ウォロさんとの穏やかな生活をウォロさんによって終止符を打たれる話

 建て付けの悪い玄関の引き戸を開け、すぐに広がる土間に背負っていた重い籠をよいしょの掛け声と共に下ろす。そして囲炉裏の側からこちらを眺めていた人影に声をかける。

「見てくださいウォロさん!今日は大量ですよ!」

 今日は一日中外を歩き回り、野菜やきのみを収穫して回った。昼前に家を出た時には空っぽだった籠も今はぎっしりと詰まっている。かなりの重さだったので帰り道は肩紐が切れるんじゃ無いかと心配になる程だった。
 その籠の中身を種類ごとに広げ始めると、土間に降りてきたウォロさんが手伝い始めてくれた。お互い慣れた手つきで仕分け、手渡していく。

「……よし。これで暫くは保ちそうですね!」

 少しだけ傷んでいた物は今晩食べてしまおうと空になった籠に再び入れ、ウォロさんに笑いかける。これなら一週間は食糧の心配をしなくてもいいだろう。

 明日からは長期的に天気が崩れそうだとギンガ団の人に教えてもらったのはつい昨日の事で、今日慌てて暫く家に籠る準備をした次第だ。せめて一人分でもと思っていたが思いの外集めることができ、これには頬が緩んでしまう。
 ウォロさんもにっこり笑顔で頷いてくれたので、いつも以上に上機嫌で台所に立つ。

 ひょろっと長いウォロさんはいつもの様に背を丸めながら簡単な手伝いをしてくれて、いつもの様に出来上がった素朴な味付けのご飯を食べる。
 ここ最近はいつもこんな生活。ずっとこの生活が続けば良いと思っているし、続いてはいけないとも思っている。それでも穏やかに流れる時間を過ごす相手は、私はこの人が良かった。

 いつもの様に寝支度を整え二人で一つの布団に入る。他人の温もりに触れながら私一人が今日あった出来事や明日の予定をペラペラと喋り続け、眠気が来たら寝てしまう。そんな毎日。
 外では雨が降り出した様だ。今日とは打って変わって明日から早々に大雨になるのかもしれない。本当に家に引きこもるしか無さそうだ。

「今日頑張っといて良かったです」

 褒めてくださいと頭を寄せるとウォロさんはゆるりと微笑んで頭を撫でてくれる。少し前までは考えられなかったこの状況にも人間というのはすっかり慣れる生き物で。
 ウォロさんの優しい手つきに促される様に、私はゆっくりと今日という日を終えた。


****


 ふと物音がして目が覚める。音の発生源が私で無いのならもう一人しか有り得ないのだが、ウォロさんはすぐ側に居る。私よりも早い段階で何かの気配に気付いていた様で、なんなら私を抱きしめて玄関の辺りを警戒していた。
 どうせ野生のポケモンか、近場に住む人かだろう。雨はかなり降り付ける音がするし早く対応しようと身を起こす。が、ウォロさんは私を離すどころか余計に腕に力を入れる。

 どうしたのかと玄関を見つめ続けるウォロさんを寝ぼけ眼でぼうと眺めていると、大きな音を立てながら玄関の引き戸が開く。雨の湿気でいつも以上に開閉が大変そうだとどうでもいい事を考えていると、開かれた隙間から、随分と見慣れた顔が覗いて。

「は?」
「あ、え?うぉ、ウォロ……さん?」
「なんで」

 見慣れた顔から、随分久しく感じる声が放たれる。ああ、そうだ。この人はこんな声をしていた。忘れたくない相手でも、人間は一番に声を忘れるという。人間とはなんとも不便な生き物だ。

