どうして人間はボールに入れないのか

「どうして人間はボールに入れないんだと思う?」

 夏が近付く気怠い暑さの中、午睡でも楽しむかとソファでダラけていると同じ様に地べたに座りソファにもたれかかるダンデくんが問いかけてくる。
 また今度は何に影響されたのか。思考の大半を暑い事への文句が占めている頭をのんびりと働かせる。

「人間はポケモンじゃないから?」
「なんでだ?同じ生き物じゃないか」
「……そんなの知らないよ」
「そうか」
「うん」

 沈黙。なんだこの時間。今の質問になんの意味があって、今のやりとりで何を納得したのだろう。まあ、説明されてもダンデくんが考える事を理解出来るかと言われればなんとも言えないのだけれど。
 それにしても、暑いなあ。既に広い面積の肌を露出しているというのにこの先の夏本番、私は生きていけるだろうか。

「じゃあどうしてポケモンはボールに入れるんだ?」
「……んー?」

 ああ、まだ続くのか。この話。本当、何に影響されたのやら。こういう時のダンデくんは少し面倒臭い。なぜなぜ期を迎えた子供の様に、自分が納得するまで質問を繰り返す。
 更に厄介なのは予め自分の中で結論が出ている癖にそこへわざんざ私が導かせなければならない事。お前は構ってちゃんの女子か。

「えーっと、ポケモンの習性?なんじゃなかったっけ?身体を縮める事によって休息するって前教えてくれたよね」
「そうだな」
「うん」
「だがそれはポケモンとボールの仕組みであって少し論点がズレているな」
「はあ」

 ダンデくんは何を求めているのだろうか。暑さによって気が短くなっている私は、今にも足元のダンデくんへと蹴りを入れそうだ。

「じゃあどういう事?」
「そうだなあ。どうして人間はポケモンをボールに入れ従わせるのか、どうしてポケモンはボールに入れられただけで人間に従うのか。キミの考えを聞きたい」
「……ふーーむ?」

 やばい、思ってたよりも壮大なテーマを渡されてしまった。
 そんなの知らないし、長い年月を人間とポケモンはそうやって生きてきたのだ。その最初の地点に自分自身で行ってこいと投げ出したくなる。そんな方法は無いのに。
 人間とポケモンとボールの関係。うん、さっぱり分からない。考える事を頭が拒否している。

「つまりトレーナーの在り方について聞きたいの?」
「そういう訳でも無いんだが」
「じゃあ何?『人間はボールによってポケモンを支配している!』って?解放運動ってやつ?」
「それも違うんだ」
「ふーん。よく分かんないけど」

 そういやどこかの地方ではそういう派閥がどうたらこうたらってニュースを以前見かけた気がする。曖昧な記憶、印象には残っていない。例え彼らの主張が事実であっても人間の認識はそう簡単には変わらないという事だ。

「ポケモンにだって意思はあるんだし、必ずしもボールに入れるのと主従関係がイコールになるとは思わない、かな。野生の子を捕まえても最初は懐きにくかったりだとか、場合によっては言うこと聞いてくれないとかもあるんでしょ?」
「そうだな」
「でもポケモンを利用した悪い人たちが居るのも事実だし、ボールによる強制力も多少はある、のかも」
「なるほど」

 沈黙。なんなんだろう、本当に。ダンデくんの中の結論に辿り着けそうだろうか。私にはそれが分からないしあまりにも突然の事でふわふわとした曖昧な事しか言えない。

「もしかしたらポケモンが人間を従える世界があったのかもしれないし、人間が人間を、ポケモンがポケモンを従える世界もあったのかもね」
「……ふむ」

 よっと掛け声を上げながらソファから立ち上がる。暑いしダンデくんが面倒臭いし、とにかく気分転換が必要だ。
 乱れた髪を整えながら、陽が当たらず影になっている窓際で休んでいたモスノウを呼び寄せる。

「どこ行くんだ?」
「暑いからアイス買ってくる!私は優しいからダンデくんの分も買ってきてあげる」
「サンキュー」

 じっと背中に視線を感じながら玄関へ向かう。雲一つない快晴の外の世界はさぞ暑い事だろう。それでもモスノウと一緒だったらかなりマシになる。私が小さい頃、この子がユキハミだった頃からずっと同じだ。
 でも、と玄関のドアノブへ手をかけながら側で漂うモスノウを見やる。

 この子だって暑いのは苦手だし、本当は外になんか出たくないのかもしれない。私が無理矢理連れ出している?私がボールの持ち主だから?そういえば一度も文句を言われたことはなかったかもしれない。

「モスノウ、家で待ってる?」

 ギョッとした様に目を見開いたモスノウが慌てて私の周りを飛び回り、そして頭に止まる。それは意地でも側を離れないとでも言っている様で。
 ほっと息を吐く。大丈夫だ、この子は自分の意思で着いてきてくれている。

「ふふ、ありがとう。行こっか!」

 玄関を潜り外の世界へ飛び出す。
 ダンデくんの考える事はよく分からないけれど、少しでも思考の整理に役立てていたらいいな。そう思いながらダンデくんにはちょっと良いアイスを買ってあげようと決めた。


****


「もし人間がボールに入れるのなら、オレは進んでキミのボールに入るし、誰よりもずっとキミの側に付き従うのにな」






(ボールに入って夢主の手持ちになればモスノウみたいに何処へでも連れて行って貰えて夢主の中の1番になれるのかって考えてたダンデさんでした)

2022/06/24




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