駄々っ子ダンデくん

「なあ、何か渡すものがあるんじゃないか?」
「え?」

 日付が変わるまでもう少し、寝支度も準備オーケーというところで少しだけ唇を尖らせたダンデくんがソファに座る私を見下ろしてきた。

「渡すもの……?」
「ああ」
「……?渡すもの……?」
「キミなあ」

 はてと首を傾げるとはあと大きなため息を吐かれる。そしてすぐに睨め付けてくる大きな瞳。
 全く心当たりのない私は頭の中の引き出しをひっくり返す。が、空っぽか別のものばかり詰まっていてダンデくんに関するものは一つもない。

「……まさかキミ、本当に無いのか?」
「えっ、だから何が?」
「……」
「……?」

 沈黙。スッと細められた目。ヘイロトム、目の前の人の思考を読み取って。分からないロト!そっか〜!

 心の中のロトムが元気に答えてくれたところで「ホップが」とダンデくんが口を開く。

「ホップはもらったと報告してきたぞ」
「ホップくん?」
「ああ」

 確かに今日はハロンに帰ってホップくんに会った。バレンタインだし。毎年恒例のソニアとのチョコレート交換のついで、だけど。
 その時に渡したものといえば、これまたソニアのついでのチョコレート。
 え、まさか。

「バレンタイン?」
「!」
「え、本気で言ってる?」
「どういうことだ」
「だって……」

 確かに去年、一昨年は手作りのを渡した記憶がある。今の関係になってすぐだったし。喜んで受け取ってくれた記憶もある。ただ。

「あげても食べないじゃん」
「……」
「どうせ食べるの私だしいらないかなって、」
「……」
「思っちゃったから」
「…………」
「……」

 どんどん下唇が飛び出てくる。ムスッとした顔という表現そのままの表情をしたダンデくん。
 チョコがもらえなくて拗ねるなんて、子供みたいだな。可愛いかも。

「……ホップにはあげたんだろ?」
「うん!美味しいってすぐ食べてくれた!」
「オレには?」
「いやだから」
「オレも食べる」
「うっそだ〜!」

 肉体維持のために食事管理を徹底してるくせに、無理な事を言わないでほしい。食べれるなら今までのチョコはどうして私の贅肉の一部になったのだ。

「…………」
「もう、分かったよ。来年はあげるから」
「今年は?」
「無いよ」
「……」
「も〜〜〜!」

 仕方ないなあと私の秘蔵のお菓子ボックスの中からチョコレートを取り出す。透明の袋の中に、大量にねじねじした包み紙で包まれたもの。
 特にこのナッツが入っているのは最近の大のお気に入りだ。

「はい」
「は?」
「は?」
「手作りじゃない」
「は〜〜〜〜??」

 この男、この期に及んでまさか手作り♡バレンタインチョコを求めているのか。渡されたチョコが沢山詰まった袋を不満そうに睨んでいる。
 大体。

「今年は何もつくってませんが!ホップくんにあげたのも市販のやつ!」
「知ってるぜ」
「は??」
「今年の、オレ宛の、手作りチョコはどこにあるんだ?」
「無いって言ってるでしょ!」
「なぜだ!」
「自分の胸に手を当てて考えなさいよ!」

 一応見当はついているようだが、それでもぶすくれた顔をするダンデくん。

 ここまでチョコを欲しがるだなんて思っていなかった。自分で食べると分かっていても作ってあげても良かったのかもしれない。いや、こんなことになると分かっていれば作っていたのに。
 自分で食べるのを分かっている虚しさを、この男は知らないからこんなに駄々をこねるのか。

「もう!分かった!分かったから!次の休みに作ってあげるから!」
「……」
「それでいいでしょ!」
「……ああ」

 「じゃあそれ返して」と先程拒否された市販のチョコを受け取ろうと手を伸ばす。が、ダンデくんはなぜかそのチョコを抱き込む。

「返してよ!私のおやつ!」
「これはオレがキミから貰ったんだ。返せないな」
「はあ!?いらないんでしょ?大体作ってあげるんだから2個もいらないでしょ!?」
「いや、いるぜ」
「なんでよ!」

 いくらこの間スーパーで三袋まとめ買いしたからと言って一袋丸々無くなるのは痛い。

「そもそもダンデくんはチョコ食べないでしょ!」
「キミからもらったものは食べる!」
「だーかーらー!」
「今までのだってだな!キミがっ!」
「私が何よ!」

「キミが勝手に食べたんだろう!」

 「大切に取っておいたのに」とまた下唇を突き出し、恨めしそうに睨まれる。

「ええ?」
「キミから貰ったものだから、キミがオレのために作ってくれたチョコだから、大事に食べようとしてたんだ」
「……」
「なのにキミが!」
「…………ダンデくん」
「なんだ!」

「気持ちは嬉しいけど、手作りのものは保ったとしても3日くらいが限度だよ」
「!」

 絶対知っていたくせに、知らなかったかのように目を丸くするダンデくんを見て息を吐く。

 今まで食べてくれなかったのは食べる機会を伺っていたから?大事にしすぎたから?そんなの。

 ──嬉しすぎるじゃん。

 無意識に上がる口角を両の手で隠しながら、次の休みは強制的に食べさせるためにケーキでも焼いてやろうと画策する。しかも、それはもうデッロデロに甘いやつ。

 ダンデくんが目の前で手作りのチョコケーキを食べてくれるのを想像し、くすくすと笑いが漏れてしまった。





2023/02/14




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