 雨に濡れているウォロさんが顔を顰めながらヒタヒタとこちらに近付き、私を抱きしめるウォロさんは私を守る様に前に出る。
 ああ、この状況は、まずいかもしれない。

「どうして」

 対峙する二人のウォロさんから、一つの声。

「ワタクシが、もう一人居るんですか」

 私とウォロさんの仮初の穏やかな生活は、ウォロさん本人の手によって終止符を打たれた。


****


「で?説明して頂いても?」
「えっと、その……どこから説明すればいいのか」
「最初からですよ」
「……はい」

 濡れていたウォロさんに手拭いと暖かいお茶を出し、囲炉裏の側で落ち着いてもらったところで説明を要求された。私の側でウォロさんを睨みつけるもう一人のウォロさんに視線をやり、どう答えれば納得してもらえるのかと考える。いや、そもそも知人の女が自分と同じ姿をした人物と抱き合っていただなんて特殊すぎる状況を誰が納得出来ようか。出来るわけがない。
 経緯を説明しようにもあまりにも長すぎるそれはウォロさんの求める物ではないだろうし、手っ取り早く済ませてしまった方が良いだろう。

「ウォロさん」
「……」

 側に居たウォロさんに話しかける。鋭い視線を和らげこちらを見るものの、やはりいつもよりもその表情は強張っていた。

「容姿も同じな上に名前まで同じ、ですか。コレは一体何者なんですか」
「えーーっと……あ」

 いつもベラベラ一人で喋っている私が言い淀んでいるのが余計に警戒へと繋げてしまった様で、側に居たウォロさんは私を守る様に前へ出る。

「御本人の口から説明でもして頂けるんですか?」
「ゔぅぅぅぅ」
「……へえ。やはりそうでしたか」
「あ、その」
「その声、ゾロアが化けていたんですね」

 唸り声を上げた事により正体がバレてしまったウォロさん──ゾロアの背中を三回叩く。いつの間にか定着していた元の姿に戻る合図。
 本当に良いのかと振り向くのに頷くと暫くウォロさんを睨みつけた後、すぐにその姿は小さくなる。

「がううぅぅぅ」
「ゾロア、落ち着いて」
「小さくなっても勇ましいですね。……で?」
「……長くなるんですけど」

 怪我をしているゾロアを見つけた事。暫く観察したものの周りに親個体や仲間の気配を感じられなかったため手当てをした事。そのまま懐かれてしまった事。コトブキムラで飾られた写真を見ていたらウォロさんに化けてしまった事。ゾロアはその姿が気に入ってしまった様で普段からウォロさんに化けていた事。
 それらを多少脚色を加えて話す。大筋が合っていれば問題無いだろう。ウォロさんも不審気な表情から段々好奇なものへと変化していく。

「……で今に至ります」
「事情は分かりました。そんなにジブンの姿が気に入ったのなら化けるのも特別に許可します」
「えっ、本当ですか?」
「ええ。その代わり、ジブンも此処に住まわせて貰います!」
「え?」
「やはり拠点を作らずにヒスイを探索するのには限界がありました」

 良いとも駄目とも言っていないのに寛ぎだすウォロさん。勿論駄目だなんて言えないし、でもかと言って良いと声を大にしても言えない。

「あの、本気ですか?」
「はい!一人増えるだけですよ。同じ顔が、ね」
「……」

 当てつける様にゾロアへ向くウォロさんの視線から遮る様にゾロアを抱き上げる。
 同じ顔だと言っても中身は違っていて、会話だって出来るのだ。何も一人だけ増えるで済まされない。それでもこちらに負い目はあるし、行方不明になる事情があったウォロさんを追い出す事も出来ない。

 ウォロさんとゾロアと私の奇妙な生活が始まる、のかもしれない。


****


「それにしても、ウォロさん生きてたんですね」
「は?」
「『ゾロアは死んだ人に化ける』って調査隊の方に教えて貰ったので」
「残念ながら生きてますよ。今のところは」
「あ、そういう訳じゃ!」
「あら!そうでしたか!ジブンはてっきり」
「怒らないでくださいよ!」
「怒ってません!」
「怒ってますよね!?あっ、ゾロア!?」
「ぎゃう!」
「いっ、……コイツ」
「ふんっ」
「あわわ、ウォロさん二人がもつれ合ってる……」



2022/06/13




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