横暴オーナー
突然右腕に衝撃が走りカランと何かが落ちる音がする。下を見るとそこには赤と白のよく見かけるボールが転がっていて。
「なんなんですか」
「いや、今日はイケるかなと」
「そんなわけないじゃ無いですか。私は今日も人間ですよ」
「知ってるさ」
はーあと溜息を吐きながらこちらに背を向け歩き出したのはここバトルタワーのオーナー様で。
私がリーグスタッフとして採用され、バトルタワー配属になったのは三ヶ月前の事。入社の挨拶に行った時から、何故かオーナーは今のように私にあらゆるボールを投げてくるのだ。オーナーはナゲツケサルだったのか?
「お待たせ〜。あら、また投げられたの?」
「……はい」
お手洗いに行っていた教育係をしてくれている先輩が戻って来た。
「オーナーもどういうつもりなのかしらね。そろそろパワハラで人事部に移動できるようお願いしようか?」
「いえ、大丈夫です。……でももしかしたら、お願いするかもしれません」
「無理はしないでね。それにしてもチャンプ時代からスタッフしてるけどあんな事するの初めて見たわ」
「そうなんですか。一体なんなんでしょうか。……とりあえず、もう少し頑張ります!」
アナタには期待してるのよと先輩に背中をポンと叩かれ励まされる。……本当、オーナー以外はとてもいい仕事環境なのにな。
「ね、そういえば。この前のタワー全体の飲み会の時の彼、どうなったのよ」
「週末にシュートの遊園地に行く事になりました」
「あらあら〜!楽しんで来なさいよ」
あそこのオススメスポットは、と候補を挙げていく先輩。
先日タワーに配属されている部署全体での大規模な飲み会があったのだが(なんと費用は経費ではなくオーナー様持ちだ)、そこで先輩に紹介されたのが先輩の同期で開発部の四歳上の男性。流れで連絡先などを交換し、流れで週末に出かける事になっていた。
彼が行ったことがないからどうしても遊園地がいいと押し切られたのだがあまり人混みが得意ではない私は何とも微妙な心境だ。
正直先輩は私たちに恋仲になってほしいのだろうが生憎彼に対してドキドキするとかそういう気が全く起きない。なので申し訳ないがそこそこの距離感を取り続けたいと思っている。それにまだ仕事も半人前なのでまずはプライベートよりも仕事の方を優先したいものだ。
今日はこれから先輩とは別行動で新人への課題であるタワーの見回りというマッピングを行う事になっている。名目上は各階にいるポケジョブのポケモンたちの健康観察。
今日は最悪な事に上層階担当でオーナー様の執務室の階も入っている。席を外していますように、と別にフラグを建てたかった訳ではないのだ。
「いっ、……」
背中への衝撃の後にコロコロと床に転がるボールを見据える。今度はハイパーボールだ。もう振り向いて話しかけるのも面倒でボールを無視し歩き出す。
「なあ」
「……」
「なあって、聞こえないのか?」
「……」
「キミは耳がないのか?」
「業務中ですので」
「オレはキミの上司だ。オレと話すことも業務の一環だぜ」
どんな横暴上司だクソが、と心の中でボヤきながら歩き続ける。こちらが歩く速度を早めても悔しいかなオーナー様の長い御御足にはなんて事もない様だ。
「そういえば、今日は執務室にもポケジョブが来ているぞ。執務室内の資料整理をしているんだ」
「……承知しました。今からお伺いしてもよろしいですか」
「ああ!キミならいつでも大歓迎だ」
「……」
鼻歌でも歌い出しそうな勢いで私の手を掴み執務室へ向かうオーナー様。この人の独特な距離感は何なのだろうか。
一本道なので方向音痴も発揮せず、無事に辿り着き掃除中特有の乱雑とした部屋へ招き入れられる。さて、ポケモンたちは。……あれ。
「?ポケモンたちが見当たりませんが……っ!?な、何でしょうか……」
今度は首筋にピタリと何かが当たる感覚がして振り向く。オーナーの腕が首筋まで伸びていて何かを押し当てられている様だ。近すぎてよく見えないが恐らくボールだろう。
「なあ」
「は、はい?」
「キミ、開発部の男と付き合っているのか?」
「は?」
「可笑しいよな、キミは」
「っ!」
整理中で積み上げられた荷物の隙間に押し倒される。常に様子のおかしいオーナーが一層おかしくなっている。
「キミはオレのモノになるんだぜ?なのに他の男と出かけるなんて可笑しいよな」
「は……?ど、どうされたんですか。あの、退いてください……!」
「嫌だぜ」
押し倒され身動きが取れない私の顔の横に両肘をついたオーナーが顔を近づけてくる。オーナーの長い紫の髪が流れ落ち、太陽が最も近いこの部屋に狭く薄暗い空間を作り出す。
「なあ」
「ひ」
「キミはオレのモノになるんだ」
「な、なりませんよっ!何仰ってるんですかっ!」
「そうか、なら」
「っ!?〜〜〜〜ッ!!!」
「っ、既成事実を作ってしまえばいいか」
