刃ちゃんに愛想尽かして丹恒くんに行こうかなとなる話
*星核ハンター夢主
刃ちゃんが任務終わりに魔隠を発症して、カフカの到着を待つ間になんとか症状は治って。
ゆっくり時間をかけて帰ろうかと声をかけると、俯いたまま『会いたい人がいる』と一言。
またか、と瞬間的に出そうになるため息をぐっと堪え、ゆっくりとした足取りで先導する刃ちゃんの後ろをついて行く。
今回は記憶は失っていない。だから大丈夫。そう自分に言い聞かせながら、それでもあの人に会いたいという思考になる刃ちゃんに、どうしてなのと問い詰めたくなる。
で。
忙しなく病人や怪我人の相手をするその人と、刃ちゃん。を見つめる私と、彼女に用があったという丹恒くんを隣に。
あまりいい関係とは言えない組織にそれぞれ属する私たちだが、まあ、各々の目的の人物たちが話をしているのだから待つしかないのだ。
刃ちゃんも流石に今日はそれどころではないのか、丹恒くんをひと睨みするだけで終わった。
ああ、そういえば過去の彼も彼女たちに関係しているのだったか。
「……ねえ、キミは白露ちゃんのことはどう思ってるの?」
視線は刃ちゃんたちに向けたまま、隣に立つ丹恒くんに話しかける。
彼もまた、視線は私と同じ方向を向いているのだろう。
「……どうもこうも。彼女はただ龍尊の力を継ぐ器だな、と」
「へえ、案外辛辣なのね」
「俺自身は関わりがないからな。俺も、彼女も、過去は知らない。俺たちには関係がない」
「……」
こんなにも周りから『過去の自分』の話をされて、それでも『今の自分』は違うのだと言い張れるこの男の子は、とても強い人間だなと感心する。
でも、それなら刃ちゃんは?姿を変え、名前を変え、それでも過去に囚われて生きている刃ちゃんはどうなるのだろう。
今を生きる別人に、昔の友人を、仲間を、恋慕った人を重ねて生きる。反対に、今の記憶を定期的に無くし、今を生きていけない刃ちゃんを、彼は一体どう思っているのだろうか。
「本題はこれじゃないんだろう?」
見透かされたように問われ、ちらりと丹恒くんを見ると、水晶のように透き通った綺麗な瞳とぶつかる。全てが見透かされるかのようなそれに、怯みそうになってしまう。
小さく息を吐き、きっと彼に聞いても意味がないのだろう疑問を、それでももしかしたら求めている答えが返ってくるかもしれないと淡い期待を込め口にする。
「記憶が無いって、知らない話をされるのって、どんな感じなの?」
「……俺は、記憶がないと感じたことはないから分からない。俺は丹楓ではなく生まれてからずっと丹恒を生きている」
「でも、周りはそうじゃないじゃん」
「……まあな。正直に言ってしまえば俺ではない人物の話を俺にしてくるのは、迷惑だ」
「……」
迷惑、か。
じゃあ、刃ちゃんが白露ちゃんにしていることは迷惑だ。そして私が刃ちゃんにしていることも。
そっか、そっかぁ。
「……。皆が皆そうとは限らない」
「ふふ、フォローありがとう。……そうだよね、そうだといいけど」
思ったより落ち込んでしまっていたのか、丹恒くんは私の様子を伺いながら次に紡ぐ言葉を選んでいる。
まだまだ幼い子に気を遣わせるなんてね。はあ、遣る瀬無い。
「……お前は、」
「あーあ!でも流石に疲れちゃったかも!」
「……」
丹恒くんの言葉に被せるようにわざと大きな声を出して遮る。
不平不満を、この子にぶつけてどうなるのか。でも私にだって吐き出す場が欲しい。
「だってさ!ことあるごとに死んで、死にかけて、記憶なくしてさ!その度に毎回ご自慢の剣を向けられて、今にも殺すぞって目で睨まれながら『貴様は誰だ』って、それはそれは怖い声で言われるの」
「……」
「その度にまたやり直しなんだよ。『ああ、また最初からか』って、『次は嫌われるかもしれない』って、健気で臆病な私が涙を流すの」
「……重症だな」
「本当に。……本当、もう、限界かもね」
私に言霊が使えたらな。そしたら私のこと好きになってって。私を貴方の唯一にしてって。
でももしそれが本当になったとして、私はきっとそれでは満足できないのだろう。
気の毒そうな顔を隠さずに私を見る丹恒くんをじっと見返す。気まずげに片眉を顰める姿は、なんとも処世術を知らない若者らしく、少し可愛らしい。
それを見て、私は思いついてしまった。
「ねえ、いいこと思いついちゃった」
「待て。俺の勘が言っているんだが、それはできれば口にしないでほしい」
「私、貴方のこと、丹恒くんのこと、好きになろうかな」
というかむしろもう好きかもしれない、と笑うと丹恒くんは無言で一歩後ずさる。あらあら、なんだか幼気でおもしろいじゃない。
ふふふと笑いながら丹恒くんの袖をゆっくり掴み、腕に絡みつこうとしたところで、襟元を後ろからぐいと引っ張られる。
「ぐっ、な、……刃ちゃん?」
「……帰るぞ」
白露ちゃんは、と今まで意識して見ていなかった方に目を向けると、既に違う患者に話しかけられている。愛しの女との逢瀬は終わったってか?
