穹くんの世話をしていた夢主の話

*星核ハンター夢主





「丹恒!なの!」

 あ、と声のした方を振り向く。バタバタとコートを靡かせ目当ての人物に駆け寄る後ろ姿が目に入った。……少し前まではその目当ての人物とは私だったのに。
 あの子との記憶を私は、私たちは覚えているのに、あの子本人はそれを覚えてない。

「なんだか刃ちゃんみたい」
「何がだ」

 アレ、と自撮りをする二人の人影と、それを見守る一人の人影を指差す。
 「飲月」と呟く刃ちゃんにソッチじゃなくてと顎を掴み無理矢理あの子、穹へと視線を向けさせる。ふんと興味なさそうにお澄まし顔をする刃ちゃんの顎を撫で、はあとため息をついた。

「それで?まさか小僧と俺を比べていたのか?」
「そう」
「ふん、どこも似ていないだろう」
「でもあの子も私との記憶が無いよ」
「……」

 嫌味ったらしくジロリと刃ちゃんを見上げると、これまたジロリと睨み返される。まあまあ、随分と好戦的な態度ですこと。

「……俺は忘れたくて忘れるわけじゃない」
「はあ、そうですか。でもそれは穹もなんじゃない?」
「知らん」
「……」

 話は終わりだというように歩き出す刃ちゃんの向かう方向は、どう見ても三人がいる方で。

「ちょ、ちょっと!待ちなさい刃ちゃん!」
「なんだ」
「私たちの任務は終わったの!帰るよ」
「……俺が飲月を見逃すとでも?」
「知らないってば!見逃しなさい!」
「拒否する」
「ちょっと!!」
「あれ、ナナシ?それに刃も?」

 「やっほ〜!」と呑気に手を振るのはどう見ても、誰が見ても話題の人物の穹本人で。その後ろで武器を取り出す人物もいて、あーあーと頭の中が後悔で埋め尽くされる。さっさとこの場を離れていればこんな事には。

「珍しいな!こんなとこで会うなんて!元気してた?」
「それは、まあ。……刃ちゃん!だめ!」
「うわあ!」
「下がれ、なのか!」

 今にもご自慢の剣で斬りかかろうとする刃ちゃんを慌てて引き留める。こんな街中で乱闘騒ぎを起こす訳にはいかない。
 咄嗟に掴んだのは刃ちゃんの背中の紐で、それをリードに見たて、いうことを聞かない犬の散歩の様だと言ったのはカフカだったか。
 それを聞いて一緒に笑っていたのは目の前の穹だったのに。

 なんだか本当に感情がぐちゃぐちゃで、泣きそうで、もう手を離して刃ちゃんを置いていこうかなと考えていると、温かい手が私の手に触れ、そのままぐいと助力する。
 懐かしい体温を感じたのはほんの一瞬で、すぐに離れてしまったけれど。

「……小僧、何のつもりだ」
「ナナシが困ってるよ、刃」
「チッ」
「……」
「可哀想に、ナナシ」

 ヨシヨシと宥めで頭を撫でてくるその手に、この子は記憶が無くなっても本質は変わっていないのだと理解する。理解はできるのだけれど、あまりにも変わらないそれに、本当は覚えているんじゃないのかと問いたくなってしまう。
 ぐっと堪えるために顔に力を入れていると、穹とは違う低い体温が首元を掴み、物理的に距離を取らされた。

「次に会うときは覚悟をしろ、飲月」
「二度と俺たちに関わるな……!」
「まあまあ、丹恒」
「ナナシー!またな!」

 「あの男といる限りまたは無いぞ」と言い聞かされている穹からツンと目を逸らし、刃ちゃんに引っ張られるまま歩く。あーあ、あーあ。
 穹のことは忘れろとでもいう様になのか、はたまた単に慰めなのか、刃ちゃんは私の頭を穹の様に撫でる……というよりは髪をかき乱してくる。あーあ、私はそんなに落ち込んでいたのか。

「やめて、刃ちゃん」
「ふん。こっちの調子が狂うだけだ」
「……何、刃ちゃんが私のこと好きだから?」
「もう問題無さそうだな」
「ウソウソ。もっとやっていいよ」
「断る」

 そう言いながらも結局拠点に戻るまで刃ちゃんは私に気を遣ってくれていたし、それに気づかないフリをしながら存分に甘えさせてもらった。



***



(それにしてもナナシに引っ張られる刃、犬みたいだったな。……あれ、前にも俺はそう思ったことがあるような?まあいいか!)

2024/03/02




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