ダンデが癒しを求める話
苦しい。苦しい。
なんだこれ。
何かに肺を潰されているような。
重い。息がしづらい。
それになんだか生温かい。むしろ暑い。
「……、っ?」
重い瞼をこじ開けると、途端に視界に入る紫。
ところどころぴょんぴょんと跳ねているそれは、よく知る人物のもので。
まわらない頭で状況を理解しようとしていると、紫の塊がもぞと動き、少し疲れた顔がのぞく。
「……起こしてしまったか?」
「ん。……おかえり、ダンデくん」
「ああ」
ふたたびもぞもぞと動き、やがて顔はまた見えなくなる。「ただいま」という小さな声が私の胸元に吸い込まれた。
寝苦しさの原因はこれかと理解し、なんとなく目の前の髪を梳くように撫でる。
びくりと反応したダンデくんは、少しだけ遠慮した動作で、私の背中とベッドとの間に腕を差し込んできた。
まるで母親に縋り付くような行動に、どうしたのだろうかと心配が湧き出る。
でもきっと、何かあったのかと聞いても答えてはくれないのだろう。ダンデくんは隠すのが上手い人から。
何も聞かず、何も話さず、ただただ頭を撫でる。聞こえるのはダンデくんの呼吸音と、私の呼吸音。と、あと私の鼓動も、この静かな空間では聞こえている。
ゆったりと流れる時間に段々と睡魔が迫ってきた。そもそも私は睡眠の途中だったのだ。
ふわ、と小さなあくびが出てしまい、それに気づいたダンデくんが「おやすみ」とこれまた小さく囁く。
それにおやすみと返事が出来たのかは分からないが、ダンデくんの頭を撫で、うなじを通り、背中に手を添え、ぽんぽんと叩く。
ダンデくんの体重が重くて寝苦しいけれど、ダンデくんがこれで落ち着くのなら。一晩くらい耐えて見せよう。
ダンデくんが元気になりますように。
****
すうすうと頭上から寝息が聞こえてくる。
耳元から聞こえてくる心臓の音もさっきよりかはゆったりとしたものになり、彼女が眠りについてくれたことに安心する。
久々に事務仕事が立て込み、さらに連日の厳しい暑さのせいもあってか、身体が疲れてしまった。
帰る時間も遅くなり、ナナシと顔を合わせる時間も少なくなり。
日付が変わってしばらくしてから帰宅すると、ベッドの上で間抜けな顔で寝こけるナナシを見つけ、ナナシを感じたくなったというか。
だからと言って起こすのも悪いし、と頭では考えながらも身体が勝手に動き、気がつけば仰向けで寝るナナシの身体に触れていた。
自分とは違うふにふにとした感触に、体温に触れ、もっとナナシを感じたくなり、胸元に耳を寄せる。
とく、とく、と規則正しく脈打つ音に彼女が生きているのだと実感し、そして身体の力が抜けていく。
ポケモンセラピーだとかなんとかも勿論あるが、人間同士だって十分癒せる。オレにはリザードン達だけではなく、ナナシがいないと『ダンデ』を保つことはできないだろう。
身体の異変に気づいた彼女が目を覚ましてしまったのは誤算だったが、優しく労わるように頭を撫でられ、オレの珍しい行動に理由を求めることもなく居てくれることが心地よく感じる。
もしかしたらただ眠いだけで、深い意味はないのかもしれないが。
それでも人間関係を築くのが下手なオレにとって、人間としての温もりを与えてくれるナナシの側が、オレの居場所なんだと感じる。
自分以外の人間の寝息や心臓の音がこんなにも落ち着くものだと知らなかった。こんなにも、眠気を誘うだなんて知らなかった。
明日には話す時間も取れるといいなと思いながら、腕の中のナナシを抱きしめ、瞼を下ろした。
2023/08/13