つばさ

*監禁されてる






 小鳥たちが景元さんに集まってるのを見て、止まり木みたいだと笑ったのはいつの事だっただろうか。詳細は思い出せないほど昔の話だ。仙舟人にとって時間は持て余すほどあるのだから。

 しかしその光景も随分と見なくなってしまった。いや、きっと微笑ましいその光景は今もずっと続いているのだろう。
 彼のふわふわとした長い髪に、時たま小さな羽毛が纏わりついていることがある。最初こそ、本当は彼から抜け落ちたものではないかと疑ったものだ。

 こんなにもずっと長い時間を、私は景元さんの側で過ごしている、はずなのに。短命種が羨むほどの長い時間。それを、私たちは無駄にしている。

 ぐっと凝り固まった筋肉を伸ばし、室内に光を取り入れている窓へと近づく。細やかな細工が施された格子窓からは、澄み渡った青空が見えた。
 時折鳥の群れが飛んでいくのを見かけ、それがどうしようもなく羨ましくなる。

 ──私も、空を飛んでみたい。自分の翼で、自分だけの力で、自由に、行きたいところに。そうしていつの日かお気に入りの止まり木を見つけて、その地で血縁を繋いで。
 翼は無くても、そうなるのだと。私は思っていたのにな。

「おはよう。目が覚めたのかい」
「……、景元さん」

 ノックも、気配すら無しに突然部屋に現れた人物に身体が跳ねた。「新しい茶葉を貰ったんだ」と楽しそうに話す彼は、慣れた手つきでお茶の準備をしている。
 事前に知らせが欲しいという願いはいつも聞き届けられない。この部屋の主はそもそも私ではなく彼自身だから。

 おいでと手招きをされたので、こんな事で機嫌を損ねるのもなと素直に重い足を動かす。立場上、あまり表に感情を出さないはずの彼は、私の前では案外顔に出す。
 きっとそれは、私を思いの儘に操る手段の一つでもあるのだろう。それを私は拒まない。拒む意味すらもう見つけられない。

 少しだけ迷い、景元さんの隣に座ると「違うだろう」とニコリと微笑まれる。まだこれは続いていたのかと、渋々彼の左膝の上に腰を落ち着けた。

「ナナシビトが久々に顔を出しに来てね。甘くて美味しかったとお土産にくれたんだ」
「へえ……」
「うん。……ああ、本当だ。君も好きな甘さだよ」

 ほら、と差し出されたカップを受け取り口をつける。ほんのりと香るのはその地の花だろうか。それも相まって、甘ったるすぎず、とても飲みやすい味をしている。後味も悪くない。見たこともないその地の情景が浮かぶ気がする。
 もう一口、もう一口、と飲み進めていると、カップを奪われてしまった。

「気に入った様でよかったよ。今度他のも含めて取り寄せることにしよう」
「本当?」
「ああ。直接買い付けに行くのも悪くないかもしれないね」
「!」

 買い付けに行く。期待をしてはいけないのに、もしかしてと淡い気持ちが湧いてしまうも、見上げた景元さんの顔を見て、ああ駄目かと悟る。
 「君はお留守番だ」と何回も、何十回も、何百回も聞かされ続けた言葉が紡がれ、「知ってるよ」と意地を張る。
 目の前にある顔が少しだけ眉を下げ困った様な顔をしているが、実際のところ大してそうでは無いことを知っているので無視をする。気にするだけ無駄なのだ。

 彼が私から取り上げたカップを空にするのをジッと見つめていると、またそこに新しい琥珀色の液体が注がれる。どうぞと差し出されたのを受け取り、さっきよりも少しだけ濃くなったものを口に含み味わった。
 肩に置かれていた手がするりと頬を撫でてきて、それを受け入れているとアピールする様に彼の肩にもたれかかる。

「……君は、外に出たいかい?」
「それは、もちろん」

 このやり取りも、何度目だろうか。どうせ叶える気も無いくせにと彼を伺う。ほら、意味なんてなかった。
 目があったのをきっかけに、そのまま大層整った顔が近づいてきたので目を閉じる。もうすっかり身についてしまった行動。私なりの処世術。中身の入ったカップだけはしっかりと回収されていて、よく気が回るものだと感心する。

 ちゅ、と可愛らしい音が何度かしたあと、むにと唇が食まれる。頬を支えていた指がするすると動き出し、首元をくるくると撫ぜられ、思わず声が漏れ出てしまった。
 その僅かな隙で生温かく柔いものが私の咥内に侵入し、勝手知ったると言わんばかりに蹂躙しだす。

 ぴちゃ、と恥ずかしい音を立てながらそれが出ていく頃には息も絶え絶えで、私は彼の逞しい身体に縋り付くしかなかった。
 そんな私の様子を見て、耳元ではくすくすと楽しそうな笑い声が響く。

「いつかは叶えてあげたいんだけれどね」
「……っ、はぁっ」
「そうなると、やはり君の風切羽を切らなくてはいけない」

 大きな手が私の足を持ち上げ、そのままするりと足首を撫でながら笑うその姿に、それが何を意味しているのかを嫌というほど分かっている私は嫌だと呟く。
 まるで私が我儘を言っているかの様にまた彼は困った顔をした。

「私は構わないんだけどね」
「嫌だ」
「ははは。そうだね、そうするにしてもまずは『将軍』の立場をなんとかしないとね」

 もう少し先になりそうだと笑う景元さんに、その時が来ないで欲しいという思いと、だがその時が来ないと私は外に出られないのだという思いが錯綜する。
 どうやら彼は、まだまだ仙舟人としての時間を無駄にし続けるようだ。

 目の前にある白くふわふわした手触りの髪をいじっているとその手を取られ、そのままぐっと体重をかけられ無駄に広いソファに押し倒される。
 明るかったはずの視界は暗くなり、ああ彼の髪が光を遮ったのだとすぐに気づく。その頃には唇に他人の柔い感触と体温。また今日もこうして終わるのだと考える事を放棄するしかない。

 私はいつまで経っても変われないし、外に出ることもできない。彼の鳥籠から出られる日は、この先の長い時間、本当に来るのだろうか。





2024/03/03




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