ペパーくんにご飯を集りに行く話

「ペパーせ〜んぱい!」
「うえ、なんでオマエがそんな呼び方するんだよ」
「ふふ、アオイちゃんの真似〜!」

 目の前の男が可愛がっている後輩ちゃんの真似をしただけだとういうのに、気持ち悪いと腕を摩るなんてひどくないだろうか。

 ろくに登校もしていないのにいつの間にか仲良くなって、親友とまで慕っている後輩、アオイちゃん。最近アカデミーに転入してきたばかりなのに、飛ぶとりポケモン落とす勢いでなんともうチャンピオンランクにまで到達したらしい。
 生徒会長が喜ぶなと思っていたらそんな生徒会長が早々に目をつけていたという。かなりの逸材だ。

 そんな逸材とどうしてペパーくんは仲良くなったのか。

「バウワ!」
「はは!待てってマフィティフ!もうちょいだ!」

 ペパーくんの手元から漂う良い香りに待ちきれないとマフィティフが催促をする。こんな光景をまた見れるだなんて思っていなかった。

 幼馴染の私なんかよりずっと側でペパーくんを小さい頃から支え続けていたマフィティフ。
 そんなマフィティフが大きな怪我をし、その後体調が回復しきらず段々と悪くなっていたのは週に一回か二回かしか会わない私でも気付いていた。ペパーくんは日々弱っていくマフィティフをどう思っていたのだろう。
 ポケモンだって、人間と同じように寿命がくる。それが近いのだと私は諦めていた。

 でもペパーくんは、諦めなかった。

 だから彼はバイオレットブックに辿り着き、藁にもすがる思いで秘伝のスパイスとやらを集め、そして成し得たのだ。マフィティフは前みたいに元気を取り戻した。
 そのスパイス集めを手伝った、というかメインでやってくれたのがアオイちゃん、らしい。ヌシとやらを倒してくれた、と。

 私だってチャンピオンランクには届かないもののバトルは出来る方だし、声を掛けてくれても、とは思う。でもマフィティフのことを諦めていたのを感じ取られていたんだろうな。ペパーくんは案外繊細な男だから。
 無理だと諦めている人間に、まさに命運をかけることなんか出来ないだろう。普通はそうだ。

 それでも、と思ってしまうのは。……単なる醜い嫉妬なのだろう。
 私の方がペパーくんのことを知っていて、マフィティフのことも知っていて。彼のお父さんのことだって知っていて。
 それなのに一言も話してくれなかったのが悲しくて、腹立たしいのだ。女とは面倒くさい生き物だ。

「ほら」
「え?」
「オマエの分。食べてくんだろ?」
「あー、そうだね」

 「じゃあ貰おうかな」と差し出されていた美味しそうに盛り付けされた皿を受け取ろうとすると、ヒョイと皿が遠ざかる。
 何をするのだとペパーくんの顔を見上げるとムッと機嫌悪そうに眉を顰めていて。

「くれるんじゃないの?」
「やめようか悩んでる」
「な、なんで?」
「ペパー特製プレートを渋々受け取ろうとするからだよ」
「渋々じゃないし!」
「嫌なら無理して食わなくて良い」
「嫌じゃないって!」

 私の分であろう皿は片手で上にあげたまま、ペパーくんは自分の分をテーブルに運ぶ。マフィティフは自分は関係ないとマイペースに既に与えられていた食事を口にしている。
 器用に片手で飲み物の準備を始めるペパーくんの周りをウロチョロしながら袖をくいくいと引っ張る。

「ね〜〜、私も食べたいよ〜!ペパーくんのご飯〜!」
「……」
「渋々じゃないし嫌じゃないよ!本当に!あ〜!お腹空いたな〜!こんな時にはペパーさまのお作りになったお料理を口にしたいでございますわ〜〜!!」
「……ハア」

 ドン、とコップをテーブルに置いたペパーくんがため息を吐きながらようやくこちらを振り向く。

「オマエ、本当にセイジ先生の授業ちゃんと出てるのか?」
「は!?失礼な!誰かさんと違ってオール出席花丸満点パーフェクトですわよ!!」
「要らねえみてえだな」
「嘘です出席してますけどいつも赤点ギリギリでございますお許しを」
「ほら、座れよ」
「ヤッター!ありがとう!サンキュー!グラシアス!」

 ペパーくんの気が変わらないうちにそそくさと椅子に座る。
 散々振り回されたにも関わらず、目の前に置かれたのは美味しそうに湯気をたてるハンバーグ。あまりのシズル感に思わず喉がなる。

