渡してないのにWDの『お返し』を渡される話
*ナナシビト夢主
えっと、こういう時はどうすればいいのだろうか。
目の前に差し出されているのは、有名でそれなりに価格もする洋菓子店の紙袋。中身までは見えないけれど、きっと『ガワだけで中は違うものが入ってます』なんて事はないのだろう。逆にそうであって欲しいというのは置いておいて。
何故かそれを私に差し出している人の腕を辿り、肩へたどり着き、そして表情を伺い見る。
ここで緊張しているだとか、照れているだとか、そういうのであればまだしも、この人が浮かべている表情は『無』。いつも通りの『無』。一体全体、この人は何をしているのか。
「えっと……?」
「……」
確かに今、私の手にはいくつかの紙袋や包装された、まさしくプレゼントと言えるものがある。ただそれは、一ヶ月前に私から渡した物のお返しというやつだ。
そう、今日はホワイトデー。バレンタインのお返しだと律儀にくれた列車の男性たち。それはそう。だってバレンタインに私はあげたから。
でも、目の前の人に私は渡した覚えがまるでない。
「ナナシ!?アンタいつの間にバレンタインあげてたの!?」
「あ、あげてない!」
「あの日は前日からずっと一緒だったじゃん!」と喚くのは、今年のバレンタインチョコを一緒に作ったなのか。うん、間違ってない。前日からというか、私たちは同じナナシビトなのだからそれより前も、なんなら今日この瞬間までずっと一緒だ。
だが困惑というよりは好奇心を滲ませながら詰め寄ってくるなのかに、残念ながら私の声は全く届いていない。
「ナナシ、お前……!」
「オレたち以外の男に……!」と悲劇のヒロインぶってオヨヨと泣くふりをするのは穹。唯一助けてくれそうな丹恒は残念ながらここには居ない。お返しを渡すだけ渡して早々にアーカイブ室に籠った。これはいつもの事。
誰でもいいから助けてくれと辺りを見渡してもここには私たち四人だけ。パムの姿さえない。ねえ、不審者が列車に入り込んでるよ。早く追い出してよ、パム。
私がパムに思いを馳せていると、ピントが合っていなかった視界にずいと紙袋がフレームインして来る。
しつこいな、この人……。
「……あ、あの、本当になんなんですか?私、受け取れないです」
「受け取れ」
「無理です」
「受け取れ」
この人も私の声が聞こえないのか?もしかして私は今声が出ていない?そんな訳あるかい。
何度も受け取れないと断っていると、私たちの押し問答に飽きてきたなのかと穹が受け取ればと提案してくる。完全に他人事だと思っている。私はあなた達の仲間でしょ、見捨てないでよ。
「ちゃんとホワイトデーのお返し持ってくるなんて律儀だね!刃ちゃん!」
「丹恒居なくてよかったよ〜!」
「ふん」
あの、私はまだ受け取っていないというのに、そっちのけで会話するのやめてもらっていいですか。得意気な顔するのもやめてください。
こうなったら絶対に受け取ってやるかと決めたのに、何故か協力的な二人のせいで気が付けば私の手の中には紙袋。本当にどうして。
目の前の長身の男がやたらスッキリした顔をしているのを、まだ困惑から抜け切れていない私はぼうと見つめる。
本当にこの為だけにわざわざ列車に乗り込んだのかと会話している三人。益々意味がわからなくなっていると、ふと目が合う。
ふっと珍しいのであろう、穏やかな笑みを浮かべた。
「次も待っている」
「??」
「キャーーー!」
「ヒューッ」
いや絶対に渡しませんけど、とだけ思考し、「次」って、「も」って何?と意味を理解しようとしている私を一切気にせずその人は帰っていくし、二人は丹恒がうるさいと怒りにくるまでずっとギャーギャー騒ぎ続けていた。
2024/3/14