「!?」
突然キスをされ、耳元で信じられない事を囁かれる。抵抗するがよく鍛えられた身体は私なんかの筋肉一つ無い腕ではビクともせず、むしろ片手で両腕を頭の上に固定されてしまう。
「泣いても叫んでも暴れても無駄だぜ。今日は資料整理だからな。情報漏洩を防ぐ為にもオレが呼ぶスタッフ以外は立ち入り禁止だ。ああ、そういえば新人の見回りについては情報伝達を失念していたな」
「っ、………ですか、」
「ん?どうしたんだ?」
「何で私なんですか!?会う度にボールを投げつけられてっ!私が何か気に触る様な事でもしたんですかっ!?っもう辞めますから、一生貴方の視界に入らないと誓いますから!もうっ、もう、解放してください……っ、不快にさせて申し訳ありませんでしたっ」
勝手に溢れてくる涙を流しながらオーナーに訴えかけるもキョトンと目を丸めてこちらを見てくるだけだ。何なんだこの男は。気味が悪い。
暫く無言が続いた後、目の前の二つの満月がニッと三日月を描く。
「ああ、違うんだ。怖がらないでくれ。そうだなあ、何故キミかという事だが」
言葉の合間に涙の筋をペロリと舐められ鳥肌が立つ。
「初めて会った時からキミはオレのモノだと確信があったんだ。昔からこういう勘はよく当たる方でな。それで、手に入れようとしたんだが」
「……っ。それが、ボールを投げて来た理由なんですか」
「まあそうなるな。何分今までそうして来たからな。人間が初めてだっただけで」
「……私はポケモンじゃありません!」
「分かっているさ」
分かってはいるんだがな、と私の腕を解放し起き上がるオーナー。まだ足の上に乗られているので抜け出すことはできない。
「予想外に中々キミがオレのところへ来てくれないから焦ってしまったのかもな。他の男には靡くくせに」
「……別に靡いては、」
「そうか、なら別にいいじゃないか。オレのモノになってくれないか」
再びボールを差し出される。今度はゴージャスボールだ。
「何が別にいいじゃないかですか。何も良くありません」
「ゴージャスボールは嫌だったか?」
「そういう問題ではなくて」
左肘を付き少し起き上がり、差し出されているボールを右手で思い切り遠くへ放る。
「私はポケモンでは無いのでボールじゃ捕まりません!人間なら人間らしくコミュニケーションを取って落としてください!」
「ほう」
「わっ」
軽く肩を押され先ほどよりは優しく押し倒される。にゅっと楽しそうな顔が近づいてくる。
「なあ、どういう風にコミュニケーションを取ったらいいんだ?」
「は?」
「子供の頃から周りはポケモンと大人ばかりで色恋沙汰なんか何も分からないんだ。なあ、教えてくれないか」
「し、知らないですよ!そもそも!貴方は私の事好きでも何でも無いんじゃないですか!?」
「それは違うな」
右手を取られオーナーの胸に手を当てさせられる。
「こう見えてかなりドキドキしているんだぜ?こんな風にキミに近づけるのも、話せるのも初めてだからな」
「そ、れはっ」
「ああ、オレが悪いんだ。嫌な思いをさせてすまなかった。オレはキミが好きなんだ、許してくれないだろうか」
しょぼんと捨てられ雨に濡れたワンパチみたいな顔をされても困るし、今までのあれこれがそんな簡単な謝罪で許せるほど私の心は広くない。
そもそも何がキミはオレのモノになるだ。今時スクール生でもそんなガキ大将な考え方はしないぞ。
「許さないです」
「……」
ほら、思い通りにならないと分かると気に入らないという風にムッとした顔をする。そういうところだ。
「そうか。なら、オレはキミが好きなんだ。だからキミがオレ以外のやつと出かけるのは嫌だ。その男との予定はキャンセルしてオレに時間を割いてくれないか」
「嫌ですね」
「……。まあいいさ。オレにも考えがある」
「なんですか?」
今まで何だったのかと思うほどアッサリと私の上から退くオーナー。本当何なんだこの男。解放感を噛み締め、やっとの思いで立ち上がる。
少し身体が震えていて、強がっていてもこの人が怖かったんだと思い知る。
「明日を楽しみにしているといいさ。さて、ポケジョブポケモンの健康観察だったな」
紙の束が重ねられたデスクからボールを取り、かくとうタイプのポケモンたちを呼び出すオーナー。
「……はい。確認いたしました。体力、状態共に問題ありません。このまま終業まで続けて大丈夫かと思われます」
「ああ、ありがとう。次へ行ってくれ」
「……失礼いたします」
他のスタッフたちへの態度と同じように見送られる。この数秒間で一体どんなビジョンが彼の中に浮かんだのか分からず寒気がする。
時間を確認するとかなり経っていたので慌てて次の階へ移動し残りの業務へ移る。
明日一体何が起こるのか、今の私には知る術など一つも無かった。
(次の日に秘書課への人事異動が発表されます^^)
2021/08/18