犬も食わない

「ワンパチ五匹くらい飼って〜」
「うんうん!」

 週末の昼下がり。久々にブラッシータウンまで足を運んだ私は、折角だしと研究所に顔を出した。そしてまあ、当然の流れというか、それが目的であったというか。
 ソニアが淹れてくれた最近ハマっているのだというアールグレイを飲みながら、ダラダラと中身の無い話をしている。
 今は『理想の結婚後の生活』について。……この話は今まで何度もしてきたっていうのと、この歳にしていつまで『理想』を語っているのかというのは触れてはいけない。

 ただこうやって、昔から変わらずダラダラ話すのが楽しいのだ。心の中だけでも若くいたい。うんうん。

「子供は二人くらい、だっけ」
「そ!年子の男女!四人と五匹で綺麗な一軒家に住むの!」
「まさに理想的、だな」
「ハァ〜?」
「うわ」

 キャッキャと女二人で盛り上がっていた所に横槍が飛んでくる。
 嫌というほど聞き馴染んでいるこの声は、とその人物がいるであろう玄関へ顔を向ける。

「やあ!」
「帰って」
「女子会中だよ」
「ん?女子は一体どこに?」
「帰れ!」

 心底不思議そうに辺りを見回し首を傾げるダンデくんに、ソニアがワンパチに追い出すよう指示する。
 それに「冗談だ」と笑いながらワンパチを手懐けているのは流石というか、いやこれは元チャンピオンの手腕というよりは今までの年数かも。

「何しに来たのよ」
「酷い言われようだな?オレも混ぜてくれ」
「性別変えて出直しなさい」
「昔ならまだ可愛かったけど……」

 ねえ、とソニアと視線を合わせる。
 昔のダンデくんといえばそれはそれは可愛かった。その辺の女子なんかよりずっと目は大きくて、まつ毛は長くて顔は整っていて。進んでは隣に並びたくないくらい。割と今もだけど。

 ソニアも私も新しくお茶を準備する素振りどころか椅子の用意すらしていないというのに、離れた位置にポツンと置かれていた小さな丸椅子を持ってきて堂々とテーブルの一辺を陣取るダンデくん。
 この図々しさがなければバトルで勝利し続けるなんてことは出来ないのかもしれない。

 大きなため息を吐きつつ、仕方がないとソニアがダンデくんに話を振る。

「じゃ、ダンデくんの『理想の結婚後の生活』を語ってもらおうじゃない」
「オレのか?」
「この場に入り込むって事はそういう事だよ、ダンデくん」

 言外に出て行くなら今だと伝えたつもりだが、うまく伝わらなかったようで。
 そうだなと顎に手を当て考え込み始めている。さっきは理想だと馬鹿にしていたくせにすっかり乗り気じゃないか。

「子供は何人ほしいのよ」
「あまり考えたことが無いな」
「ハァ〜?自分の人生設計ちゃんと建ててから人を馬鹿にしてもらえる?」
「ソニアのは人生設計ではなく理想、あくまで夢物語だろう」
「帰れッッ!!」

 ダンデくんの口から紡がれる真実が棘のように全身に突き刺さる。本当にコイツは。昔からそうだ。
 ダンデくんという人物は、チャンピオンという肩書きが無ければかなり交友関係は狭かったと思う。周りがついて来れない。

「……ナナシは?」
「へ?」
「ナナシは何人欲しいんだ?」
「私?なんで今?」
「いいから」
「えーっと」

 一人は絶対ほしいけど、でもそれだと寂しい思いをさせちゃうかもだから歳が近い二人か三人か。これは昔から変わらない理想。
 それを伝えると、にっこりと眩しい笑顔を向けられる。……一体彼の中で何が。

「じゃあオレも二人か三人だな!」
「えぇ……?」
「何言ってんのダンデくん……」

 ソニアと二人揃ってダンデくんの発言にドン引きする。なんで今私の理想の人数に合わせたの。流石にちょっと、ねえ。
 またチラリとソニアと目を合わせ、どうしたものかと考える。

「……なんで今ナナシの人数に合わせたの」
「ん?オレはナナシと結婚するし」
「え!?」
「ハァ!?!?アンタたち付き合ってたっけ!?」
「付き合ってないよっ!!」

 何を言い出すのだと思わず立ち上がる。背後で椅子が倒れた音がしたけど関係ない。
 同じように立ち上がったソニアと私を、一人座ったまま何かあったのかという顔で見比べてくるダンデくん。いや、コイツ本当に……。

「付き合ってないと結婚できない訳ではないだろ?」
「そ……れは、そうだけどそうじゃない!」
「じゃあ何に問題が?」
「わ、私の気持ちは!?好きでもないのになんでダンデくんと結婚!?」
「えっ」

 成長しても大きなままな目をさらに大きく見開かせ、驚いた顔を向けられる。

「キミ、オレの事好きじゃないのか?」
「ええ!?」
「なんなのコイツ!」
「ソニアは黙っててくれ」
「ハァ〜〜??」

 怒りを露わにしながらもダンデくんの言うことを聞き、素直に黙るソニア。それは、そう。だって。

 ──私がずっとダンデくんのこと好きだって、知ってるから。

 なにをどう口にすればいいのか分からない。頭が回らない。パニック状態だ。だって、こんな場所で、今更、なんなのよ。

 いつになく真剣な顔で私を見ていたダンデくんの顔がふっと緩む。なに、なんで。

「ほら、やっぱりそうじゃないか!焦らせないでくれ!」
「ち、ちが」
「カーーーッ!はいはいどうぞお幸せに!!今まで聞かされてきたナナシの理想をどこまで叶えてやれるか見ててやるんだから!」
「はは!頼むぜソニア!」
「ちょ、まっ、ソニア……!ひっ」

 勝手に完結させようとするソニアに待ったを掛けようとする私の腕が何かに掴まれる。辿った先にはダンデくんが、ダンデくんしか、居なくて。

「結婚しよう、ナナシ!」
「ひ、ヒィ……っ!」
「カーーーーーーーッ!!行くわよ!ワンパチ!散歩!」
「ヌヌワッ!」

 いい大人三人と一匹が昔みたいにうるさいとマグノリアさんに怒られるのはすぐ後のことだった。





2022/11/20




back
トップページへ