私の抵抗を物ともしない刃ちゃんにずるずると引きずられる。そんな私を、何とも言えない顔で見る丹恒くんに、とりあえず心配させまいと「また今度ね」とヒラと手を振る。
「ゔぐっ」
「……」
「ちょっと、刃ちゃん!苦しい!離して!自分で歩くから!」
首の後ろに手をやり、新しい包帯が巻かれたばかりの手を振り解く。せっかく白露ちゃんが巻いてくれたそのぴかぴかの包帯、解いてやろうか。
乱れた襟元を直しながら刃ちゃんを睨み上げるとこれまたこっちを睨む……見下す?視線とぶつかる。
刃ちゃんは知らないかもしれないけど、私には分かる。刃ちゃんが知らないだけで、私は貴方となんだかんだ長い付き合いなのだから。
貴方は今機嫌が心底悪い。まあ、何故かまでは分からないけど。
「……どうかしたの?白露ちゃんに何か言われた?」
「……」
無言。無言は肯定の意だと、どこかの星の住人が言っていた。はあ、結局私は振り回されるのか。
ピロンとスマホから通知音が鳴る。カフカからかもしれないとメッセージを確認すると、意外なことに送信元には『丹恒』の文字。
そういえば、いつだかにカフカが穹くん伝いで連絡先を手に入れたと楽しそうに開拓者たちのアカウントを追加していた。まさかそれが活用される日が来るだなんて。
『丹恒だ』
『悩みがあるなら吐き出せる場が必要だ』
『俺でよければ力になる』
ぶっきらぼうながらも私のことを心配してくれているのが文面から分かり、くすりと笑みが漏れる。
聞いたところによると彼は無口だと表されることが多いらしいが、さっきまでの彼は彼なりに沢山の言葉を紡いでくれたな。
ふふと笑いながら、彼が乗る列車の車掌さんがハートを作っているスタンプを送り、しまったと顔を上げる。
──刃ちゃんのこと、すっかり忘れてた。
いつもよりなんだか赤く見える、ドロドロの血液のような瞳が私を鋭く射抜く。
内心怯んでしまうが、白露ちゃんに会いたいと刃ちゃんが言うから私は付き合ってあげたのに、どうしてこんなに睨まれなきゃいけないのかとなんだか腹が立ってきた。
いつもだったら何か怒らせた?ごめんね?と泣いて縋り付き、ご機嫌をとるところだけど、今回はそれはしない。今回の私は、刃ちゃんと距離をとるのだ。
無言で睨んでくる刃ちゃんからつんと顔を背け拠点に戻るため足を進める。後ろからそれに続く足音は聞こえない。
刃ちゃんは、こんな女に振り回されたくもないのだろう。自分は振り回すくせにね。
自分で選んだこととはいえ、やはり胸はズキズキと痛む。
そうだ、帰ったら丹恒くんに連絡しよう。どんな書き出しにしようか、どこまで話そうか、彼はどんな話をしてくれるのか。それを考えているうちに、少しだけ気は紛れてくれた。
2024/1/18