なんでも無い日のプレゼント

「ほら。これ今日の分のなんでも無い日のプレゼントな!」
「……、ありがとう〜」

 お仕事から帰ってきたキバナくんが今日も今日とてサイズこそ小さく軽いものの、反してその中身は心情的にとても重い紙袋を手渡してくる。ある日突然始まった『なんでも無い日のプレゼント』。その内容は今日のようにハイブランドの物であったり、超有名なパティスリーのお菓子であったり様々。
 『なんでも無い日』、それは何もイベントが無い日。つまりは年柄年中ほぼ毎日である。私はほぼ毎日こうして何かしらを受け取っているのである。嬉しいのは嬉しいのだが、正直に言ってしまうと大変胃が痛いのである。

「ねえ、キバナくん」
「ん?どうした?」
「えーっと……」

 『プレゼントは暫くいらない』。今日こそそれを伝えたいのだが、このヌメラの様に蕩けた笑顔を向けられると途端に言葉が出なくなる。さっきまで何度もシミュレーションをしたのに。その時のキバナくんは『そっか、了解!』って笑顔で頷いてくれたのに。
 嗚呼、私はどうしてこうも意思が弱いのか……。残念ながら今日もこの顔を前にしてしまうと言えない様だ。

「……今日もカッコいいね!」
「ホント?ありがとな」

 「オマエに言われるのが一番嬉しい」と更に顔を蕩けさせるキバナくんによかったと笑いながら、心の中でおよよと涙を流す。まあキバナくんが喜んでくれてるから良いか。そう思うしかない。何も解決してないんだけどね。
 シャワールームへ向かうキバナくんの後ろ姿を眺めながら明日こそはと決意する。きっと明日も言えずじまいだろうけれど。いや、でも明日こそ言えるかもしれない。

 ご飯の準備をしながら、パントリーの一角を眺める。そこに大量に置かれたお菓子はすべてキバナくんからの『なんでも無い日のプレゼント』。あのお菓子の行き場は全て私のお腹の中だ。
 プレゼントを貰い始めた当初、一人じゃ食べきれないからと彼のポケモンたちと分けっ子しながら食べたのがどうもお気に召さなかったらしく、それからは人間しか食べれない食材を使用した物を買ってくるようになった。対策が素早い。

 今日は食べ物では無かったからまだ良いものの(だからと言って困らない訳では無い)、これ以上増えるのは迷惑とまでは行かないが……いや、迷惑だ。そう迷惑なのだ。食べ物にはそれぞれ賞味期限や消費期限が存在する。それまでに私はあれら全てを胃に収めなければならない。

 スマホロトムを呼び寄せ、今朝目の当たりにした恐怖の数値を確認する。それは何度見ても変わらない。変わらないどころか毎日順調に上がっている。綺麗な右肩上がりのグラフだ。測定器が壊れている訳ではない。なんせいつも使っているのはロトムも入れる最新の体重計なのだから。新しい家電大好きなキバナくんが家主なのだから当然だ。だから、この数値は目を背けられない現実なのだ。

「このままじゃヌメちゃんみたいなムチムチボディになっちゃう……」

 「そんなオマエも可愛いよ」と笑うキバナくんと不思議そうに首を傾げるヌメルゴンのヌメちゃんを頭の中から追い払い、私は強く決心した。

 ──次だ。次こそいらないと言ってやる。これ以上無駄な金は使うなと。私をどうしたいのだと。……次、次に食べ物を買ってきた時に。


****


「ただいま。今日のなんでも無い日のプレゼントは今日から始まったロンド・ロゼの期間限定フラワーケーキだ!」
「……!」

 ロンド・ロゼの限定ケーキ……!ネットニュースで数日前から話題で販売初日の今日は即売り切れたと盛り上がりを見せていたと言うのに。それを易々と手に入れ、かつなんでも無い日のプレゼントに選ぶだなんて。キバナくんは本当にとんでも無い男だ。
 そしてそれを今から断るのだから私もとんでも無い女だ。どうしてよりによってロンド・ロゼをチョイスしたのだキバナくんは。……折角だし次の機会にしようかな。……、いやダメだ。次に延ばしてしまうとそのまた次も延ばしてしまう。私はそういう女なのだ。くっ。

