素っ気ない彼氏?

「ねえキバナくん……キバナくん?」

 あら、珍しい。

 お風呂の準備をしていて、そういえばそろそろシャンプーを詰め替えなきゃなと思い出したのはついさっきのことで、ストックを何処にしまったかをキバナくんに確認しようとしたのだが。

 リビングに戻るとソファの上から位置こそ変わっていないものの、真剣な表情でスマホを見ているキバナくん。きっとこの間行われたチャンピオンとダンデさんのバトル映像を見ているのだろう。
 案外根が真面目な性格の彼は、ライバルの手の内を全て理解するまで繰り返し映像を見、研究をするのだ。他人にはあまり見せない姿。察しさえもさせることはない。

 きっと帰ってきてからずっとやりたかっただろうに、私が訪ねてきてしまったが故に遠慮していたのだろう。元々泊まるかは悩んでいたこともあり、お風呂の準備をしたらお暇しよう。今は個の時間が必要な時だ。

 それにしても珍しい。忍び足で近づいたとはいえ、全く気付かれない。少しだけ楽しくなってしまう。
 声をかけてみてもいいだろうか。

「キバナくん?」
「……んー」

 おや、と口に手を当てる。返事はしてくれるのか。ますます面白くなってきてしまった。

 普段のキバナくんといえば、名前を呼ぼうものなら秒で「なあに」と甘い声で返してくるし、物理的な距離も縮めるために屈んだりして視線までも合わせてくれる。最近は名前を呼ぼうと口を開いた時には顔を覗き込まれ驚く、なんてこともしばしば。
 そんな彼が、生返事しかしない。あらあら。

「キーバナく〜ん」
「うん」
「ふふ。キバナく〜ん」
「んー……」

 何をしているのかと彼のヌメルゴンがこちらをジッと見つめているのに気付き、「しー」と人差し指を口元に当て静かにするようにジェスチャーをする。
 理解できてないようで不思議そうな顔をしているけれど、そもそも彼女が騒ぐこともあまり無いし大丈夫だろう。

「キバナくん、元気?」
「んー」
「今日のご飯美味しかったね」
「そう」

 ふふ、と笑いが漏れてしまう。こういうのを素っ気ない彼氏と言うのだろうか。常にこれなら確かに考えものかもしれないな、と思いながら懲りずに色々と話しかけてみる。

「今日さ、ここに来るまでにね、可愛い服を売ってるのを見つけてね」
「んー」
「買おうか悩んだんだけど、でも似たようなの持ってるしなって思っちゃって」
「うん」
「キバナくんてお洋服いっぱい持ってるけど、キバナくんも同じようなの買っちゃったりとかするの?」
「そうね」
「するんだ!……ふふふっ」

 ダメだ、笑いが止まらない。
 流石というべきなのか、絶妙にキバナくんの生返事は会話として成り立ってしまって、さらに肯定しかしないものだから、この会話の中で彼がうっかりさんになってしまった。

 なんだか妙にツボに入ってしまい、膝から崩れ落ち、できるだけ声を出さないよう下を向きながら笑いが治まるのを待つ。次はどんな話題にして、彼をどんな人間にしようかと思案していると、ガサ、バタと大きな音。
 え、と顔をあげると、こちらを見つめ信じられないモノを見たようにサーと顔を青ざめさせていくキバナくん。

「……ナナシちゃ、ん?え?」
「……キバナくん」
「え、何、は……?」

 状況を必死に理解しようとしているキバナくんを見て、ダメだ、とまた俯き笑いを押し殺す。こんなに慌てているキバナくんは初めて見た。
 今日は珍しい彼をたくさん見れる日なのに、なんだか笑いが止まらない。

 こんなに笑っていると怒られちゃうかも、なんて思っているとゴンっと床に何かがぶつかる音と、そのままドスドスと近づいてくる大きな足音。
 あ、と思った瞬間にはぐいと身体を起こされ、すぐに長いものに巻き付かれる。それは紛れもなくキバナくんの腕で。

「ごめん!嫌いにならないで!」
「……へ?」
「本っ当にごめん!もう風呂にいったと思ってて!」
「うん?」

 突然謝罪を繰り返すキバナくんに落ち着いてと背中をとんとんと叩き、解放してくれとお願いする。
 と、一際腕に力が入り、肩に顔を押し付けられたまま次第にだらりと腕が落ちていった。

「……」
「……キバナくん?」
「……、嫌いになった?」
「え?」

 二度とこんなことしない、やら、嫌な思いをさせてごめん、やら、必死に懺悔をしてくるキバナくんに頭がハテナで埋まる。
 ふと彼がギリギリと爪が食い込みそうなほど手を握りしめているのに気付き、落ち着くように撫でさすってみた。途端にマスキッパのようにガシリと手を掴まれ、じっとりとした手汗を感じる。

「……キバナくん、きっと何か勘違いしてる」
「だって、ナナシちゃん、泣いてた……」
「えっ」

 肩から顔を離し、ちらりと下から顔を伺ってくるが、むしろそっちの方が今にも泣き出しそうな顔をしているじゃないか。
 それに私は本当に泣いてなど……、あ。

「あ、ごめん」
「ほら!お願いだから嫌いに」
「ならないならない!違うのこれは!」

 ぐっと眉を下げ、私の言葉を待つその姿はまるでイタズラをして怒られているワンパチのようで。
 そんなキバナくんに、笑いすぎてもしかしたら涙が出ていたかもしれないなーなんて、言ってもいい、のか……?

「えーっと」
「……っ」
「あ!待って!違うの!」
「じゃあなんで泣いてたの」
「それはね、そのね」

「……キバナくんが話聞いてくれないのが」
「ごめん」
「違うの!……面白くって」
「……は?なんて?」
「だからね、キバナくんがいつもと違って……素っ気ないのがツボに入っちゃって……」

 すっと身体を起こしキバナくんが離れていく。そして細められた目が次第に釣り上がっていき。

「ヘェ〜〜……」
「あは、だから気にしないでって言ったのに……」
「そうね」
「……キバナくん?」

 ガシ、と肩を掴まれ、先ほどまでとは打って変わってニコニコと上から見下ろしてくる。ああ、でも目は釣り上がったままだ。

「そうだよな。ナナシちゃんが、オレさまのこと嫌いになるわけないもんな」
「あ、はい……」
「オレさまのこと、だーいすきだもんな」
「そ、ソウデスネー」

 なにかキバナくんのスイッチ押してしまったようだ。これはまずいと、肩を掴んでいる手を外そうと試みる。が、その指ごと掴まれ、まずいことになってしまったと悟る。
 そうだ、目的を果たし退散すればいいのだ。

「そうよキバナくん!シャンプーそろそろ詰め替えたほうがいいと思うよ!買ってあったかなって!それを伝えたかったの!じゃ!そういうことなので!」
「シャンプーなら昨日詰め替えたしストックもある」
「あっハイ。そうでしたか」
「うん。……なァ」
「はい……」

「逃がすわけねーだろ」
「はい…………」

 数分前の私へ。
 珍しいモノは面白がっちゃダメだよ。何も触れずに退散するのが一番だよ。
 ドラゴンさまに牙を向けられている数分後の私より。






2023/11/04

(オレさま酷いことしちゃったと焦っていたのにナナシちゃんはそんなオレさま見て笑ってたんだヘェナナシちゃん素っ気ないオレのが好きなんだヘェよ〜く分かったよ^^)




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