?」
「はは!どうしたんだ?」
「い、今、何を……!」
「何かあったか?」

 何を聞いてものらりくらりと躱されてしまう。どうして?なんで?私、まだ返事は。

 何かを言おうとして言葉を飲み込む私に、ダンデくんは楽しそうににゅっと顔を近付けてきた。反射でのけぞってしまったのを、また面白いものでも見たかのように笑いだす。

「嫌だったか?」
「……」
「嫌だったなら謝るぜ?」

 どうなんだと聞きながら、未だ掴まれたままの手首の裏をまた撫でられる。

「……。……嫌、……じゃなかった、かもしれない」
「ふふ、なら良かった」

 何も良くない。一体なんなんだ。私の事なのに、全てを見透かされているような、擽ったくて、小っ恥ずかしい感覚。

「さあ、お詫びは何が良い?」
「い、要らない!帰る!」
「まあまあ、怒らないでくれ!そうだな、次までに用意しておこう!」
「要らないって言ってるの!馬鹿!バカダンデ!」
「そんな事を言うのはキミくらいだぜ?」

 ムカつく事に呆れたように笑うダンデくんが私の腕を握ったまま何処かへ歩き出す。

「ちょ、ちょっと!どこ行くの?」
「ん?駅まで送ろうかと」
「駅はあっち!車はあそこ!」
「そうだった、サンキュー!」

 車の方へ連れて行かれ、そのまま助手席へ乗せられる。ダンデくんの運転は久しぶりだなと考えている間にエンジンが掛かりゆっくりと動き出す。反対方向に。

「逆だって!リザードンは!?」
「ああ、後ろだ!」
「は〜!?」
「ははは!」
「笑い事じゃないってば!今すぐ止まって!私を帰してよ!」
「はははは!」

 心底楽しそうなダンデくんには悪いが、後部座席に置かれているハイパーボールに向かって必死に声をかける。が、ボールにはご丁寧にロックが掛けられている様で、リザードンは出てきてくれない。
 ドラパルトも、他のポケモンたちも同じく。

 前を見ても慣れない土地の道が分からず、案内をすることも出来ない。ただ駅と反対方向に行っているのだけは確かだ。

 苛立ちをぶつけようと、タイミングを逃し手に持ったままだったモモンジュースが入っていた容器のストローをまた噛み始める。こうなったらこのゴミ、この車に置いてってやるんだから。
 そう考えていたのがバレたのかそうでないのか、それが横からヒョイと奪われる。

「あっ、ちょっと!」
「ナナシ」
「なに!」
「帰したくないって言ったら、キミはどうする?」
「……は?」

 私は今日、ハロンに帰る事は出来るのだろうか。それはダンデくんのみが知る。



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〜どこかの公園内〜
「な、なあ、サトシ……、今」
「あ、ああ」
「ダンデさん、ナナシさんに」
「き、きっききききき、ききキス……したよな?」
「だよな……!?」
「ふ、二人は、そういう……?」
「でもソニアさんは幼馴染だって……」
「じゃあ違うのか?」
「でも二人で車に乗り込んだ……」
「……」
「大人の恋愛……」
「……ダンデさん、カッケー!」




(ガアタクで近くのポケセンまで来たので間に合ったとかにしてください)
(わざわざ公園で待ち合わせにしたのは夢主にバトル観戦のついでではなく自分のために時間を作らせたかったから。でも方向音痴のせいで予定外の山行っちゃって間に合わなかったンデ。本文で書け)




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