 早く食べたいけど流石にペパーくんが落ち着いてからにしなきゃと向かいを見ると、当の本人は唇を歪ませ変な顔をしている。そう、まるで笑いを堪えるような。

「っふふ。ナナシ、ヨシ」
「……、ワン」

 耐えきれないと笑いだすペパーくんをキッとひと睨みしてからいただきますと食べ始める。
 悔しいけど美味しい。いつの間にこんなに料理上手になったのやら。また一段と上手くなったのでは。
 ソースから手作りされているであろうハンバーグをひと口ひと口噛み締める。……本当に美味しい。

「ペパーくん、また腕上げたね」
「そうか?」
「うん。お店で出てきても違和感ないくらい!」
「ホントかよ!?」

 目を輝かせながら身を乗り出してくるペパーくんに驚きつつも本当にそう思ったのでコクコクと頷く。
 自分の勢いの良さを私の驚き様で気付いたのか、ペパーくんは鬱陶しそうな前髪を跳ね除けて照れくさそうに語り出した。

「その、実はよ、……料理人になりたくて」
「え?ペパーくんが?」
「……悪いかよ」
「全然!すごい!ペパーくんならなれるよ!」

 「そうか?」とはにかむペパーくんに、本当にこの人は変わったんだなと実感させられる。
 博士のこともあり、いつもどこか影があったペパーくん。マフィティフのことも重なって、彼がこんなにも心から笑える日が来ることは想像出来なかった。

 変えたのはきっと、あの子なんだ。こうも全てが上手くいってしまうなんて、転入生ちゃんはペパーくんにとって天使、いや神様なのかもしれない。
 少しだけ感じた苦い気持ちに、ペパーくんてば隠し味に苦いスパイスでも入れたのかな、なんて。

「……アオイちゃんのおかげなんだね」
「あー、まあ。それもある、な」
「すごい、本当すごいよ。アオイちゃんも、ペパーくんも!」
「オレも?」
「うん!夢があるってすごいことなんだよ?それに向かって走り続けることができる!」
「大袈裟ちゃんだなあ、オマエは」
「ふふ!」

 夢。夢かあ。私は一体何になりたいのだろうか。
 これが決まっていない時点で私はまだ課外授業の宝探しを本当の意味ではクリア出来ていないのだろうな。

 とりあえず。

「私も料理は出来るようにならなきゃな」
「なんでだよ?」
「え?だって、アカデミー卒業したら寮は出なきゃだし、食堂もなくなるし」

 食が約束されていない生活になるのだから、せめて多少の苦手意識は改善しておくべきだろう。
 ここまでのレベルは求めてないけど、と少し冷え始めた、それでも美味しいペパーくんの料理を食べ切る。

 自分のためというよりまずは誰かに食べてもらっても平気なレベルにはしないとなと思案しているとペパーくんが何かを呟く。

「え、なに?」
「だから!」

 少し俯きながら前髪をグシャリと掴むペパーくん。その癖はそのままだなあと眺めているとガバリと顔を上げた。長いまつ毛に覆われた強い目力をこれでもかと向けられる。

「料理はオレが作ってやるって!言ってんだよ!」
「へ?な、なんで?」
「なんでって、オマエな……!」

 唐突な提案を上手く理解しきれずにいると、立ち上がったペパーくんに腕を掴まれそのまま扉まで引き摺られる。

「食べ終わったならもう帰れよ!鈍感ちゃんが!」
「は、なに!?ちょ、ちょっと!?わわっ!」

 廊下に放り出され、荷物を投げ渡され、バタンと大きな音を立てて閉まる扉。

 卒業後の話になって、料理はオレが作る。鈍感ちゃん。この二つから導き出されるのは、それはもう頭お花畑ちゃんな回答なのだけれど。

「ペパーくんに限ってはそれはないか!わはは……はあ」

 きっとあの言葉も料理人になるための練習台なのだろう。それは嬉しい。嬉しいんだけどな、とすごすごと寮の自室へと向かう。

 どうしたらもっと異性として見てもらえるのだろう。今更無理か。こんな頻繁に飯を集りにいくやつはもっと無理か。わはは。はあ。
 私は一体どこで道を間違えたのだろうか。やり直せるのなら過去に戻りたい。

 なんてことを考えている間。さっきまで居座っていた部屋の中では、一人の人間と一匹のポケモンによる大反省会が行われていたなんて知る由もなかった。



2023/01/09




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