 顔をぎゅっと引き締め、差し出された可愛らしい箱は受け取らずにつんとそっぽを向く。気分はツンケンしたちょっと鼻に付く嫌な女だ。キバナくんが少しだけ驚いた反応をするのを横目で確認しながら口を開く。

「……今日は『なんでも無い日』じゃないから受け取れません!」
「……はァ?」

 言えた!あれからずっと考えていたセリフ。『なんでも無い日』のプレゼントなのだから『なんでも無い日』じゃ無くしてしまえば良いのだ。これには策略家のキバナくんも納得せざるを得ないだろう。なんの日だと聞かれれば、そうだな……『なんでも無い日を断れた記念日』だろうか。こんな事を言ったらキバナくんは怒ってしまいそうだけど。

 私が受け取らないだなんて考えてもいなかったのであろうキバナくんはすっかり黙り込んでいる。彼でも予想外の事が起これば固まっちゃうんだ、なんて馬鹿な事を考えていた私こそが馬鹿そのものなのだ。

「なあ」
「な、何?」
「オマエさ。オレさまがオマエの事で知らない事があると思ってんの?」
「えっ」

 思ったより低い声がし慌てて振り向くとそこにはバトル中かの様に目を釣り上げた怖いキバナくんが居て。……あれ?

「今日はオマエが生まれてから今に至るまで何も無い日だ。強いて言うならスクール時代に数学で赤点を取った日。だがそれは初めてじゃ無い。だよな?」
「えっ。そんなの知らない……ていうかなんでキバナくんがそんな事、」
「だーかーら。オレさまはオマエの事なんでも知ってんの。オマエの出生体重言ってやろうか?」
「……えっと」

 出生体重を言われたところで自分のなんか覚えている訳がない。でもそれをどうしてキバナくんが知っているのか。スクール時代の事だって。キバナくんと知り合ったのはつい数年前で、その頃にはスクールを卒業していた。そもそもスクールも年齢も違うのに。
 少しだけ背中がゾワゾワするのを感じながら、ケーキの箱を変わらず差し出してくるキバナくんを只々見つめる。

「ほら、受け取りなよ。『なんでも無い日』のプレゼント」
「で、でも、私」
「あー、このままだとヌメルゴンみたいになっちまうってか?」
「う、分かってるんじゃん……」
「心配すんなよ。オマエはヌメルゴンになってもカビゴンになっても可愛いままだしオレさまが一生愛してやるからさ」
「そういう訳には……」

 ヌメちゃんのムチムチボディが許されるのは可愛いヌメちゃんだからであって、そしてそれはカビゴンも。私がそうなったところで本当にキバナくんが私を好きで居てくれるかなんて保証は無いのだ。もしかしたら彼は彼女を太らせるだけ太らせて満足したら放牧するタイプかもしれない。
 人間の心変わりだけは本人にも、神様にだって分からないのだから。

「何?オレの言うこと信じないんだ。それとも、この身体を誰かに見せる予定でもあんの?オレ以外に」
「無いです……」
「だよな?頷いたらどうしようかと思った。ならいいじゃん。そんな些細なこと気にせずにオマエはただ喜んでれば良いの。分かったか?」
「……」
「お返事出来るよなー?」
「……はい」

 「とりあえず冷蔵庫入れてくるわ」とキッチンスペースに入っていくキバナくんを眺める。ダメだった。逃れられない。二度と逆らいたくない。
 こうなれば、もう諦めるしかない。キバナくんと一緒じゃない時の食事の量を減らして、運動もして。なんとか今くらいの体重はキープできるように。もしヌメちゃんやカビゴンみたいになってしまっても、キバナくんに捨てられないように努力をする。だったら言われた通りに受け取れるものは喜んで受け取ろう。それが放牧されないための大事な一歩だ。

 そう自分に言い聞かせ、単純な私は結局キバナくんの思い通りにロンド・ロゼのフラワーケーキに想いを馳せるのだった。




(キバナさんがなんでそんなに夢主のこと詳しいかは……分かりません!軽く(本当に軽くか?)モラハラ男になっちゃったごめんねキバナさん)

2022/05/08




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